七つの鍵の物語【人形】~戦闘奴隷が恋する乙女に至るまで~

上野文

第一章 人形の少女達

第1話 プロローグ・少女と歯車

七つの鍵の物語 -人形-



 ロゼット・クリュガーは、懐中時計を開けて歯車を見るのが好きだった。

 以前の持ち主に似合わない、薔薇ばらの彫刻があしらわれた銀の外蓋そとぶたを開けると、硝子ガラスの文字盤が少女の顔を映し出す。

 二つのおさげに分け、両肩に垂らして巻いた黒褐色の髪は土埃で汚れていた。

 冷たい面差おもざしと翠玉色エメラルドグリーンの瞳も、困惑の影を帯びて精彩を欠いている。

 まるで捨てられた子犬のように、寂しげな表情。

 これではいけないと、深呼吸を繰り返す。

 文字盤の下では、複数の歯車がかみ合い、まわっている。

 歯車は、迷わない。疑わない。ただ己の成すべきことを果たし、すりきれるまで天命を全うする――――。

 そこには、ロゼットの理想が、信じる完全さがあった。

 リューズを引いて時刻を合わせ、ぜんまいを巻く。

 なぜだろう? 時計の音に合わせて、きりきりと小柄で薄い胸がきしむ音がした。

 手が恐怖に震え、心臓が不規則に脈打つ。

 狂ってしまったのは、いつからだろう?


「ニーダル・ゲレーゲンハイト。ワタシの……」


 わかっている。

 てのひらの中で時を刻む、懐中時計を与えてくれた人……。

 あの日、あの時、あの男に出会ってから。

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