第二章 異邦人
第5話 初陣
5
時を遡ること四年前。
復興暦一一〇九年/共和国暦一〇〇三年
ロゼット達、特殊部隊『
殺すことに迷いなく、殺されることに怖れなく……。
人間ではなく人形として、ただ殺すためだけに育てられた少年少女達は、模擬戦で共和国の精兵をも
(苦しい訓練もこの日の為。実戦に勝利することで、やっとワタシ達の真価を証明することができますわ)
指揮個体である一番、アインスの番号を割り振られたロゼット。
そして、彼女の弟妹である二〇人の殺戮人形に課された初任務は、ニーダル・ゲレーゲンハイトという冒険者――先史時代の
ニーダルはその
そればかりか、過去には共和国政府パラディ―ス教団を主導する偉大な軍閥を破滅させ、現在もスポンサーであるマルティン・ヴァイデンヒュラー前主席教主の心を曇らせているという。
(その上、あの手この手で女性を辱める最悪の鬼畜犯罪者と聞きましたわ。生かしてはおけません)
ロゼット達は、準備に万全を期した。
ニーダル・ゲレーゲンハイトは、雇われたシュターレン軍閥の領地深く、ウィツエト遺跡を探索中だった。
ロゼット達は、まず周囲の森に地雷効果のある魔法陣をしきつめて、完全に逃亡手段を断った上で襲撃を仕掛けた。
空が血のように赤い黄昏時、遺跡入口の洞窟にターゲットが姿を見せた。
ロゼット達は、『眠りの雲』という魔術を発生させる筒を投げ込んで、手にした
「矢のそうてんは魔術で自動化なさい。ここでしとめますわよ!」
ロゼット達が撃った矢は、合わせて一〇〇か二〇〇か。
赤い外套を羽織った二〇代後半の男は、まるでハリネズミのように矢を射込まれながらも、不敵に笑った。
「本日のぉ営業はぁ終了いたしました。お子様方はぁ家に帰りな」
ロゼット達にとって、ニーダルという男の反応は予想外のものだった。
彼は場違いな台詞を怒鳴りながらも、魔術文字をつづって炎を生み出し、催眠ガスの雲を焼き尽くした。
撃ち込んだ矢の九割は、穂先に三日月の刃がついた十文字槍によって叩き落とされ、残る一割もまた背負ったズタ袋によって防がれてしまう。
「がきんちょども、イタズラにしちゃあ、ヤリすぎだぞ」
「撃ち方やめ。追撃しますわよっ」
ロゼット達『殺戮人形』は、ニーダルを初手でしとめ損ねたとみて、チームを組んでの戦闘に切り替えた。
三人が矢を射て、三人が火の玉や
前衛と後衛を幾度も交代しながら、標的が絶命するまで、全方向から終わらない攻撃を浴びせかける。
「ハッ。こんな魂のこもらん刃や魔術で、この俺が倒せるかぁ」
しかし、真紅のコートを
(死は怖くない。痛みなんて慣れている。なのに、あの人と戦うだけで身体がこんなにも震えている)
ロゼット達の冷徹な歯車が、ニーダルの気迫に灼かれて狂いだす。
二〇人いた『殺戮人形』は一人、また一人と倒された。
それでも、
二人の矢はとうに尽き、肉体も怪我と疲労で満足に動かない。それでも、……まだ最後の手段が残っている。
ロゼットはナイフを手に跳躍するも、ニーダルが振り回す槍に跳ね飛ばされた。
(ああ。やっと、勝ちましたわ)
ロゼットは切れた口から血を流しながら、無感動に勝利を確信する。
任務は果たされた。
ロゼットが稼いだ時間を使って、
赤黒く明滅する文字と魔法陣が、もっとも幼い末妹の、白い手足から蜂蜜色の髪に至るまで、入れ墨のように全身を覆い尽くしてゆく。
『殺戮人形』には、最終手段として四肢に爆薬が埋め込まれている。
ひとたび起動の呪を唱えれば、槍で胸を貫こうと、首をはねようと爆発は止められない。
魔術と炸薬が引き起こす衝撃は、末妹もろともニーダルを始末することだろう。
「ばいばい」
ニーダル・ゲレーゲンハイトは、迫りくる人形を茫然と見つめていた。
彼は槍を放り出し、自分を殺そうとする
「女に無理心中を迫られる。俺の死に方としちゃあ悪くない」
ニーダルが実行した末妹を抱きとめるという選択は、彼や彼女にとって想像もしない意外なものだったから。
「だが。惜しいかな。乳と尻が足りないっ!」
彼はその上で、意味不明で恥ずかしい言葉を、空に向かって堂々と吠えた。
イカれた
(なんですの、あれは、ほのお?)
ロゼットの意識は、影の正体を掴む間もなく、その何かによって刈り取られた。
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