第二章 異邦人

第5話 初陣


 時を遡ること四年前。

 復興暦一一〇九年/共和国暦一〇〇三年 霜雪しもゆきの月(二月)一七日。

 ロゼット達、特殊部隊『殺戮人形さつりくにんぎょう』は初陣に臨んだ。

 殺すことに迷いなく、殺されることに怖れなく……。

 人間ではなく人形として、ただ殺すためだけに育てられた少年少女達は、模擬戦で共和国の精兵をも翻弄ほんろうする程の性能を発揮していた。


(苦しい訓練もこの日の為。実戦に勝利することで、やっとワタシ達の真価を証明することができますわ)


 指揮個体である一番、アインスの番号を割り振られたロゼット。

 そして、彼女の弟妹である二〇人の殺戮人形に課された初任務は、ニーダル・ゲレーゲンハイトという冒険者――先史時代の遺跡ダンジョンにもぐり魔術道具や契約神器を発掘する遺跡荒らし――を暗殺することだった。

 ニーダルはその生業なりわいから、多くの古代兵器を発掘し、『殺戮人形開発研究所』に敵対する軍閥へと売却していた。

 そればかりか、過去には共和国政府パラディ―ス教団を主導する偉大な軍閥を破滅させ、現在もスポンサーであるマルティン・ヴァイデンヒュラー前主席教主の心を曇らせているという。


(その上、あの手この手で女性を辱める最悪の鬼畜犯罪者と聞きましたわ。生かしてはおけません)


 ロゼット達は、準備に万全を期した。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、雇われたシュターレン軍閥の領地深く、ウィツエト遺跡を探索中だった。

 ロゼット達は、まず周囲の森に地雷効果のある魔法陣をしきつめて、完全に逃亡手段を断った上で襲撃を仕掛けた。

 空が血のように赤い黄昏時、遺跡入口の洞窟にターゲットが姿を見せた。

 ロゼット達は、『眠りの雲』という魔術を発生させる筒を投げ込んで、手にしたいしゆみで矢を浴びせかけた。


「矢のそうてんは魔術で自動化なさい。ここでしとめますわよ!」


 ロゼット達が撃った矢は、合わせて一〇〇か二〇〇か。

 赤い外套を羽織った二〇代後半の男は、まるでハリネズミのように矢を射込まれながらも、不敵に笑った。


「本日のぉ営業はぁ終了いたしました。お子様方はぁ家に帰りな」


 ロゼット達にとって、ニーダルという男の反応は予想外のものだった。

 彼は場違いな台詞を怒鳴りながらも、魔術文字をつづって炎を生み出し、催眠ガスの雲を焼き尽くした。

 撃ち込んだ矢の九割は、穂先に三日月の刃がついた十文字槍によって叩き落とされ、残る一割もまた背負ったズタ袋によって防がれてしまう。


「がきんちょども、イタズラにしちゃあ、ヤリすぎだぞ」

「撃ち方やめ。追撃しますわよっ」


 ロゼット達『殺戮人形』は、ニーダルを初手でしとめ損ねたとみて、チームを組んでの戦闘に切り替えた。

 三人が矢を射て、三人が火の玉や氷柱つらら、雷の刃を魔法で撃って牽制けんせいし、三人がナイフを手に襲い掛かる。

  前衛と後衛を幾度も交代しながら、標的が絶命するまで、全方向から終わらない攻撃を浴びせかける。


「ハッ。こんな魂のこもらん刃や魔術で、この俺が倒せるかぁ」


 しかし、真紅のコートをひるがえし、長い黒髪を振り乱して闘う冒険者に、ロゼット達は手も足も出なかった。まるで赤子の手を捻るように、枯れ枝を折るかのように、難なく地へと叩き伏せられてしまう。


(死は怖くない。痛みなんて慣れている。なのに、あの人と戦うだけで身体がこんなにも震えている)


 ロゼット達の冷徹な歯車が、ニーダルの気迫に灼かれて狂いだす。

 二〇人いた『殺戮人形』は一人、また一人と倒された。

 それでも、長姉ちょうしたるロゼットと、二〇番目の末妹まつまいである二〇番ツヴァンツイヒの二人だけが、無謀な戦いを続けていた。

 二人の矢はとうに尽き、肉体も怪我と疲労で満足に動かない。それでも、……まだ最後の手段が残っている。

 ロゼットはナイフを手に跳躍するも、ニーダルが振り回す槍に跳ね飛ばされた。


(ああ。やっと、勝ちましたわ)


 ロゼットは切れた口から血を流しながら、無感動に勝利を確信する。

 任務は果たされた。

 ロゼットが稼いだ時間を使って、二〇番ツヴァンツイヒが、自決用の呪文を唱え終わっていたから。

 赤黒く明滅する文字と魔法陣が、もっとも幼い末妹の、白い手足から蜂蜜色の髪に至るまで、入れ墨のように全身を覆い尽くしてゆく。

 『殺戮人形』には、最終手段として四肢に爆薬が埋め込まれている。

 ひとたび起動の呪を唱えれば、槍で胸を貫こうと、首をはねようと爆発は止められない。

 魔術と炸薬が引き起こす衝撃は、末妹もろともニーダルを始末することだろう。


「ばいばい」


 二〇番ツヴァンツイヒは武器を捨て、まるで父を求める幼子のように、両の手を開いて、黒い髪の男に飛びついた。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、迫りくる人形を茫然と見つめていた。

 彼は槍を放り出し、自分を殺そうとする二〇番ツヴァンツイヒを胸に掻き抱く。


「女に無理心中を迫られる。俺の死に方としちゃあ悪くない」


 二〇番ツヴァンツイヒが、ロゼットが、否、倒れながらも意識を保っていた『殺戮人形』の全員が、驚きに目を見開いた。

 ニーダルが実行した末妹を抱きとめるという選択は、彼や彼女にとって想像もしない意外なものだったから。


「だが。惜しいかな。乳と尻が足りないっ!」


 彼はその上で、意味不明で恥ずかしい言葉を、空に向かって堂々と吠えた。

 イカれた咆哮ほうこうに応えるように、ニーダルの背から異形の影が飛び出した。


(なんですの、あれは、ほのお?)


 ロゼットの意識は、影の正体を掴む間もなく、その何かによって刈り取られた。

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