第47話 ニーダルの愛人?

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 復興暦一一一三年/共和国暦一〇〇七年、若葉の月(三月)一一日目午後。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、変装のために土で汚れたボロボロの長いドレスシャツをまとい、赤い首巻を風にたなびかせて、強い足取りでアースラ国国境を目指して歩いていた。

 待ち伏せしていたルートガー・ギーゼギング中将率いる二〇〇余名の武装集団とかちあったのは、午後の日差しが強くなってきた頃だった。


「ニーダル・ゲレーゲンハイトだな?」


 ニーダルは、道を阻むように立ちはだかった馬上の男を無視しようとした。

 が、如何せん、通り抜けるには敵の数が多すぎた。


「てめえら、『聖戦の基地』かあ。スポンサーの無理難題に付き合うのも大変だな、オイ」


 ニーダルが労りの言葉を投げかけると、動員されたらしい兵士達の一部は苦笑した。

 繋がりがあるのは公然の秘密とはいえ、一般参加者からすれば、わけのわからぬ作戦に駆り出されるのは、多大なストレスだろう。


「で、俺がニーダル・ゲレーゲンハイトだが、 西部連邦人民共和国パラディース教団、それも〝四奸六賊しかんろくぞく〟のお偉いさんが、『聖戦の基地』を連れてしがない穴掘り師に何の用だい?」


 ニーダルは、機先を制するようにルートガーの正体を指摘した。

 

「私はルートガー・ギーゼギング。〝誇るべき家〟に所属する共和国の中将だ。いわれの無い暴力を受けた彼らと貴殿の仲を取り持つため、誤解を解きに来たのだよ」

「……誤解も何も、『聖戦の基地』は迷惑そうにあくびしているぜ。だいたいこの手の偽装や自演行為は、共和国の中でも、アンタ達がよくやるゲスい手だろうよ」


 ニーダルは黒い瞳で、ルートガーの灰色の目から注がれる鋭い視線を、真っ向から受け止めた。


「なあ、中将さんよ。〝どこかの軍閥〟が少数民族が暴れたので鎮圧したという記録映像を公開した際、伝統服の着付けが大間違いだったり、挙句は共和国軍の軍刀を持っていたりと、〝加害者〟の正体がバレバレだったぜ。他人を下に見ているから、やることなすことバレバレなんだよ」

「……貴殿と我々の間に、数々の行き違いがあったことは事実だ。これまでの不幸な経緯ゆえに、貴殿は我らを誤解している。我々は政府や国、民族といったくびきから人民を解放し、偏見や差別という物をなくすことで、真なる平和をこの地上にもたらそうとしているのだよ」

「その割には、トラジスタンやネメオルヒス、モデュール等の国々を侵略して併呑したな? 撃退されちまったが、ベトアーナやイシディアにも戦争をふっかけたし、聖王国や東南海諸国への領海侵犯もしょっちゅうだろう?」


 ニーダルが喝破かっぱしたように、エーエマリッヒが嘆くように、西部連邦人民共和国の実態は、平和という言葉と一番縁遠い国だ。


「〝我らが海〟の巡察にいいがかりをつけられただけだ。そもそも、侵略とは人聞きの悪い言葉を使う。我々は残虐で愚かな指導者達から、貴重な文化と歴史を守るために、保護したのだよ。現にトラジスタンもネメオルヒスも、パラディース教の庇護によって、蛮人の王の下では得られなかった繁栄を迎えているではないか?」


 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、ルートガーの暴言にわずかに唇を噛み、こぼれた血を飲み込んだ。生ぬるい、鉄の味がした。


「中将。かつては、四〇〇以上を数えた西部連邦人民共和国の諸民族が、今では殲滅みなごろし強制結婚みんぞくじょうかで、わずか五〇民族にまで粛清された」


 あらゆる民族は戦い続けて滅び、あるいは血を残すだろう。

 だが、計画的に断種するが如きやり口は、非人道的極まりない。


「三五〇民族の血統断絶を政府や国、民族といったくびきからの解放というなら、俺はつきあえん。貴重な寺社を焼き払って産廃放置場をおっ建て、口伝や書物を都合よく書き換えることを保護とは言わん」


 青空の下、赤い大地の上で、黄ばんだ白い衣がたなびく。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、黒い防塵コートを羽織ったルートガー・ギーゼギングを正面から見据えた。


「俺は、どこの国、どのような地位のヤツの依頼でも受ける。だがルートガー、お前達〝四奸六賊〟は俺の敵だ。」


 ほう、と、ルートガー・ギーゼギングはわずかに不精髭の残る口元を歪めて、ニーダルの挑発的な視線を受けた。


「貴殿の愛人の命が、我々の手中にあると言ってもかね?」

「ぬ、ぬぁんだとォ」


 ニーダルの顔から、血が引いて蒼白となった。

 タラタラと脂汗がとまらず、ガタガタと身体の震えが止まらない。


「ルートガー・ギーゼギング。てめえ……、人類の半分を手にかけようなんざ、とォんでもない大悪党だなッ」

「そうか? 世界中の女性全部を愛人認定する貴殿よりは、善人のつもりだ」



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