第48話 勇者が残したモノ
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貴殿の愛人の命が手中にあるという、ルートガーの卑劣な勧告に、ニーダルは食いさがった。
「……個人となると三丁目のアーちゃんか、四番地のベーちゃんか、五区のツーちゃんか。この卑怯者め、いったい誰を人質にした?」
「イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトだ。彼女の身柄は、私の手の者が押さえている。交渉に応じる気はあるか?」
ニーダルは、鼻で笑った。
「断る」
「…………っ!?」
ニーダルの返答が、よほどに予想外だったのか?
ルートガーの白の混じった黒い眉と、灰色の瞳に動揺で揺れる。
「誰の名前を出すかと思えば。……あんた、どうやら勘違いしてるな?」
「ほう。それは、貴殿はもう、あの性奴隷を必要としていないということかね?」
ニーダルは、首を横に振った。
そもそもイスカは、愛人でもなければ性奴隷でもない。
そして――。
(ロゼット。俺と一緒に、タカシロ・ユウキの最期を見たお前なら、信じられる。イスカを託すことができる)
ならば、ニーダルにできる最後のお節介は、父親として彼女の望みが叶うよう取り計らうことくらいだろう。
「逆だ。イスカ・ライプニッツには、頼れるお姉ちゃんや、家族が居る。あいつには、もう俺のようなロクデナシは必要ないってことだ」
ニーダルは、二〇番と呼ばれたイスカが、ルートガーの手に囚われていないことを確信していた。
(ロゼット・クリュガーは、翼を使っていなかったといえ、俺と互角に打ち合っていたんだぜ。こいつら、あの子の本気をどれだけ浅く見てやがる?)
ニーダルは遠巻きに囲む兵士達を無視して、ルートガー・ギーゼギングに向けて槍を構えた。
「そして、禍を撒き散らすお前達〝四奸六賊〟も〝聖戦の基地〟も、この世に不要だろうさ。悪いが潰れてもらうぞ」
四奸六賊の戦闘員が、聖戦の基地の構成員が殺気立つ。
ルートガー・ギーゼギングは、交渉は決裂したと判断し、腕を振るった。
「撃て――――っ」
矢が、魔法が、雨あられと放たれるた。
ニーダルがまとった白い衣は矢に裂かれ、雷球によって散らされ、炎弾によって灰となった。
けれど次の瞬間、赤い外套の色をおびた砲弾の如き突進が、聖戦の基地の構成員を五〇人以上、まとめて吹き飛ばしていた。
「こいつ、体当たりだけでっ!?」
「何を隠そう、俺はアメリカンフットボールが大好きだっ」
「なにそれ、ぐはぁっ」
聖戦の基地の構成員が、間欠泉のように赤黒い血を吹き出しながら散ってゆく。
彼らを殺めたのは、ニーダルのタックルではなく、後方から放たれた黒々とした光の矢だった。
「第六位級契約神器エルヴンボウよ、力を示せ。術式――〝
ルートガーの指示に従い、〝四奸六賊〟の盟約者が味方を巻き込みながら契約神器で攻撃を開始したのだ。
巨人がハンマーを振り下ろして人間をミンチに変え、空飛ぶ鳥型ゴーレムが魔術の刃で両断する。
「き、貴様ら、裏切っ」
「諸君らの指導者には、最初から捨て駒として譲り受けたよ」
そう、ルートガー達にとってテロリスト兵は元より囮だ。
彼らは、生きた友軍すら盾にする外道な戦術を平然と行った。
「お前達のそういうところが、いけ好かねえってんだ!」
ニーダルは敵の血肉に塗れながら、真紅のコートに包まれた腕を天へ伸ばした。
手のひらの中で焔が弾けて、三日月十文字鎌槍が召喚される。
彼は槍を大地に叩きつけ、棒高跳びの要領で空を舞った。
「愚かなっ。たかが魔術が、契約神器に勝てるはずがないっ」
「その台詞は、〝千年前から〟聞いているっ」
ニーダルの瞳が一瞬、赤く染まった。
炎が燃える。彼の瞳で、うなじで、背中で、卵から雛がかえるように何かがまろび出る。
樹にも機にも獣にも似たアカイナニカは、迫る黒い光を消しとばし、第六位級契約神器エルヴンボウの盟約者をも飲み込んだ―――。
「ああ、それこそがレプリカ・レーヴァテイン。一〇〇〇年前に神器の勇者が残した、世界救済の鍵か!」
ルートガーが感極まったかのように呻く。
しかし、ニーダルは知っている。
彼と共にある相棒は、破滅を呼ぶ翼は、今や人類を祟る呪詛に他ならないと。
「さあ、ダンスとしゃれこもうじゃないか!」
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