第44話 同類と花火

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 復興暦一一一三年/共和国暦一〇〇七年、若葉の月(三月)一一日目午後。

 茶の毛皮と青光りする鱗に覆われた巨大な体躯。六つの脚と、八つの蛇の尾、鷲の爪、竜の翼が生えた怪物と一体化した、ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングは諭すように告げた。


「今更、何を驚くというのだ。言っただろう? ――私とお前は、欠陥品かそうでないかの差はあれ、同類だ、と。私は、いずれ私の後を歩む候補者達の先達であり、だからこそ教官という職を拝命した」


 ロゼットは、恐怖した。

 ギーゼギング教官が変化した、彼女の異形めいた肉体にではない。

 そのような選択を平然と受け容れる、彼女の理解不能な精神性こそが怖かった。

 二〇番ツヴァンツイヒもそうなのだろう。

 末妹はギーゼギング教官という怪物に銃を向けたまま、ロゼットの方へ駆けつけて、服の裾にしがみついた。

 

「……一番アインス二〇番ツヴァンツイヒ

 この世界における魔術の根底は、文字という神の智恵を受け継ぐヒトだ。ヒトが文字を刻むことで世界は変わり、ヒトこそが最も魔術の力を引き出せる。

 だからこそ、神話の竜や異属はヒトに化け、契約神器やゴーレムはヒトの使う道具やヒトガタを模して造られた。

 ……その延長に、人間ヒト兵器ドウグとして用いる殺戮人形計画や、人間ヒト契約神器ドウグを一体化させる融合体計画が存在するのだ」


 ロゼットはギーゼギング教官の異質性に怯えながらも、彼女の授業を必死で飲み込もうと努力した。

 あまりに一方的で、意味不明で、しかし、確かにこの〝先達〟は、ロゼット達姉弟を導こうとしていたのだ。


「なんとなく、わかりましたわ。ギーゼギング教官は、殺戮人形ニンゲンであるワタシ達は不要で、融合体ドウグとしては必要だとおっしゃりたいのでしょう」

「ほう。愚図なりに考えたようだな」


 しかし、ロゼット達の選択は決まっている。そんな未来はいらないのだ。


「ふざけるなっ。ワタシ達姉弟は、貴方達の玩具じゃない!」


 二〇番ツヴァンツイヒが銃撃で支援して、ロゼットが槌を片手に突撃する。

 ギーゼギング教官は、まるで駄々をこねる子供を見るように嘆息した。


一番アインス、お前は勘違いしている。

 契約神器には、純然たる階級差が存在する。


・携帯可能な魔術道具に神器核を埋め込むことで、性能を強化した第六位級。

・青銅人形のような大型魔術道具に埋め込むことで、意志の伝達や高度な使役を可能とする第五位級。

・空を飛び深海を泳ぐ、ヒトの限界を超える力を付与する第四位級。


 けれど、これらは所詮下級の神器に過ぎない。

 私は、融合体となることで、真に〝神の器〟たる力を手に入れた」


 ギーゼギング教官が、前の四足を振り上げて叩きつける。

 それだけで、二〇番ツヴァンツイヒの銃弾は消し飛んで、ロゼットは回避もままならずに転倒した。


「私と融合したことで第六位級であった我が神器は成長し、火の巨人ロキ、海の巨人エーギルと並び立つ、古の風の巨人第三位契約神器カーリへと成長した。我が名は、ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼキング。偉大なるパラディース教団と一族のために、新世界を築く、新たなる種だ!」


 怪物と竜巻と見紛う暴風を残し、第三位級神器カーリの融合体にないてが飛翔する。


「情報の収集は終わった。殺戮人形計画は、融合体計画の代替とはなりえない」


 竜の翼をはためかせて高々度まで上昇したギーゼギング教官は、嵐の如き風をまとい、猛禽のように急降下した。


一二番セバルツ。お前の拳は奇襲にしか使えない」


 急降下と同時に振るわれた、巨獣の足爪に引き裂かれ、そばかすの目立つ赤い髪の少年は血をまき散らして吹き飛んだ。

 傍にいた長い髪の少女が慌てて治療に向かうも……。


一一番エルフ。そこで治癒を選ぶからこそ、欠陥なのだ」


 キメラによる体当たりを受けて、またひとり真紅に染まって地を転がった。

 五番フェンフト戦輪チャクラムを手に交戦しようとしたが……。


五番フェンフト。時間加速の魔術は強力だが、紫の賢者には遠く及ばない」


 キメラの尾である八本の蛇が、混じり合いながらいなないた。

 無数の輝く文字が、蛇を巨大な竜頭へと変化させ、吐き出された青白い閃光が、五番フェンフトを中心とする半径五〇メルカを薙ぎ払った。もはや、兄妹全員が、一対一でどうにかなる手合いではないと理解していた。

 ゆえに七番ズイーベンが仲間をまとめて魔法陣を応用し、交戦しようと試みたが……。


七番ズイーベン。鋼線と魔法陣を組み合わせた戦闘法も、貴様では手品に過ぎない」


 キメラの単純な体当たりだけで、蓬髪の少年をはじめとする弟妹達が宙を舞った。


「ギーゼギング教官……」


 次々と討ちとられてゆく仲間達を、ロゼットはどうすることもできなかった。

 強さの次元が違う。戦術とか、ヒトの力でどうにか出来る相手じゃなかった。


(思いあがっていたのは自分だ。先ほどまでの成功は、絶対的な戦略的優位に立った相手に、いいように弄ばれていただけ。でも、なんですの?)


 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングを見ていると、ロゼットの胸が強く痛んだ。


「同類だ、ですか。そうかも知れません。貴方は異形を受け容れてまで、歯車に徹するのですから」


 教官の生き様は、かつてロゼットが是としたものだ。

 だというのに、ひどく虚しく、悲しかった。


「身の程を知るがいい。目覚めれば、あの男にも会えるだろう」


 高々度より打ち出された、青白い閃光の爆撃を受けて、ロゼットの意識は吹きとんだ。


――

――――


 復興暦一一一三年/共和国暦一〇〇七年、若葉の月(三月)一一日目。

 ギーゼギング教官が融合体としての力を見せつけていた頃……。

 アースラ国とシーラス国の境にある、〝四奸六賊〟の秘密基地は、盛大に燃えていた。

 とある重要な捕虜を捕らえて収容したものの、まんまと脱走されて、そればかりか基地をまるごと爆破されたのだ。

 紅い外套をまとった脱走者、ニーダル・ゲレーゲンハイトは盗んだウィスキーをラッパ飲みしながら、無力化した戦闘員達を拘束していた。


「ふ、ここで一句。〝秋風に吹かれて消えぬ昼花火〟――BY 芥川龍之介、と」


 ざまあみろとばかりに、無駄に決めポーズをとってみたりする。

 そうして、失敗に気がついた。


「って、今は三月、春じゃねえか!」


 なお、〝花火〟も、伝統的には秋の季語である。

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