第九章 神焉戦争(ラグナロク)の遺産
第45話 ニーダル、交差する運命
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復興暦一一一三年/共和国暦一〇〇七年現在。
ミッドガルド大陸中東海地方は、二つの異なる勢力が対立していた。
ひとつは、浮遊大陸アメリアや妖精大陸に関係の深いアース神教を奉じる国々。
もうひとつは、中東海地方で古くから信仰されるヴァン神教を奉じる国々。
人々の拠り所となるはずの宗教は、時に信仰の違いから
魔法石の利権を巡る衝突や、長年に亘る民族紛争、同じ宗教を重んじる国々の中ですら、正当性や序列を巡って鍔迫り合いを繰り返す。
中東海地方は、そんな数多の意思がぶつかりあう火薬庫となっていたのだ。
緊迫した土壌が、やがて過激なテロリストを生み出すのは、自明の理であっただろう。
西部連邦人民共和国シュターレン閥の
「
「……元はアースラ国の軍事組織だっけ? 今は隣のシーラス国あたりでドンパチしてるとか?」
エーエマリッヒの問いかけに、ニーダルはひとさし指を立てた。
彼はロゼット達と別れた後の数年間、仇である〝赤い
「そうだ。元は歪んだ原理主義を掲げた少数勢力だったのだが、ルーシア国や我が国の……〝
「また〝やつら〟か! 巡り巡って共和国にも被害が出てるじゃないか。あいつら馬鹿なんじゃねーの?」
「まったく同感だが、ワシらが放置するわけにはいかんニーダルよ、中東海へ行ってくれるか?」
ニーダルは、エーエマリッヒの頼みに頷いた。
元より、〝四奸六賊〟もまた、彼の第二の故郷を奪った仇である。見逃す気は最初からなかった。
「それに、中東海には、ちょっと用事もあったしな。ついでに片付けてくるわ」
「〝紫の賢者〟との
「……肝に銘じておくよ」
かくして、ニーダルはシーラス国へと渡った。
『聖戦の基地』は、〝ヴァン神教に基づく世界国家樹立〟を掲げていたが、お綺麗なスローガンとは裏腹に、ただの邪悪な犯罪結社に過ぎなかった。
なにせ彼らが襲うのはアース神教徒ではなく、同じヴァン神教の信者達なのである。
シーラス国の国境、辺境に住む村人達は、友好国から救援にきたというニーダルを迎え入れるや、泣いてすがった。
「聖戦の基地はめちゃくちゃです。見境なしに市場を襲い、畑を焼き、食糧を奪っていくんです。もう何千人襲われたかわかりません」
「あの暴漢達は、女性や子供を襲って奴隷にするんです。うちの女房と子どももさらわれました」
「私達は畑で麻薬を栽培するよう命令されました。断った隣の村じゃ、井戸を毒で潰されて全員皆殺しに……」
『聖戦の基地』が権勢をふるうためには、根拠地である地方と人々が、……貧困と生活苦で絶望していることが望ましかったのだろう。
そうしてテロリストどもは、自ら害したヴァン信徒に悪魔のように囁くのだ。
『悪いのはすべてアース神教徒だ。彼らを皆殺しにすれば、今より豊かな生活ができる、失われたものの仇を討つことができる――』と。
「おーけー。俺が来たからには大丈夫だ。必ず何とかする」
ニーダルは、笑顔の下に怒りを秘めて村を出た。
彼は、村人達が知らない事実を知っていた。
『聖戦の基地』に武器を流していたのは、友好国であるはずの西部連邦人民共和国、その軍閥のひとつである〝四奸六賊〟だった。
アメリア合衆国は、『聖戦の基地』のようなテロリスト達が共和国製武器を使用していることを国際社会に向けて告発したが、西部連邦人民共和国はシラを切り通した。
実のところ、何もできなかった可能性もある。
西部連邦人民共和国は実質、各軍閥による連合統治であり、教主であるアブラハム・ベーレンドルフとて、すべてを意のままに動かすことはできなかったのだから。
「だから、俺やジジイにお鉢が回ってくるわけだ。いいぜ、やってやらあ」
ニーダル・ゲレーゲンハイトは、『聖戦の基地』のキャンプを目に付いた端から潰し、奴隷として売買されていた少年少女達を救出した。
そうして目立ったところでわざと捕まって重要施設に連行され、見事、基地を〝花火〟に変えることに成功したのだが……。
「ビンゴ! やはり、ここは〝四奸六賊〟の拠点だ。こいつは――融合体に関する研究資料と候補者リストか? これも縁だ。ロゼット、手を貸してやるぜ」
ニーダルは、基地の残骸からボロ切れを奪って変装すると、アースラ国との国境線に向かって歩きだした。
かくして彼とロゼット達姉弟の運命は、再び交差することになる。
しかし、それは両者の仇たる〝四奸六賊〟の陰謀によって紡がれた蜘蛛糸の中であった……。
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