第9話 雨天
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復興暦一一〇九年/共和国暦一〇〇三年
この日から、ロゼット達『
赤い外套を着た冒険者は、自分の命を狙う少年少女達を閉じ込めることもなく、詰め所に常備された武器すら隠そうとしなかった。
自然、ロゼットと弟妹達によるニーダルへの襲撃は続く。
彼が寝所に選んだ宿直室にトラップを仕込むなんて、まだ序の口。
衣服を洗えばナイフが閃き、シーツを干せば矢が飛びかう、非日常の日々。
夜討ち朝駆け、果ては色仕掛け等のからめ手に至るまで、あらゆる手段が試された。
その全てをニーダルは受け止め、殴り倒して乗り切り、誰も殺さなかった。
とはいえ、さすがの彼も
彼は男衆全員を集めて『ニーダル・ゲレーゲンハイトによる漢の約束三〇〇〇』という怪しげな講義を丸一日かけて行った。
授業の内容はわからないが、以後、彼らがそういった行動を慎むようになったのは事実である。
……ロゼットからすれば、反動で若干おかしくなった気もしたが。
霜雪の月(二月)二四日。
六日目が過ぎたある日の朝、強い雨風を伴う嵐がウイツエト遺跡周辺へとやってきた。
詰め所も例外ではなく、ニーダルは「もう着替えがないのに」などと洗濯物片手にてんてこ舞いだった。しかし……。
「おい。がきんちょ、ちみっこ。お前達、小屋から絶対に出るなよ」
ニーダルはロゼット達にそう言いつけると、一人で小屋を出て行った。
雹の混じった冷たい雨と風が真紅の外套にふきつけて、彼の体温を容赦なく奪ってゆく。
「つめて~。こんな日は、外じゃなくて、毛布の中で女といちゃいちゃしたいものだぜ」
ニーダルの趣味はナンパだが、さすがにこんな森にまでやってくる物好きはいないだろう。
彼が向かっているのは、遺跡の入り口だった。
むせ返るような土と樹がかもす森の匂いに、刺激的な異臭が混じっている。
動いている。ぞろぞろと、ずるずると、夜のように暗い森の闇を得体の知れない何かが
「おはようございまぁす! なんつってな。いい天気だ。すがすがしいぞ、空気もうまい、人生サイコーっ」
悪天候もいいところ。
けれど、ニーダルはその数少ない例外だ。なぜなら彼は、今生きていることこそが奇跡なのだから。
ニーダルは
泥にまみれて蠢いていたのは、全長三
「……
通常の遺跡には、モンスターがはい出てこないよう、厳重な結界が張られている。何人もの魔術師を集めて魔法陣を整備し、儀式によって清められた
けれど、封印の手間とは裏腹に、専門知識を持った工作者が居れば、結界の無力化は
特定の方向に要石をずらすか、魔法陣に余計な絵図を書き込むか。そうなったが最後、地下から這い出てきた怪物たちが付近の村や町を踏み潰す。
そういった
「自国内でテロ起こすとか、本気でイカれてるよ」
無論、そんなことはめったに起こらない。
起こらないが、必要とあれば起こしてしまうのが西部連邦人民共和国であった。
ニーダルが、雨に濡れた手で魔術文字を描く。
炎がまろびでて、ぷすんと消えた。
「いよおっし、絶好調」
赤い外套を羽織った青年は、十文字槍を手に跳躍する。
間一髪、あめふらしもどきが吐き出した酸が、彼が先ほどまでいた大地と草をドロドロに溶かしてしまう。
「……業だな」
ニーダルは、三日月の穂を鎌のように振るって怪物の首を切り裂き、粘着質の皮膚を裂いて拳を突きこむ。
あめふらしもどきの体内へ魔術文字が刻みこむや、ぐねぐねした巨体は炎に包まれて燃え尽きた。
「ギイイイイッ」
「ウオオオオンッ」
ほぼ同時に、空からドリルのような
「はは。はははっ。あーっはっはっ」
笑う。笑う。ニーダル・ゲレーゲンハイトは狂気じみた高笑いをあげて、犬の首がついた小鬼を、からくり鳥を、あめふらしもどきを狩り続ける。
血の匂いと高い声に吸い寄せられるように、遺跡から
ニーダルは小鬼を切り飛ばし、あめふらしに槍の穂先を突きこんで、わずかに槍を引き抜くのが遅れた。
「ギイイイイッ」
ほんの一瞬の隙をついて、二羽のからくり鳥が飛来して、青年の喉首と背後を狙って嘴を突き出した。
「ちっ」
ニーダルの首筋から、ゆらりと陽炎のような何かが立ち昇った。
後方から遅いくる機械仕掛けのモンスターが、豪雨の中――決して消えない――禍々しい炎に包まれて消えた。
「あと一匹」
ニーダルは前方からの攻撃に対し、回避からのカウンターを試みようと横っ飛びに跳んだ。
「ギイイッ」
次の瞬間、からくり鳥の眉間に一本の矢が突き刺さった。
ここを破壊されたことにより、魔術仕掛けの機械鳥は、そのかりそめの命を終えた。
「……誰だ?」
森の闇から、かすかな水しぶきをたてて人影が姿を表す。
それは、黒褐色の髪を二本のおさげにわけた翠玉色の瞳の少女、ロゼットだった。
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