第8話 姉妹

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 ロゼット達が目覚めたのは、翌朝のことだった。

 姉弟全員が、なぜ自分たちが生きているのかわからなかった。

 傷には簡単な手当てが施され、床に敷かれた毛布の上でタオルケットに包まって雑魚寝をしていた。


「おーし、ガキどもぉ、もう起きたかあ」


 ニーダル・ゲレーゲンハイトが、フライパンとおたまをガンガンぶつけあわせながら部屋へ入ってきた。


「顔を洗って、歯を磨いて、まずは飯にしようぜ」


 この施設は、小隊規模の兵士達が詰められるよう準備されたものらしい。

 おそらく封鎖された遺跡から彷徨さまよいでるモンスターを監視する為の施設だろうと、ロゼットはあたりをつけた。

 食堂には、パンと目玉焼き。それに野菜と干し肉を使ったスープが用意されていた。

 全員、なすべきことをなすために、席に着く。

 食前に祈りを捧げ……。

 ニーダルがパンに口をつけた瞬間、ロゼット達はスプーンとフォークを握り締めて、彼に襲い掛かった。

 少年少女達は、青年の顔に熱いスープをぶちまけ皿をぶつけた。

 まずは、動きを止めるのが先決だ。

 たとえナイフでなくとも、フォークは身体の肉を裂き、スプーンは目玉をえぐる武器となる。


「やんちゃだねえ」


 しかし、ニーダルはロゼット達『殺戮人形』の上を行っていた。

 彼は炎の魔術でスープを焼き払い、食器を手に襲い来る暗殺者を無手のまま叩きのめす。

 時間にしてわずか一〇コーツ足らず。ニーダルは、ぐったりとのびたロゼット達一九人を引きずって、広間へと放り込んだ。


「俺はお前たちを殺さない。交渉が済み次第返すから、しばらく大人しくしておけ」


 彼は人数分の傷薬を投げた後、一言だけ言い残した。


「あとな。食い物を粗末にするやつは、俺は大嫌いだ」


 ドアが閉まる。

 ロゼットと弟妹達は、毒が含まれていないか細心の注意を払いながら手当てを行い、馬鹿なやつだと呆れた。

 自分達は兵器であり、目的はあの男を殺すことだ。

 たとえ壊れたとしても、任務を達成することこそが本懐だ。


「あれ、二〇番ツヴァンツイヒは――?」


 ロゼットの問いかけに、広間へつどった仲間達は、首を横に振った。

 いち、に、さん、…じゅうく。

 一人足りない。

 ロゼットの心に、ノイズのようなざわめきが走った。

 相手は鬼畜で知られた漁色家りょうしょくかだ。

 二〇番ツヴァンツイヒの小さな身体に、獣欲をぶつけてうさを晴らすくらい平然とやってのけるだろう。

 ロゼットは、それも任務と割り切っていたはずだった。

 それでも彼女は、最年少の末妹を気にかけていて、いつもなら生じ得ない、小石がこすれるような落ち着かない気持ちにさいなまれた。


(確かめるだけ。そうよ、不意を突くためですわ)


 ロゼットはドアノブに手を伸ばした。

 無用心にも、鍵はかかっていない。

 廊下に出ると食堂から人の気配がする。足音を忍ばせて、そっと中をうかがうと――。

 ニーダルは、食事の残骸を片付けていた。

 ぐちゃぐちゃになったパン、黄身と白身が床にぶちまけられた卵、とびちった野菜や肉……。かつては食べ物だったものを、バラバラになった食器の破片と一緒に集めて、獣皮の袋につめてゆく。

 彼の隣では、二〇番ツヴァンツイヒが、スープ溜まりに古新聞をあてていた。


「ちみっこ。いいのかい、俺の手伝いなんかして」

「ン」


 二〇番ツヴァンツイヒは頷く。

 彼女の小さな背と蜂蜜色の髪が、わずかに前へ揺れた。


「ま、いいけどよ」


 二人は、並んで作業を続ける。

 見守るロゼットは、我知らず手のひらを握り締めていた。

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