第50話 第一位級契約神器再び

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 ニーダルはあからさまに拒絶したが、ルートガーは理解できなかったらしい。


「ふむ。生かしておけない、とは剣呑だな。私の自慢の娘たちは、お気に召さなかったかな?」


 ルートガーが白髪の混じった外見とは裏腹に、力のこもった重い剣を振るうたびに角笛の音が轟いて、世界が壊れた。

 堂々たる岩は塵となり、流れる水は虚空に消えて、巻き込まれた兵士達が悲鳴すら上げられずに影の如く溶けてゆく。


(第一位級契約神器は、次元が違う。盟約者と神器が抱く願いやルールを、強制的に世界に押し付けて書き換える。ならば、書き換えられた世界の一部ごと焼き滅ぼすしかないっ)


 ニーダルは三日月十文字槍に炎をまとわせて、自らに迫る空間の崩壊を叩っ斬った。

 第一位級契約神器ギャラルホルンは、終末を呼ぶ先ぶれだ。記録に残る限り、使い手の多くは『それぞれの想う地獄を顕現させる』場合が多い。

 自らが尊ぶ価値観以外の、何もかもが虚無に沈む終焉こそ、ルートガーが欲する夢なのだろう。


(こいつは、イカれてやがる)


 ニーダルは、世界の崩壊改変を背の翼で焼き滅ぼしながら、浅く深呼吸した。

 胸の中がむかむかする。戦闘で負った肉体の傷以上に、眼前の暴挙に心がひりついた。


「姉妹って無理矢理、納得したいところなんだがな」


 艶やかな黒髪と、感情を宿さない硝子玉のような灰色の瞳。

 三人が三人とも同じ顔、同じ体格でなければ、口説き文句のひとつでも言ってのけたところだろう。


「この翼を背負ったからわかる。てめえ、複製したな?」

「風とは偏在するものだ。これが第三位級契約神器カーリの力を引き出すに最も適した……〝融合体〟のあり方だからね」


 ルートガーは、悪びれもせずに言ってのけた。


「私達姉妹は、父様の理想を叶える為に生まれたのです」


 ヨゼフィーヌと名乗った三体の妙齢の女性が、父親に助力するように扇を仰ぐ。

 空間破砕の隙間を縫って、三柱もの竜巻が生じて、ニーダルを巻き込んだ。

 ニーダルは天も地もなく吹き飛ばされて、荒野を転がる。

 背の翼は、ルードガーの追撃を押しとどめるので精一杯だ。


「ニーダル・ゲレーゲンハイト。貴殿ほどの男なら想像がつくだろう? 異なる民族、異なる価値観があるからこそ、人は互いにあい争う。真なる平和を世界にもたらすためには、最高の価値観と最強の武力が必要だ。我らと共に天をいただこうじゃないか?」

「私達姉妹も、父様同様に貴方を歓迎します」


 ロゼット達の引率に似た〝人形〟達が、媚びるような視線を送ってきた。

 ニーダルはかつて背伸びした少女を、ロゼットを見たとき、彼女を救いたいと思った。

 しかし、この三人は手遅れだろう。

 呪いの衝動に突き動かされている時の自身と同じように、憑かれたような目をしている。


「何度だって断るさ。そうやって、他人を支配することしか頭にねぇから、ンな寝ぼけた結論が出る。血筋が違ぁう? 考えが違ぁう? それがどうした? 見ているものが違っても、手をとりあうことだって出来るだろうが!」


 ニーダルは転がった槍を手に掴み、モザイク状に砕けゆく地から逃れるように、倒れた岩を蹴った。


「ならば、最新にして至高たる、我々の価値観を受け入れたまえ」


 ルートガーが諭すように、角笛を奏でる。


(最高の価値観だと、最強の力だと、そんなものは幻想だっ)


 この世に変わらないものはなく、あらゆるものが時の流れとともに生まれ、朽ちて、移り変わる。


「貴殿には、華たる資格がある。野の獣に情けを注ぐのは、君自身の誇りを貶めることになる」

「華だの獣だの決め付ける。肝心なところ、てめえらは、〝自分が特別でない〟って認めることで、〝他人と同じちっぽけな人間である〟ことに、耐えられないだけだろうが」

「特別である我等がどうして野卑と対等なものか!?」


 ニーダルの槍が、ルートガーの剣、そしてギーゼギング姉妹の鉄扇と噛み合い、衝撃で大地を揺らした。

 万物に終焉をもたらす炎と、世界の破滅を告げる角笛が、風神の絶叫を取り込みながら協奏曲を奏でる。


「救世の翼の後継よ。……貴殿の煩悩ぼんのうを殺し、正しき道へと誘おう」

「そいつは悪くない話だ。だが、聖人君子なんざガラじゃない」


 ニーダルは、ロゼットがお化け屋敷と言い放った劇場に、何度も招かれたことで知っていた。


『牙なき弱者の為に、誰かが剣を取って欲しい』


 タカシロが、そして大勢の翼を求めた生贄が背負ってきた祈りは、千年の昔に守りたいものを何一つ護れなかった阿呆ゆうしゃが残した未練だ。


『知らん。俺は俺だ』


 受け継いだのは、家族も戦友も失い、養女すら幸せにする資格を持たなかった、初代以上のド阿呆。


(でも、そんな馬鹿だから出来ること、馬鹿にしか出来ないこと、護れないモノがあるはずだ。イスカ、ロゼット。お前たちの未来を切り開く)


 ニーダルの背で、炎が一層明るく燃えて、はためいた。


「俺は、ただの、オトコなんでな!」


 遥かな昔、世界の終末を告げた角笛と、終末を終わらせた焔の残滓。

 因縁の名を継ぐ両者は、互いの使命を果たさんと、青い空と赤い大地の狭間で交錯した。


 

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