第一〇章 断崖を越えて
第51話 ロゼットの走馬灯?
51
回転しながら影絵を映す灯籠細工に見立て、死に臨んでこれまでの人生を思い返す様を言うらしい。
ロゼットもまた、死に際に過去を振り返る、そんな夢を見ていた。
西部連邦人民共和国の為、偉大なる軍閥の為に、歯車となって戦い続ける夢だ。
(あ、あれ? おかしくありません?)
ロゼットが夢見る〝彼女の〟過去は、自身のものとほとんど同一で、しかし途中から致命的に異なっていた。
初陣の相手が、ニーダル・ゲレーゲンハイトではなかったのだ。
(ええーっ、なんですの、コレは)
彼女は戦った。
初陣を終えた後も、命令されるがままに、歯車として多くの命をひき潰した。
そうして警報が鳴り響く地下工場で、彼女自身にも終わりの時が訪れたのだ。
『
末の妹である
彼女は、身動きの出来ない妹を馬車へ積み込んで何処かへと輸送すると、侵入者の前に立ちはだかった。
『遅かったわね、
『姉さん。アンタは、自分が何をやっているのかわかっているのか?』
侵入者は、彼女の生涯最期に相対した敵は。
弟である
『ワタシは、殺戮人形の一番目。お前の、姉なんかじゃない』
彼女は槌を振るい、弟は見たこともない片刃の長剣で応じる。
向かい合った弟の瞳は青い光を帯びて輝いた。
そして、弟の瞳に鏡合わせに映る
決着はついた。
歯車は回り続け、ただ悲劇だけを完成させて、砕け散った。
これがロゼット・クリュガーの一生。何も為すことなく、何も守れず、見当違いの忠誠を捧げ続けた、哀れな道具の終焉。
「ふ、ふ、ふざけるなぁ。ネツゾーです。ひどいでっちあげですわ。
ロゼットは、遺体となった〝彼女〟の前で地団駄を踏んだ。
すると、自分と生写しの死体が起き上がり、散らばった臓物を拾い集め、傷を縫い合わせ始めたではないか。
「……ちょっと、ひどいことを言いますわね。ノートの記事は一〇〇パーセント
「ギャー! ゆーれい!?」
「おほほっ。その通り、幽霊ですわ。うーらめしやっほー」
ニッコリ笑った自分と同じ姿形の幽霊に恐怖して、ロゼットは息を切らせて逃げ出した。
「なんですの、どうしてオバケに追いかけられますの?」
「おほほっ、どうせ貴女もワタシと同じになるんです。何を怖がっているんですか?」
「ならない! 貴女はワタシと違う。だって、だって、約束したもの」
ロゼットは思い出す。
夢の中の光景が、地下工場から懐かしい山小屋へと書き換わる。
そう、忘れもしない。
復興暦一一〇九年/共和国暦一〇〇三年 霜雪の月(二月)二五日。
別れの朝。ロゼットは、薔薇の彫刻があしらわれた銀の懐中時計を首から外して、ニーダルに返却しようとしたのだ。
『この時計、お返しします。七日間、ありがとうございました』
ニーダルは、最初は討つべき敵だった。
でも、ロゼットにとっては、はじめて人間としての時間をくれたかけがえのない恩人で……それ以上の何か、だった。
『ロゼット』
ニーダルは黒い眉をしかめて、ロゼットの小さな両手と、その上に載った思い出の品を見つめた。
『もってゆけ。何かの役には立つだろう』
『でも』
『いいんだ。お前にゃ、似合ってるしな』
トクンと、心臓の音が高鳴った。
湧き上がる情動に戸惑うように、ロゼットはうつむいた。
「…………」
あの時、ロゼットはニーダルに抱きつきたかった。
胸に顔をうずめたかった。助けてと叫びたかった。
「けれど、できなかったのでしょう?」
思い出を浸食するように、自分と同じ顔をした一番目の少女がささやく。
「ええ、できるはずがない。それは人形としての自分自身を否定することだから。同族と殺しあわされ、殺めてきた命を、流してきた血を、無為にすることだから」
「わかってます、わかってますわ。でもあの人は」
ニーダルは、立ち尽くすロゼットの首に銀の懐中時計をかけなおしてくれた。
『ロゼット。お前はきっといい女になるよ。一〇年経ったら殺しに来い。そんときゃ優しく抱いてやるからよ』
ニーダルは、甘く、重い空気を振り払うように軽口を叩く。
『一〇年も待たせませんわ。必ずもう一度、貴方の前にやってきます』
ロゼットは、たわいのない冗談に笑みを形作る。
『期待しないで待っとくさ』
ああ、そのときは伝えよう。
この胸の内を焼く炎を、誇りを持って証明しよう。
『生きのびろよ。ロゼット・クリュガー』
『ええ、必ず』
ニーダルは、ロゼットの頭に手を置いて、そっと抱きしめた。
それは恋人同士の抱擁じゃない、親愛の触れ合い。
でも、彼の掌は熱くて、ニーダルの言葉を、ロゼットは胸に刻み込んだ。
「約束した。約束したんです」
たとえ夢見た末路が、
本来歩む可能性であったとしても、
一番目の少女に課せられた道筋であったとしても。
ロゼットの運命は、ロゼット自身が掴み取る。
「ワタシは、貴女じゃない。歯車じゃなくて、人間として生きてゆく。だから、死んでなんていられませんわよ!」
「ええ。生きなさい。
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あとがき
ロゼットが夢見たのは、並行世界における自身の終わりです。
並行世界がどうなったか、二〇番目の行方、生き延びた二番目の未来、などは、シリーズ作の『悪徳貴族』で語られています。
*参考*
・現世界(ロゼットがニーダルと出会い、クロードが邪竜と出会った世界)
・並行世界(ニーダルやクロードが召喚されず、ロゼットが歯車に徹して戦死。その後、ラグナロクで……)
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