第52話 姉弟

52


 復興暦一一一三年/共和国暦一〇〇七年、若葉の月(三月)一一日目正午過ぎ。アースラ国サウド湾近郊の荒野。

 ロゼットは激痛の中で、意識を取り戻した。


「ワタシは、まだ生きている」


 ロゼットの唇から、祈るように言葉が溢れた。手足に力を入れるもののまるで動かない。

 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングから第三位級契約神器の空爆を受けて、吹き飛ばされたのだ。即死しなかったのが不思議なくらいだ。


(それにしても、ひっどい夢を見ましたわ)


 ロゼットは、夢の中で二〇番ツヴァンツイヒ四奸六賊しかんろくぞくに捧げて忠誠を尽くし、弟の二番ツヴァイに殺されるという自業自得の終焉を迎えた。


(でも、もしもワタシがあの人と、ニーダルと出会わなかったら……)


 悔しいことだが、あのような末路を辿った可能性は高いだろう。

 けれど、ロゼットは奥歯を噛みしめる。

 自分は違う道筋を選んだのだ。

 震える手で大地に爪を立て、足掻くように黒い目を見開いた。


「よう、姉貴。目が覚めたか?」

「これ、貸しだかんね」


 目に入った光景は、予想もしなかったものだった。

 弟の二番ツヴァイが、身につけていた趣味の悪い黒魔術じみたデザインのシルバーアクセサリーを外して、ロゼットの手首に巻きつけていた。

 それらは、どうやら治癒の魔術がこめられたマジックアイテムだったようで、同じように手伝っていた三番ドライが魔術文字を綴ると穏やかな光を発した。

 ロゼットの破られた肌、引きちぎられた肉、露出した骨が、少しずつ癒されて元の肉体へと戻り始める。


「……二番ツヴァイ、驚いたわ。貴方がつけていたアクセサリって、意味があったのね?」

「おい姉貴。アンタはオレをどういう風に見てたんだ?」

「子供っぽい流行病患者? それともワタシを介錯する係?」


 冗談でも滅多なことを言うな、と、二番ツヴァイに怒鳴られた。

 あと、オレのファッションは云々と戯れ言を語り出したが、まだ体が痛むので聞き流す。


(悪夢は悪夢に過ぎない、と思いたいけど)


 夢と現実に、ひとつだけ共通点があった。

 二番ツヴァイの黒かったはずの瞳が、夢で見たのと同じように〝青く〟染まっていたのだ。


「……二番ツヴァイ。目は大丈夫?」

「姉貴、気にするな。イシディアで〝赤い導家士どうけし〟のテロ野郎とやり合った時から、死にかけるとこうなるようになった。害は今のところなさそうだ」

「そう、だったらいいのですけど」


 ロゼットは、おとなしく治療の進行を待つが、やはり胸中は不安が霧のように漂っていた。


(正夢ってことはないでしょうが……)


 単に夢の中で恐怖や逡巡が具現化しただけ、と、切るにはおかしいのだ。

 なぜなら、ロゼットはたった今目覚めて初めて、二番ツヴァイの瞳が青くなることを知ったのだから。


(そういえば山小屋でも似たような経験をしましたわね)


 ロゼットはふと手元に、ニーダルから贈られた薔薇をあしらった懐中時計が落ちていることに気がついた。


「あのひとの……ペンダント?」

「馬鹿、まだ動くな。オレがとってやる」


 二番ツヴァイが手を伸ばして渡してくれた。


「姉貴が生き残ったのは、きっとそいつのおかげだ。爆撃の瞬間に、何か光っていた」

「そう。また、すくわれましたわね」


 銀時計にこめられた力が、ニーダルが施した魔術なのか。

 もともとマジックアイテムとして備わっていた力なのかはわからない。


『……もってけ。何かの役には立つだろう』


 それでもロゼットは遠い言葉を思い出して、空を見上げた。

 慈しむように、懐中時計を首からさげた。


二番ツヴァイ三番ドライ、他の子たちは無事ですか?」

「姉貴の立てた作戦のおかげだ。どうにか全員生き延びた」

「ほんと、よく見通したもんさ。発案者のアンタは範囲外だったけどね」


 ロゼットが伝えた作戦。

『基本コードをS。I地点で合流の後、コードRで迎撃』とは――

 かみ砕いて言えば、生存を最優先に敵魔法陣を利用して反撃を図るというものだ。


 ロゼットが七番ズイーベンに魔法陣に織り込まさせた魔術は、範囲内における敵の束縛だけに留まらない。姉弟の身体能力・魔法抵抗力を向上させ、生存力を向上させる結界の構築も組み込んでいたのだ。


「おーい、生きてるかあ」


 遠くを見れば、ボロボロになりつつも目だけはらんらんと輝く少年少女たちがこちらへと近づいていた。


一番アインスの作戦、石橋をたたきすぎだとおもったが、正解だったな」


 普段の三割り増しに髪が乱れたぼさぼさ頭の少年、七番ズイーベンがいつものように減らず口を叩く。


「教官が相手です。用心にこしたことはありませんわ」

「それでも、勝つのは僕、俺たちだろう?」


 弟妹達は不敵に笑っていた。

 圧倒的な神器の力をみせつけられてなお、誰一人として、戦意を失ってはいなかった。

 二〇番ツヴァンツイヒが防戦しているのだろう。少し離れた場所から轟音が響いてくる。


二〇番ツヴァンツイヒだけに任せてはおけませんわ。支えんに向かいましょう」


 ロゼットは先ほど、死んだと思った。

 それでも死ねないと思った。生きていたい、と。


(夢の中のワタシ。ワタシと貴方は決定的に違う。だって、ワタシには頼りになる弟妹がいますのよ)


 ロゼットは先陣を切ろうとすると、一二番セバルツが慌てて制止した。


「ちょっと待って、一番アインス。その格好は、いろいろと見えてヤバイっす」

「あ、あ、ああーっ」


 ロゼット達の反撃は、初手からつまずきかけたものの……。


「この予備の布と、これをこうしてああして、できましたっ」

一一番エルフ、縫うの早すぎっ」


 幸いにも、妹のフォローでことなきを得た。

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