第52話 イスカ

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 ロゼットや他の姉兄達が戦闘不能になった後も――。

 二〇番ツヴァンツイヒことイスカは、最愛の家族を守ろうと、ヨゼフィーヌ相手に抗戦を続けていた。


(教官がゆうごうした神器はカーリ……火の巨人ロキ、海の巨人エーギルとならぶ、いにしえの風の巨人のなまえ)


 原初神話において、巨人族は神々と拮抗する力を誇り、数々の魔法を用いたという。

 ヨゼフィーヌ教官の下半身が変貌した〝融合体〟――茶の獣皮と青く光る鱗に覆われた巨大な怪物。

 虎の顔と鷲の爪、一対の竜翼に、六つの脚、無数の蛇の尾をもったキメラもまた、第三位級契約神器カーリが宿す力の片鱗か。


「まけないっ」


 イスカ・ライプニッツは、愛用である第六位級契約神器エルヴンボウで銃撃を試みるも、戦況は圧倒的に不利だった。

 彼女の長銃は、戦闘ゴーレムや装甲車両を一撃で破壊する力があるし、中空に浮遊する敵を狙撃するのにも向いている。しかし……。


「どこを狙っている、愚か者め!」

「っ」


 イスカの放つ銃弾は、青い光の軌跡を帯びて、ヨゼフィーヌに迫るも、ひとつとして命中することはなかった。

 長銃にどれほど強力な破壊力があろうとも、亜音速で飛び回る標的を狙い撃つなんて無茶が利くほど、便利な代物ではない。

 その一方、上空を飛び回るキメラは片手間に放つ風の砲弾だけで、イスカを幾度となくうちのめした。


「み、ん、な」


 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングによる急降下爆撃を受けて、彼女の姉や兄はまたひとり、またひとりと倒れてゆく。


「あめ、あめ、ふりやめっ」


 イスカは心の撃鉄をひき起こすように、父親に教えてもらった異世界の詩マザーグースを口ずさむ。

 もはや狙撃は無理と判断し、連射に切り替える。


「ほう」


 ヨゼフィーヌは殺戮人形の子供達を狩りながら、ガラスのような目を細めた。

 イスカは大量の弾丸をばら撒くことで、点ではなく面を制圧しようと試みていた。


「べつの日にふれ。お外であそべるように」


 ヨゼフィーヌが鉄扇を振るう。

 彼女の神器に従って、風が舞い、竜巻となって、銃弾の嵐を引きちぎる。

 しかし、ここで想定外の反応が生じる。


「あめ、あめ、よそでふれっ」


 イスカが射出する弾丸は次々と中空で飛散、巨大な球状の魔法陣を形成したのだ。

 直径二〇メルカに達する魔法陣は、氷柱つららをばら撒きながら爆発、キメラとなったヨゼフィーヌの肉体をも切り裂いた。


「素晴らしいぞ、二〇番ツヴァンツイヒ。素体たるもの、こうでなくてはなっ!」


 ヨゼフィーヌは瀕死のロゼット達からイスカへと標的を変えた。

 不可視の風刃が何処からかイスカを切り裂き、赤い血が吹き出した。

 そして教官は、炸裂弾の弾幕を力任せにくぐり抜けてきた。

 キメラに氷柱が突き刺さり、弾丸がめり込むも、まさに魔法のように片端から癒えてゆく。

 立っている次元が、強さの質が違うのだ。それでも、イスカは諦めない。


「ここではふるなあっ」


 イスカは詩の最後の一節を叫びながら、散弾の雨と竜巻が凌ぎを削る空間に、銃弾を放った。

 青い光を帯びた弾丸は、球突きビリヤードのブレイクショットが如く、散弾や氷柱、風刃をぶつけあわせ、その大半を玉突き事故のようにヨゼフィーヌへと送り込んだ。


「な、なんだとおっ!?」


 さしものヨゼフィーヌも、破壊エネルギーの螺旋に飲み込まれては無事ではいられず、地面へと墜落する。


「……やるではないか、二〇番ツヴァンツイヒ。魔術によるエネルギー弾ではなく、あえて実弾を使用するからこそ可能な技。合格点を与えてやる」


 ヨゼフィーヌもまたイスカ同様に赤い鮮血を流しながら、これまで見たこともないような力強い笑みを浮かべて立ち上がった。


「教官……」


 イスカは、再び銃を構えた。

 恐怖にすくむ手足を、気合だけでねじ伏せる。


「お前の脅威を認めよう。ゆえに、ここで潰す!」


 ヨゼフィーヌの宣言に呼応して、キメラは再び飛翔する。

 羽ばたく竜の翼から輝く文字が生まれ、複数の小さな魔法陣を作り出す。

 魔法陣から発する青白い閃光が、機銃のごとき勢いで掃射された。

 まるで天と地、雲と泥。絶対たる差があった。

 イスカは迫りくる閃光の雨を撃ち返すこともできずに見上げるのみだ。

 けれど、彼女の瞳はこの窮地にあってなお、闘志を失ってはいない。


「おねえちゃんたちは、ぜったい守る!」


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