第60話 大地を駆ける

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 ロゼット達、殺戮人形の姉弟は、激戦の末に共和国を壟断する軍閥〝四奸六賊しかんろくぞく〟のスパイであったヨゼフィーヌ教官を打倒した。

 責任者であるヤーコブ博士は、ロゼット達からの連絡を受けて、研究所も襲撃を受けたこと、〝紫の賢者〟なる人物と合流した後は自由に生きるよう伝え、炎の中に消えた。

 ロゼット達は、二人の師との別れを経て、遂に自由を勝ち取ったのだ。

 しかし、姉弟達が安堵する時間もなく、予想外の事故が発生する。

 彼女達には、知る由もないことであるが……。

 ヨゼフィーヌの父、ルートガー・ギーゼギングが第一位級契約神器ギャラルホルンを悪用し、付近の地下遺跡ダンジョンから怪物モンスターの群を溢れ出させたのだ。


「今の戦力で、多数の怪物を相手取るのは無茶ですわ」


 ロゼットは、血に濡れた赤い包帯でぐるぐる巻きとなった仲間たちを見渡した。

 チーム全員が満身創痍まんしんそうい疲労困憊ひろうこんぱい

 ロゼットの槌は半ばから砕け、他の弟妹達の武器も似たり寄ったり。頼みの二〇番ツヴァンツイヒさえもも、魔銃の残弾が尽きていた。


「そ、そうですわ。サウド湾には教官達が乗ってきた船があるはず。皆、アレを乗っ取りましょう」


 ロゼットはハタと手を打ったが、七番ズイーベンがゆっくりと首を横に振った。


「……一番アインス。遠視の術で確認した。僕達、俺達が教官を討った時点で、船は陸を離れている」

「ですわよね! って、あの子達は見捨てられたの?」


 ロゼット達は、教官が連れてきた八〇名もの黒尽くめの少年少女達を見た。

 彼らは姉弟達に縄で縛りあげられ、拘束の魔法陣に閉じ込められて、恨みがましい視線を向けていた。


「ニンギョウから、ニンゲンになったと妄想するだけのことはある。見てわかることを口に出すとは、教官と同じくらい残酷じゃないか」


 リーダー格らしい少年が黒いフードつきローブの中から、嫌味たっぷりに自嘲した。

 

「ぐずぐずしている時間があるなら、どこへなりと逃げればいいだろう。お前たちが辿り着く末路の果てで、先に待っているぞ、フフフ」


 副官らしい少女、七番ズイーベンが倒した魔法陣の起動役も、枯れた声で怨念を吐き出した。


「あらあら、ワタシ以外の指揮個体って、ずいぶんと口が悪いですわね」


 ロゼットは、そう嫌味を受け流したが……。

 なぜか二番ツヴァイから二〇番ツヴァンツイヒまでの残る全員が「え!?」と失礼な反応を返してきた。

 情深い長女は、弟妹達をキッと睨みつけるだけで許すことにした。


「なにか、いった?」

「「イイエ。おねえさまは、びじんでナイスバディです」」


 ロゼットは、本気で殴りつけてやろうかと歯噛みしたが、ため息ひとつ吐いたあと、リーダーの縛めを解いた。


「皆、この子達ははなしてあげましょう」


 ロゼットの指示に従い、弟妹達が捕縛したギーゼギング指揮下の殺戮人形を解放する。


「おいおい、本気でぶっ壊れてやがるな。俺達の方が多いんだぜ。怪我人だらけのアンタ達なんて、イチコロだと思わないのか?」


 リーダーが呆れたようにナイフをチラつかせたが、彼の目に殺意はなかった。戦闘しても、意味がないからだ。


「それだけ悪態がつけるなら、洗脳もとけているのでしょう? 西部連邦人民共和国に戻りたいなら好きになさい。でも、〝四奸六賊しかんろくぞく〟に義理がありますの?」

「いいや。教官すら切り捨てた連中だ。恨みしかない。OK、紫の賢者に会うまでは付き合おう」


 ロゼットの説得に、リーダー格の少年が応じて、黒ローブの半数が従った。


「……バカバカしい。我々などエサに置いてゆけばいい。そうすれば時間もかせげる」


 しかし、副官の少女を含むもう半分は、生きる気力を無くしたように、うつむくばかりだった。

 ロゼットが言葉を投げかける前に、七番ズイーベンが一歩、踏み出した。


「だったら、その生命を僕達に、俺達にくれないか?」


 七番ズイーベンは、ぐったりと座り込んでいた副官少女の手を取った。


「一緒に戦ってくれ。生きることは、きっと死ぬことより楽しいぞ」

「ふぁ、ふぁいっ?」


 ロゼットは、副官少女の頬が、フードの中で火がついたように赤く染まるのを見た。


七番ズイーベン、やっちゃいましたわね)


 長い付き合いだ。

 ロゼットは、七番ズイーベンが「戦力として力を貸してほしい」と誘ったのだと理解していた。

 ただし、相手にどう伝わったかは別問題だろう。


(知ぃらなぁい、ですわ♪)


 副官の少女は、七番ズイーベンに手を引かれて立ち上がった。残り半分の黒ローブ達も、思うところがあったのか彼女に倣う。


「わかった。お前たちにしたがう。指示をくれ……」


 ロゼットは頷くと、空に向けて折れた槌を突き上げた。

 

「ワタシたちの目的はひとつ。生き延びますわよ!」


 そうして、ロゼット達は走り出す。

 行く先に、未来があると信じて。


人間ワタシたちは変わってゆく。たとえ歩みは遅くても、必ず)


 生きている限り、意思を捨てない限り、ひとは前へと進むだろう。

 けれど、道が途切れる時がやってきた。


「そん、な」


 町まで、あともう少し。

 ロゼット達を追い詰めたのは、地を埋め尽くすほどの怪物の群れだった。

 矮小なる小犬ゴブリンが、血に濡れた刃を手に唾を垂らしていた。

 ふくらんだ鼻と筋肉質な体格が目立つ豚鬼オークが、弓をかついで鳴いていた。

 他にも、巨大なカエルやムカデ、コウモリなどが、幾重にも取り囲んでいる。

 ひときわ目立つのは、全長一〇mに達するトカゲめいた大地竜だろう。

 スズや銅や鉄が入り混じった皮膚を持つ黒い竜は、エサを前に歓喜の咆哮をあげた。


七番ズイーベン、皆の指揮をお願い。二番ツヴァイは不器用だから、上手く支えてあげてね」

一番アインス、何を言っている?」

「ここは、お姉ちゃんに任せなさい」


 もはや、万策は尽きた。

 後はもう、誰かが時間を稼ぐしかない。

 その役目を担うなら、相応しいのはひとりだろう。


(ニーダルさん、最後に一目会いたかった)


 これは、ありふれた悲劇。

 人間を夢見た人形が踊り、朽ちる歌。


(ああ、幻覚が見えますわ)


 ロゼットが、モンスターに身を投じようとしたまさにその時。

 懐かしい紅コートを着た男が、背から炎の翼をはためかせて、乙女の窮地に駆けつけた。

 彼は怪物の軍勢を千切っては投げ、千切っては投げと蹴散らして、瞬く間にオオトカゲの大地竜にまでたどり着いた。


「どけえっ」


 外套男は、大地竜が振るう合金の爪を手刀でへし折り、柔らかさと剛性を両立させた尻尾を蹴りで断ち、有毒の吐息を吐き出そうとした土手っ腹に拳を叩き込んだ。


「熱止拳!」


 彼の拳から放たれた、光輝く魔術文字がオオトカゲの全身を包み、灰となって夢のように散り消える。


「なんて都合のいい幻。……って、本物? ニーダルさん!?」

「パパ!」


 ロゼットとイスカは、戦場であることも忘れて、愛する者の元へと駆け寄った。

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