第57話 男の闘い

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 ニーダルは、第一位級契約神器ギャラルホルンに閉ざされた空間で、元はヨゼフィーヌであった肉塊に押しつぶされながら、両の目を閉じた。


(イスカ、ロゼット……)


 なぜだろう。

 愛する娘とその姉が――、

 父親であるルートガーに捨てられた、ヨゼフィーヌ達とダブって見えた。


「アクセス!」


 ニーダルは目を開くと同時に、背の翼から白い焔をもぎとって、光り輝く炎の剣を創造する。

 ――刹那。

 目を見開いているにも関わらず、彼の視界が闇に閉ざされた。

 音が消える。

 四肢の感触が消し飛ぶ。

 先ほどまで感じていたはずの怒りや悲しみさえ、虚無に飲まれた。

 何も感じなくなった闇の中で湧き上がるのは、純粋なる否定の呪詛だ。

 世界そのものを拒絶する破壊の衝動が、調子の外れたドラムでも叩くかのように、繰り返し繰り返し、がなりたてる。


『娘を道具に使って何が悪いのか?

 命も愛も情も何もかも、すべて平等に価値がない。

 兵器に感情など不要であり、重要なのは信頼性にほかならぬ。

 殲滅せよ。

 ただひとつの使命、世界樹と端末を破壊する為に、すべてを焼き尽くせ!』


 ニーダルは、自身の心を塗りつぶそうとする津波のような怨念を、己が矜持と激情をもって受け止める。


「ははっ、それじゃあツマラナイだろう。ジメジメ呪いっ」


 かつては、恐れたこともある。我をうしなってゆくこと、壊れてゆく自分に恐怖した。


「落ち着けよ。ただ暴れまわるだけで満足かい?」


 システム・レーヴァテイン。

 第一位級契約神器ギャラルホルンと同じ地に封じられた禁呪。

 

「お前には意味がある。ただ否定するための呪詛ではなく、込められたオモイがあるはずだ」


 始まりはきっと、祈りだったはずだ。


「俺の感情も、魂もお前にくれてやる。だから、ともに来いっ!」


 ニーダルが力を込めると、炎の剣は穏やかな光となって、ヨゼフィーヌであった肉塊を包み込んだ。

 彼女達を狂わせる融合体の暴走を破壊し、治癒力を刺激して引きだして蘇生を試みる。

 しかし――。


「子が子なら親も親か。一番アインスも苦労することだろう」


 意識が戻ったらしいヨゼフィーヌが、開口一番に伝えてきたのは罵声だった。


「落第だ。救う相手は選べよ、色男」


 ニーダルは、ヨゼフィーヌの肉塊が変異した、肉腫にくしゅに頬を打たれて叱責された。


一番アインスと、あの子達を頼む。我らが怨敵よ」


 その言葉を最期に、ヨゼフィーヌであった肉塊は爆発した。

 ニーダルもテロリストも、四奸六賊の私兵も、何もかも巻き込んで、閉ざされた七色の空間は地獄絵図となって消滅した。


「終わったか」


 ルートガー・ギーゼギングは、角笛を悲しげに吹き鳴らすと、疲れたようにため息を吐いた。


「目撃者と証拠は隠滅したし、後始末の準備も完了だ。とんだ大赤字だね。今後の作戦は根本的な修正が必要になるだろう。けれど、ニーダル・ゲレーゲンハイトを処分できたのは幸いだった。あれは、危険すぎるようだ……」


 ルートガーは、無人の荒野に独白する。


「誰を処分できたって?」


 されど、その独白に応える者がいた。


「な、なぜっ? なぜお前が生きている!」


 ルートガーの顔が、様々な感情で醜く歪んだ。

 ヨゼフィーヌ三体の爆発に巻き込まれたはずのニーダルは、まとわりついた彼女達の残骸、肉腫に守られるようにして生きていた。


「ニーダル・ゲレーゲンハイト。お前が生きていてはいけない。それでは私たち家族の愛が報われないっ」

「お前が愛しているのは、自分だけだろうが、この大馬鹿野郎!」


 ルートガー・ギーゼギングは狂ったように角笛、第一位級契約神器ギャラルホルンを吹き鳴らしたが……。

 ニーダルは光輝く炎の剣で、螺旋状に破壊されゆく空間を斬って捨てる。


「こうべを垂れろ、ニーダル・ゲレーゲンハイト。お前は癌だっ、我が一族の栄光を汚し、世界の平和と調和を乱そうとしているっ」

「くたばれ、ルートガー・ギーゼギング。お前は死ぬべき男だ!」


 両者の交錯は一瞬だった。

 ニーダルの振るう炎の剣と、ルートガーが殴りつけた角笛が衝突し、対消滅するかのように光の粒子となって消えた。


「ひとつ、仇を討ったぞ!」

「……まだだっ。私はまだっ、こんなところでは終わらないっ。すべては理想社会を築くために」


 ルートガーは、爆発の衝撃か足元まで転がってきた、誰のものとも知れない短剣を掴もうとした。

 けれど、殺害された故人の武器は、熱されたからか、あるいは持ち主の仇討ちをしようとでもいうのか、仇たるルートガーの手からこぼれた。

 ニーダルは身体ごとぶつけるように左足を踏み込んで、右拳でルートガーの顎をかちあげた。


「熱止拳!」

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