第54話 殺戮人形、最後の戦い

54


 ロゼットはヨゼフィーヌに雷をまとった槌を投げつけるも、人間と契約神器の〝融合体〟である師には通じず、半人半獣の身体にわずかな衝撃を与えただけだった。

 けれど、ヨゼフィーヌの注意を引くには充分で、彼女がイスカにトドメを刺そうとした一撃は空を切った。

 末の妹は、力尽きたかのように空中から落下して、ロゼット達姉弟達に受け止められた。


「良かった。ありがとう、ワタシ達を守ってくれて」

「おねえ、ちゃん。ぶじで、よかった」


 ロゼット達が傷ついた妹を介抱するのを、ヨゼフィーヌは冷ややかな目でいちべつした。


「まあいい、勝負はついた。一番アインス、武装を放棄して降伏しろ」


 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングは情けをかけたつもりだったのだろう。

 しかし傲慢な恫喝を、ロゼットは二〇番ツヴァンツイヒを抱いたまま、毅然とした瞳で受け止めた。


「あら教官、降伏なんてあり得ませんわ」

「正気か、貴様ら?」


 ロゼットの不敵な態度を、ヨゼフィーヌはいぶかるように睨みつけた。

 姉弟はほんの少し前に、鎧袖一触とばかりに叩きのめされたばかりである。

 唯一の有効戦力である二〇番ツヴァンツイヒすら届かなかった以上、もはや勝機はなく、逃亡のチャンスすら失われた。

 けれど長姉たるロゼットは、薄い胸を張って堂々と宣言する。

 

「ええ、ずいぶんと二〇番ツヴァンツイヒを痛めつけてくれたようですが、彼女はワタシたち姉弟の中では、末っ子。ここからは、一九人の姉兄が彼女に味方します」

「フッ、ニーダルやヤーコブから習ったハッタリか。ここまで愚かだと、絶対的な力の差すら理解できないか?」


 ヨゼフィーヌが鉄扇に風をまとい、ロゼットもまた槌を拾って構える。

 一触即発の空気が、アースラの荒野をひりひりと震わせた。

 どれだけ時間がたったか。二〇番ツヴァンツイヒが治療を終えて、身を起こした頃。

 ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングは、薄く笑った。

 

「わかった。もう、〝いらん〟。私は、お前たちのような失敗作を皆殺しにして、二〇番ツヴァンツイヒを回収することにする」

「やってみなさい、ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギング。ワタシ達は、貴女を返り討ちにします」


 双方の合意が、血戦開始の合図となる。

 勝っても負けても、きっとこれが最後の戦い。全員の気配が、意識が、殺戮のための人形、否、戦士へと変わる―――。

 ヨゼフィーヌが半身たるキメラを駆って飛翔し、ロゼットが槌をかかげて叫ぶ。

 

「コードF! 七番ズィーベンっ、一一番エルフ、初手は任せますわ」


 ロゼットの指揮に従って、弟妹全員がいっせいに魔術文字を綴った。

 ある者は飛翔の、ある者は肉体強化の、また、ある者は加速や防護の魔術を紡ぐ。

 七番ズィーベン一一番エルフは魔法陣を描くや、トネリコの樹が召喚されて、天を衝くように成長して伸びてゆく。


(先程までの交戦でわかりましたわ。教官は逃げない。身の程をしれと、正面から打ち破ってくる。それが、ワタシ達に残された唯一の勝機!)


 ロゼットと五番フェンフト一二番セバルツが、まるで瞬間移動するかのようにコマ送りで消えながら駆け上がると、案の定、ヨゼフィーヌは木の上で待ち構えていた。


「ヨゼフィーヌ教官!」


 先陣を切るロゼットが槌を振り下ろしたのは、キメラの翼だ。

 空中という絶対的な優位から、互角の条件に持ち込む為に必須の攻撃だった。

 しかし、ヨゼフィーヌは予期していたかのように鉄扇で阻む。


「思い切りは良く、速度と重さもなかなかだ。されど、肝心の身体がついてこなくてはなっ」

「くうっ」


 魔法で怪我を応急処置したばかりのロゼットと、人外の力を発揮しているヨゼフィーヌでは、立っている土俵が違う。

 ロゼットは打ち合いの後、ヨゼフィーヌが獅子の口腔から放った風の砲弾をまともに浴びて吹き飛ばされた。


「まだわからんか、足手まといども。これは、私と、二〇番ツヴァンツイヒの決闘だ。手負いの獣は獣らしく、伏して啼いていろ!」


 ヨゼフィーヌがロゼットへ風の刃を放とうとした瞬間、コマ送りのように走る金属の輪が魔法の発動を阻んだ。


「アンタこそに何がわかるんだ。ヒトをケモノだの、ドウグだのっ。アンタ達〝四奸六賊〟は、そんなにエライのか!」


 五番フェンフトは、トネリコの木に叩きつけられたロゼットを援護するように、次々と戦輪チャクラムを投げた。

 しかし、二の矢は通じないとばかりに、鉄扇の風刃によって斬り散らされる。


「当然だ。我々こそ、太古からの英知と遺産を受け継ぐべき選ばれし人。お前たちなど、我等のための家畜に過ぎん――!」


 ヨゼフィーヌの下半身、キメラが鷲めいた爪を縦横無尽に奮って、加速した五番フェンフトを空間ごと裂くように、血で赤く染めた。


「そうやって、自分達だけがエライ、自分達だけがトウトイって信じなきゃ、生きてけない。教官、そういうの、カワイソウっすね」

一二番セバルツ!? 貴様ッ!!」


 一二番セバルツは、鷲の爪が五番フェンフトを切り裂いたまさにその瞬間、付け根である茶の獣皮と青い鱗に包まれた手に、長い筒を撃ち込んだ。

 杭槍パイルバンカーがキメラの手もろともに腕部を撃ちぬいて、後方に爆煙が伸びる。

 

「へっ、やったか!」

「甘く見るなっ」


 教官が叱咤する。

 そうだ。腕がひとつもげた程度で、キメラの戦闘力が低下するはずもない。

 尾が変化した無数の蛇が飛び出して一二番セバルツをかじり、鮮血が舞う。


「支配者が君臨し、人民が被支配を受け入れる。それこそが天の定めだ。必要なのは、少数のエリートと導かれるべき従順な大衆のみだ!」

「腐敗者らしい物言いだなっ」


 戦闘不能となった五番フェンフト一二番セバルツを逃すため、駆けつけた二番ツヴァイが木の幹から跳躍し、尾を長剣で断ち切った。

 二番ツヴァイの瞳は、太陽の下でもわかるほどに、青々と輝く光で満たされいる。


「教官、その首、もらいうける」

「ふん、青く輝く瞳か。どうやら巫覡ふげきの力に覚醒したようだな。しかし、非力!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る