第42話 成功と失敗と

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 ロゼットは、ギーゼギング教官の裏切りに感づいたことから、万が一の際に脱出できるよう弟妹たちと作戦を練っていた。

 そのうちのひとつが符号コードR。敵の仕掛けを利用するというものだ。

 七番ズイーベンが、五番フェンフトのアドバイスを受けて確認したところ……。

 どうやら黒尽くめの兵士達は、サウド湾の外縁一帯に、巨大な地雷魔法陣を準備しているようだ。


「敵の作戦は、僕達〝殺戮人形〟を誘導して一網打尽にすることだろうな」


 七番ズイーベンは、茫洋とした前髪の奥で、怒りで顔を赤く染めた。

 

「だからきっと、あいつらは自分たちが討たれても構わなかったんだ」

「アタシ達に言えた義理でもないけど、気持ち悪いね」


 五番フェンフトの嘆きに、七番ズイーベンも首を縦に振った。

 兄妹達、そして同年代の敵兵士達の戦いに、泥をぶつけられた気分だった。


「どんな作戦にもリスクはある。騙し騙され、利用し利用されるのが戦場だろう。でも」


 七番ズイーベンは、知らず拳を強く握りしめていた。


惰性だせいで味方に犠牲を強いる。仲間を背後から撃つようなバカにはついていけない。そんなだから、〝四奸六賊しかんろくぞく〟は痛い目にあったんだろうに」

「お師様曰く、失敗して自らの不徳を省みるのではなく、洗脳した駒を増やして成功を目論むから、連中は進歩がないんだってさ」


 七番ズイーベンは、五番フェンフトの解説に得心した。


「紫の賢者は、理知的だな」

「ううん、怪物だよ。正直言って、アタシは誰よりもあの人が恐ろしい」

「……今は、符号コードRに集中しようか」


 七番ズイーベンは、五番フェンフトの声音が震えているのを感じて、意識を切り替えた。

 六番ゼクス一一エルフに協力してもらい、他の班と連絡を取り合いながら、魔法陣を書き換えてゆく。

 他の敵ならば、そう上手くは行かないだろう。

 だが、黒尽くめの兵士達は〝殺戮人形〟の同門であり、悪い意味で教本通りの動きに徹していた。

 だからこそ、思い通りに干渉ハッキングすることも容易かったのだ。


「準備完了。時間合わせヨシ。備えろ!」


 やがて地雷魔法陣の起爆役を担ったらしい、一人の黒尽くめの少女が小さな魔法陣へと進み出る。

 彼女は自らの指を傷つけて、鍵となる魔術文字が刻まれたナイフに垂らした。

 〝殺戮人形〟の兄妹達は、すでに半数が爆破予定範囲に入っており、絶好の機会と見たのだろう。


「任務……」


 少女が、小魔法陣の中心にナイフを突き刺した。

 赤く禍々しい光が円陣と方陣を描きながら、巨大魔法陣へ伝播する。


「……完了」

「よし、コードR。成功だ」


 七番ズイーベンは、魔法の迷彩を解いて、わかめのように伸びたボサボサの髪を風に吹かせながら、岩陰から少女の前へと進み出た。


「……伏兵か。しかし、無駄だ。もはや魔法陣は止められない。お前の仲間たちは物言わぬ石像に変わるのだ!」


 少女はポーカーフェイスながら、どこか誇らしげに、恐ろしい台詞を言い放った。

 けれど得意顔は、すぐに狼狽の色に染まる。


「魔法陣が完成しない? 大きくなって、なんだこれは?」


 赤い光は青い光に変化して、複数の六芒星を刻みながら走り続け、更に長大な円を描いてゆく。

 それは、殺戮人形の兄妹だけでなく、追撃する黒尽くめの兵士達の大半を囲んでいた。


「まさか、まさか。お前たちは」

「ああ、使わせてもらったよ」


 魔法陣内の大地から、予定されていた石化ガスではなく、植物性のツタが伸びた。

 黒尽くめの少女達が作った魔法陣のエネルギーを取り込み、上書きする形で、新たな拘束の魔法陣が発動したのだ。

 魔法陣は、いまだ健在だったギーゼギング教官の部下達を厳重に縛りあげ、次々と無力化した。


「おのれ、おのれ、我らの作戦をよくもっ」


 黒尽くめの少女は、能面をかなぐり捨てて七番ズイーベンにナイフで挑みかかった。


「失敗作が、このような真似をっ!」

「教官が〝失敗したから〟、出来るのさ」


 七番ズイーベンの鋼糸が渦を巻く。

 二つの影が交差した後、立っていたのは少年の方だった。

 




 


 

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