第二章 霧街の絶対悪

アフターストーリー1 お金がない

 大賞用に第二章をすこし書き足すことにしました

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 薄暗い部屋の中。

 

 ひとり掛けのソファに深く座りこむ男がいる。


 年齢は40代も後半、髪はなく綺麗なスキンヘッドの頭には、深い傷だけがある。


 その男は宙空をみつめて、ぼーっと考えこんでいた。


 ふとして、男は立ちあがり、棚のうえのグラスを手にとると、おもむろに琥珀色のコニャックを注ぎはじめた。


 グラスの中で揺れる、鈍い輝きを放つその深い色合いを楽しんでいるようだ。


「ボス」


 男がコニャックを口にふくみ、舌の上で転がして楽しんでいると、ふと、足元の影から声がかかった。


 黒い墨のような影から、ヌゥッと背の高く、髪の伸びた幽鬼のごとき男が現れる。


「『百面ひゃくめん』が死んだ、か」


 低く重たい声で、男はつぶやいた。


 そして、グラスのなかのコニャックを、あおり飲み、ゆっくりと机のうえに置いた。


「はい、つい先ほど」

「そうか」


 男は頭の傷を指でなぞり、再びひとり掛けのソファに深く座りこむ。


「奴には俺と同じカリスマがあったのにな。もっとも、いつかは裏切り、俺すら出し抜こうとする野心が見えていたが……まだ、死ぬべきじゃなかった」

「はい」

「あの男を殺ったのは、例のやつか?」

「そのようです。『白衣の死神』と呼ばれる犯罪者狩りの悪魔。どうやら、とてつもない手練れのようです」

「死神、ねぇ……『百面ひゃくめん』は奴について、何も俺には教えなかった」


 男は指で頭の傷をなぞりながら、鼻を動かして「何か、臭うな」とつぶやいた。


「はは、やれやれ、正義のヒーローか。本気でそんなことをやってる奴がいるとしたら、困り物だよな? なに、どうせ、そのアホウは″ココ″へ来るのだろうさ。面倒だが相手をしてやろう、この『犯罪王はんざいおう』がな」


 男は立ちあがり、部屋を出ていく。


 室内なのに霧の立ちこめる廊下を歩きながら、男は背後をついてくる幽鬼へ、指令を出した。


「ドゥア『白衣の死神』の情報をあつめろ」

「はい、わかりました、ボス」



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーーアレックス視点


 アレックス医院の地下。


 俺は数日前に制裁した、汚職政治家と、その秘書の死体をつかって細菌の培養にいそしんでいた。


 先の戦いで、どぎつい変態スキル強者のせいで、俺の細菌の多くは死滅してしまった。


 今は手元に残った細菌たちを、上手いこと増やしていかないといけない時期だ。


 だが、細菌は何もかもが、人の死体で培養できるかと言うと、そういうわけではない。


 特殊なキノコや、魔物の体内でしか、増えない物も多数存在している。


 俺のゴミクズ殲滅用のメインウェポン『人喰いバクテリア・β』は、そうした複数の特殊細菌の合成によって奇跡の致死性を獲得してる。


 そのバクテリアが今は作れない。

 手元に増やすための元手もとでも、作成のための細菌たちもいないのだ。


「現状、大規模な殲滅戦は行えないな」


 俺はため息をついて、地下室を出る。


 細菌たちは二度と手に入らない、というわけではない。


 金があれば再び手に入れることは可能だ。


 そう……金があれば、な。


「アレックスさん、今日も患者さん来ませんねぇ……」

「そうだな。ルミリア」


 俺はいっこうにノックされない扉を眺めて、また深いため息をついた。


 アルドレア医院には以前より、人が出入りするようにはなっている。


 だが、それらは多くがリピーターだ。


 それも病気ではなく、ただ俺に会いに来たとか、果物をおすそわけに来たとか、木の枝ですり傷が出来たから癒してほしいとか。


 中には、俺に頭を撫で撫でしてほしいからやってきたとか言う、意味不明の極みのような者もいる。


 不思議なことに、やってくる患者が10割女性というのも興味深い偏りだ。


 気の利く少女が多いおかげで、毎回お土産をもってきてくれるので、あいにくとアルドレア医院には、食べていくのは困らないだけの食料だけはある。

 

 この点は助かる。

 だが、やはり金がない。

 

 金がないと、正義の活動を次の段階に移さない。


 すなわち『崖の都市』の『犯罪王』を殺す目的を達成できない。


 『崖の都市』ジークタリアスにいくためには、まず5日間は馬車に揺られないといけない。


 そのための路銀すら無いのだ。


 装備も整えて、家賃も払って、勝手に俺の専属殺し屋を申し出てきて、高額な報酬を要求してくる『銀剣』の給金も確保しないといけないのに、アルドレア医院にはとにかく金がない。


「クソ、このままじゃ、遅々として何も進まない」

「アレックスさん? なんだか、ご機嫌斜めですね」

「むう……仕方ないか。ルミリア、ギルドへ行くぞ。病院は臨時休業だ」

「っ、アレックスさん! クエストに出かけるんですね! すぐ支度してきます!」


 ルミリアはぴょんぴょん愛らしく跳ねて、二階へとあがっていった。


 こんなところで、じっとしているよりかは、よほど冒険者稼業に身を投じたほうが金は稼げる。


 そうでなくとも、やはり露店病院を継続するべきだ。

 俺のプライドとして、せっかく病院設備を整えたのだから、アルドレア医院に来てほしい気持ちが強かったせいで、この1週間露店病院は閉店していた。


 もうプライドとか、語っている場合ではない。


 それに、以前のパーティを抜けて1週間。


 そろそろ募集におうじてくれる、新しい仲間が見つかってもいい頃合いだろう。


「支度してきましたあー! アレックスさん! それじゃ魔物を倒しにいきましょ!」


 俺はルミリアを連れて、冒険者ギルドへむかった。

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