第2話 ネズミは巣に帰る


 冒険者ギルドをあとにした俺は、その足で路地へとはいった。


 ファントムシティはお世辞にも平和な街とは言えない。


 路地裏をすこし歩くだけで、″救える人間″と″消せる人間″がいるかもしれない。


「ひゃーははっ! たまらねぇ女だな!」

「嫌っ、やめてくださいっ!」


 下衆な笑い声が複数聞こえてきた。

 角を曲がってみると、そこでは粗暴な数人の男が、黒髪の少女の服を無理やり脱がそうとしているのが見えた。


「でげぇ、乳してんじゃねえかよ! うへへ!」

「ほら、暴れんな、もっと触らせろよ!」

「ぅぅ、嫌だ、嫌だよ……誰か、誰か助けて……っ!」


 これはナンパどころじゃない。

 最悪に胸糞悪い強姦ごうかんの現場だ。


「おい、お前ら、彼女を離せ」


「あ? なんだ、てめぇはよ」

「すっこんでろよ、ヒョロガリ野郎! 怪我してぇのか? あッ?」


 比較的大きな声で、なかば服を脱がされてしまった少女から、暴漢たちの注意をひく。


 全部で3人。


 ひとりが黒髪の少女を壁に押しつけて拘束し、2人が腰の剣をぬいてニタニタ笑って近寄ってくる。


「なんだ、このガキが欲しいのかよ? なんなら、待ってろよ、たっぷり楽しんだあとに、腹開いて捨ててやるからよっ! うへへ!」

「なんだ、てめぇ、こんな服装しやがって、まるで冒険者じゃ…………ぉ? ま、待てよ、あんた、その首のメダル……ッ?!」


 男のひとりが俺の首から下がった冒険者等級をあらわすメダルに気がついたらしい。


「緑色のメダルってことは、まさかポルタ級冒険者ッ!? 嘘だろ、おい、じゃ『英雄サークル』の……!」

「やべぇ、やべえ! すまねぇ! 許してくれ、まさかあんたがポルタ級だなんて、知らなかったんだ! 女は離す、それでいいよな……ッ!」


 男の2人は震えから、剣をとり落としあとずさると、背後で少女を抑えていた男とともに、路地裏の奥へと逃げていった。


「あ、あの、あなたは……」

「いいから。少し触るよ」


 俺は怯える少女に近寄り、一言ひとこと断ってから彼女の手首の青いアザへ、指を触れた。


 すると、アザはみるみるうちに色味を薄くさせて、ついには無くなった。


「凄いスキル……っ、ありがとうございます! ポルタ級冒険者様!」

「礼にはおよばない。ここ最近のファントムシティは危険度が増している。夜、ひとりで出歩かないように。それじゃ」


 俺は立ちあがり、その場を去ろうとする。


「何か、お礼をさせてください! そうでなくても、名前だけでも! お願いします!」

「……アレックスだ。アレックス・アルドレア。何かお礼がしたいなら、『アルドレア医院』に来てくれると嬉しい」


 少女の美しい心を尊重して、俺は苦手な笑顔をつくって、その場を去った。



         ⌛︎⌛︎⌛︎


 

 路地裏の開けた空間で、焚き火を囲む粗野な男の一団がいる。


 10人ほどのまとまりで、近くにはぐったりして、動かない傷だらけの少女が縛られている。


「やべぇ、やべえよ! ポルタ級冒険者に喧嘩売るのはまずかったろ……!」

「でも、よくよく考えたら、あいつは『百戦錬磨』のドッジじゃなかったろ? となると、回復系で″使えない″ってうわさの方なんじゃねぇのか?」


 酒と違法薬物でべろべろになりながら、彼らのうちの3人は先ほど出会った、ひどく冷たい眼差しの青年について話していた。


「うっへへ、ビビりすぎだろ! 冒険者っつても、所詮は人数揃えないと戦えねぇだろが! しかも、回復係なんて、後衛で前衛の剣士たちを見守ってるだけって聞くぜ? 余裕だろ!」


「でも、レベル差が怖ぇよなぁ〜!」


 この世界において、レベル差は絶対だ。


 ーー15レベル離れれば、生物が違う


 これはこの世のことわりである。

 タイマンで戦えば、武装していない限り低レベルの者が、高レベルの者に勝てる道理はない。


「言うて、″タイマン″ならの話だろぉ?」

「人数でボコせば」

「楽勝〜! うひぃい! ……あ?」


 楽しげに笑う男たちは、ふと、近づいてくる足音に気がついた。


「ネズミは巣に帰る。ゴミの大量収穫だ」


 とても整のった顔立ちの青年だった。


 銀色の短髪に、薄水色の瞳をし、所々冒険者用の装備を思わせるアレンジがされた厚めの白いころもをまとっている。


 ただ、


 青年はメスを一本取りだして、握りこみ、下手くそな、ただ怖いだけの引きつった笑顔で笑いかける。


「顔怖っ!?」

「こ、こいつ! さっきのポルタ級冒険者だ!」

「おお〜いいねぇ〜! 正義のヒーロー気取りが追ってきやがったのか!」


 粗野な男たちは、おのおのが刃物を手にとり、立ちあがる。


 白衣の男は「正義のヒーロー気取り?」と怪訝な顔で聞きかえすと、銀色の髪をかきあげ、不快な顔を男たちへ向けた。


「″気取り″じゃない、俺は正義のヒーローだ」


 静まりかえる路地裏。


「ふつははははは!」

「あははは、いへへへへ、腹痛ぇえ!」

「なんだ、こいつもうそんな歳じゃねぇのに、バカみてぇだな、あっははははは!」


 笑い声がこだまする。

 

「あっはははは、はは、は、は、ぁぁ…………っ!」


 ふと、大声をだして馬鹿笑いしていた男のひとりが、急に膝をついた。


「どうした? お前」

「ぁぅ、あ、あ、っ、ぅ、ぅ……ッ!」


 短く呼吸を繰りかえし、ついには痙攣しだして、口から泡を吐いて意識を失ってしまう。


 その男は、青年から最も近い位置にいた。


「こいつのスキルかッ?! 何しやがったッ!?」


 青年は問いかけに答えず、あたりを見渡す。


「違法薬物。強姦。拉致監禁。それに、そこのお前、服の下には返り血がついてるのに、上着だけはやたら綺麗だ。窃盗せっとう……いや、拳にアザが出来てるな。殴った証拠だ。強盗ごうとうも追加だな」


 粗野な男は自分を完全に無視した青年に、怒りをおさえず「ぶっ殺しちまえぇええ!」と叫びながら剣をふりあげた。


 青年は振り下ろされる剣を避けると、軽くメスを持つ手をふって……スタスタと歩いて男の横をぬけていく。


「あ?」


 訳の分からない顔をする男。

 しかし、


「てめぇ、ふざけてんじゃ……ぎゃああああああああ!?」


 すぐに首筋から真っ赤な血を吹きだして、地面に屍をさらした。


 突然死した仲間に、動揺を隠せない男たち。


 青年は″血すらついてないメス″を手に、散歩でもするように呑気に歩く。


「では、施術せじゅつを始めようか、ゴミクズども」



         ⌛︎⌛︎⌛︎



「やめ、やめてくれぇえぇえ!」


 血溜まりのなか、最後に残った男の首を締めあげる。


 ただ、殺すのは惜しい。

 出来れば俺が現在追っているファントムシティの凶悪犯罪者『百面』の手がかりくらい残してもらいたい。


 俺はメスを男の無駄にたくわえたあごの贅肉に、近づけて質問した。


「ひゃ、百面? 知らない、なんだよそれ、知らないぞ……!」

「そうか。なら、もうひとつ。あそこの少女をどこからさらってきた?」


 男は涙目で、彼女をさらった場所を俺に教えた。


「これで、これで、命だけは助けて、くれる、のか……!?」

「もちろん……助けるわけないだろ、ゴミめ」


 メスをあごの肉に、じっくり、ゆっくり入れていく。


「ぁが、ああァァァァァアッ!? だのむ゛! お゛ねがぃ、じま゛じゅッ!」

「頼む? あの少女もそう言って、助けを願ったんじゃないのか? それなのに、お前たちはどうした? 醜い欲のために、あの子は一生消えない傷を負ったんだぞ。これは責任とって死ぬしかないだろう」

「ひ゛ぃい゛ぁぃあああああぉぁあ!」


 メスを素早く小さく動かして、あごから頸動脈けいどうみゃくまでかっさばく。


 吹き出す血を、横へステップして避ければ、血塗れにならずに男だけを惨たらしく始末できた。


「今日はこんなところか……」


 俺は汚れたメスに付着した細菌たちを操作して、ふたたび新品同様まで除菌じょきん、ついでに全身についたわずかな血の粒子も除菌しておく。


 2人の救い、10人を殺した。


 人を″救っていただけ″の頃では、考えられない成果だ。


「これでまた、世界が少し綺麗になった」

 

 充実感を胸に、俺はぐったりした少女の傷をひとつずつ丁寧に癒して、白衣を着せてかかえると、しめっぽい路地裏をあとにした。


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