第3話 移籍する少女


 その晩、冒険者ギルドは荒れていた。

 

「クソッ、アレックスのやつめ、ズルい手を使いやがって! あいつが正々堂々戦えば、この俺が負けるわけないんだ!」

「リーダー、大丈夫ですか?」


 怒号を撒き散らすドッジのそばで、心配そうに声をかけるのは、水色のウェーブが掛かった髪をした美しい少女ルミリアだ。


 ルミリアは今ほど、リーダーであるドッジの治癒を自身のスキル〔いやしの左手ひだりて〕を使い終えたところだ。


「ああ、ルミリア悪かったな! 本当はあんなやつに遅れを取ることはないんだが……格好悪いところ見せちまった、へへ」


 ドッジはルミリアの肩に手をまわす。

 目を細め、黄色い歯を見せて嫌らしく笑った。


「あの、リーダー、あの医術師様はどうしてパーティを出ていったんですか?」


 さりげなくドッジの手をどかしながら、ルミリアは不快感を隠してたずねる。


「あいつはな、ろくに回復スキルも持ってないくせに、治癒霊薬を適切に処方できるとかいって、回復係を名乗ってたんだ。詐欺師さぎしだよ、詐欺師。聞いたことない【医術師】ってクラスだから入れてやったのに、ただ後ろで眺めて、戦いが終わったら霊薬をかけるだけで、俺と同等だと思ってやがったんだ! チッ、胸糞悪いぜ!」


 ルミリアは先のふたりの決闘を思いだす。


 アレックスの口走っていた『グレイブニール・オキノトニス』の事を【賢者】ルミリアは知っていた。


 かつて彼女の所属していた『暗黒魔術教団』では、魔力菌をもちいた人間超越の研究が行われていたのだ。


 今は教団から逃げる身の彼女としては、そのことに気づいても、あの場で言及するわけにはいかなかったのだ。


(あの医術師様は、″一気に不活性化させた″だなんて言ってたよね。もしかしたら、細菌・ウィルスを操れるスキル……なのかな? だとしたら、あの教団が何百年も追い求めてチカラだけど、リーダー達はそれを知らないのかな……?)


 ルミリアはますます、アレックスの事をドッジが追い出したメリットが分からなくなっていた。


「それにリーダー、医術師様は、あの『知の巨塔』である医術学院を出ているんですよね? だとしたら、仲良くしたほうがよかったんじゃーー」


「おい、ルミリア」


 ドッジの低い声が場を制する。


 バネッサもキャサリンも席を外しているこの状況下で、ルミリアはリーダーの不機嫌が再発したと感じとり、縮みあがった。


「アレックスに″様″なんてつけるな」

「っ、は、はい、すみません!」


 イライラを隠さず、ドッジは席を立つ。

 遅れて後を追うルミリア。


「……あ? なんだこりゃ」


 ふと、フロアの掲示板に貼られた紙を見てドッジが立ち止まった。


 ルミリアも見てみると、それが先ほどの【医術師】アレックスが、新しいパーティの募集をしているとの内容である事を知った。


「へへへ、アレックスの奴、格好つけて出ていったわりには未練たらたらで、募集かけてやがる! いい気味だぜ! ああ、そうだこうなったら俺もお手伝いしてやれなぁとな!」


「り、リーダー、何するつもりなんですか?」


「いいか、ルミリア、あいつが詐欺師だってことをみんなに教えてやるんだよ。稀少クラスだがなんだか知らねぇけど、あれはパーティに寄生して、分け前だけ要求するウジ虫野郎だ。みんなのため頑張ろうぜ!」


 アレックスのパーティ募集用紙が破り取られる。


 ルミリアは肩をくんでこようとするドッジの手を避けて、「それは良くないじゃないですか?」と眉をひそめた。


 すると、ドッジはルミリアがさっきから、自分のことをさけている事に気がとまったのか、彼女の手を力強くつかんだ。


「おい、ルミリア、ちょっとこっち来いよ」

「え? あ、ちょっと、リーダー! バネッサさんと、キャサリンさんを待たなくていいんですか?!」

「いいから、はやく来い」



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 腕をひかれるがままに、ルミリアはドッジについていくと、彼の泊まっている宿屋に到着してしまった。


「へへ、ルミリア、お前にこれからこのパーティのリーダーが誰なのか教えてやるよ」

「っ、ま、待ってください!」


 ルミリアは何か悪いことが起きる気がして、全力でストップをかける。


(まずい! この人、絶対えっちなことしようとしてる!


「無理、嫌です! 気持ち悪いです! 本当に、本当にやめてくださいっ!」


「てめぇ、パーティのリーダーは俺だって言ってんのがわからねぇのか! 追い出すぞ!」


「ひっ……そ、それは……」


 ルミリアは弱みを握られて、ひどく困り果ててしまった。


(【賢者】ほどクラスが高いと、他のパーティの誰もが扱いにくい新人として厄介払いするなかで、やっとの思いで、入れてくれるパーティを見つけたのに……)


 ここを失えば、彼女はまた生活基盤をつくるまで、なんの収入も得られなくなってしまう。


 それでは、生きることすら難しい。


「大人しくなったじゃねぇか。バネッサもキャサリンも、俺のを知ったらよがってたからな。お前もすぐに満足させてやるよ!」

「……っ、やっぱり、生理的に無理!」

「痛ッ!?」


 ドッジの腹に正拳突きをかまし、離れるルミリア。


(こんなセクハラ男に無理矢理犯されるなんて、死んだほうがましだよ!)


「ルミリア、てめぇ……ぁ!」


 ルミリアの手を再びつかもうとしたドッジの視線が、なにかを見つけて固まる。


 ルミリアが背後を振りかえると、ちょうど2人の女性ーーバネッサとキャサリンが氷のように冷たい顔をして立っていた。


「ねえ、ちょっとドッジ、今のどういこと?」

「ドッジ様、なんでバネッサの事もとか何とか言ってたんです?」


 修羅場である。


「い、いや、違うんだ、待ってくれ、全部誤解だ! 話せばわかる!」


 追い詰められていくドッジは、あれやこれやと言葉を並べるが、もはや2人は止まりそうにない。


 浮気を知ったバネッサは怒りに目に宿し、遊びだとわかったキャサリンは悲しさに剣をぬく。


 2人ともドッジとレベル差の少ない、ポルタ級にふさわしい強靭な剣士である。


 正当な三大流派の使い手をふたつ相手にしては、流石のドッジも生き残れる自信がなかった。


「ドッジ様ッ! 覚悟してくださ…………はひ!?」


 剣を振りかぶったキャサリンの動きが、さきほどのドッジの焼き直しをしてるかのように、再び固まった。


 ルミリアはまたしても視線を動かし、ドッジの背後で壁に背をあずけ腕を組む白衣の男を見つけた。


「あ、医術師様!」

「少女を家に送ったかえりに、またしてもに出会うとはな」


「アレックス!?」

「ひぃい! アレックス、アレックスだわ……!」

「キャサリン?!」


 キャサリンは耳を押さえ、さっきのメスの投擲がトラウマによる心の病を発症してしまう。


「あ、アレックス! さっそくのこのこ帰って来やがったか! だが、もう遅いぜ、てめぇは絶対にもうパーティには戻してやらーー」


「ドッジ、は、お前が決めるんだ。弱みを握り、ルミリアを脅して体を奪おうとしたこと認めろ。そして、これからは女性にみだりに手を出さない事をここで誓え。さもなくは正義を執行する」


 アレックスは感情のない、死んだ魚のような目でドッジを見つめながら、3歩だけ近づいた。


 ドッジは歯を食いしばり、腰の剣に手をかける。


 すると、ルミリアがスタスタ歩いて、アレックスのそばに寄った。


「医術師様! 仲間を募集してるんですよね? さっきわたしに声をかけてくださって、ありがとうございます。お返事が遅れましたね! 今日から一緒に頑張りましょう!」

「……ああ……ん?」

 

 アレックスはポケットからメスを取り出そうとしたまま、いまいち飲み込めない状況を何とか理解しようと試みる。


 だが、ルミリアはニコニコ嬉しそうにしながら、アレックスの手を引いて歩きだしてしまった。


(颯爽と現れて助けてくれるなんて、まるで正義のヒーローみたい! それに、!)


 彼に対する好感度の急上昇と、しばらくの生活保障が成り立つ、という打算的な考えのもと、彼が自分を求めていると知ったルミリアには、もうセクハラパーティに残る理由などなくなっていたのだ。


「ま、待て! その【賢者】は俺のパーティのーー」

「ドッジ、ひとつ訂正をしよう」


 アレックスはルミリアがどうして自分の仲間になってくれたのか、不思議に思いながらドッジへ声をかける。


「お前のパーティの余命は1日だったみたいだ。それと、後ろに気をつけたほうがいいな」


「いいから、いいから、あんなの放っておいて行きましょうよ、医術師様!」


 アレックスはそれだけ言い残し、ルミリアに手を引かれて宿の前から立ち去ってしまった。


 宿前では「話は終わってない!」といっていきなり背中を斬られるセクハラ男の叫び声が響くばかりだ。


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