第4話 アレックスさんの過去


 宿の前でルミリアを助けた俺は、そのまま自宅である『アルドレア医院』へと帰った。


「あ、この大きい建物が医術師様の家ですね!」


 どういうわけか、ルミリアもついて来た。


「わたし、訳あってまったくお金がないんです! 本当に申し訳ないと思ってるんですけど、医術師様の家に泊めてはくれませんか?」

「っ、俺の家にか? それは……まぁ、仕方ないか」


 正義のヒーローは困っている人間を見放さない。


 ならば、多少のを負ってでも、彼女のために安らげる空間を全力で提供する事は、俺の使命だろう。

 

「それじゃ、おっじゃましまーす!」

「待つんだ、ルミリア。

「へ?」


 俺は、俺の家の横にある、誰の家かすらわからない豪邸へ不法侵入しようとするルミリアを止めて、豪邸の隣の家を指さした。


 腐った木々を積木つみきして作ったような、今にも崩れそうなボロ家こそ我が家であり、『アルドレア医院』の正体だ。


「嘘ですよね……? え、お医者さまってお金持ちなんじゃ……」

? 何度も、豪邸方面から『景観が悪いから、取り壊してくれませんか?』とか失礼な依頼が来ては、俺がポルタ級冒険者という事で、見逃してもらってるくらい、『アルドレア医院』には余裕がない。設備だけでも良くしようと、建物に金をまわせてないからな」


 顔に暗く影を落とすルミリアの肩をひいて、俺は長い1日を終えて帰宅した。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ルミリアが知って速攻で、向かっていった風呂場を横切り、『アルドレア医院』の地下室に向かう。


 現在、我が医院には金がない。

 いや、現在というか、万年金欠なのだが。


 それもこれも、医者以外の人間たちの衛生管理やら、病気への意識が低すぎるせいだ。


 病気にかかったら、病院にいく。

 これができない。


 外傷ならば、値ははるが治癒霊薬をつかったり、あるいは神殿へおもむけばたいていは治るが、病気は治らない。


 『病院』とは、″病気″を治す場所のことである。


 この事を市民らが認識しないかぎり、医者をしていても金持ちになることなどありはしない。


「んー! んー!」

「ああ、遅くなったな、ゴミ25号」

 

 俺は医院の地下で、監禁していた犯罪者を手早く処理しにかかる。


 今回使うのは細菌じゃない。


 背後でゴミ25号が必死にもがくなか、薬品の並ぶ棚から、目的のを手にとり、メスの先に、ほんのすこしだけ付着させる。


「お前の監禁殺害した少女とおなじ日数閉じこめた上で殺すつもりだったが、お前を生かしておくリスクが高くなった。ただちに正義を執行する」


 劇毒『アンバークラウド』

 外国から輸入した、瘴気の森に住む、雲型の魔物が狩りの際につかうという致死性の毒。


 人間相手ならわずか″0.01ミリグラム″で死に至らせる。


「じゃあな。あの世で、少女に謝るんだぞ」

「ぁ、ぁ、が……」


 ゴミ25号を斬りつけたメスの刃を〔細菌碩学さいきんせきがく〕で除菌して、念のために消毒液につっこんでおく。


 次は遺体の処理だ。


 死亡したゴミ25号には、ゴミ24号を処理する時に思いついた新しい火葬方法を試すことにした。


 とはいえ、新しいことは何もない。


 燃やしてから運ぶか。

 運んでから燃やすか。


 これまでは目撃されたくなかったので、地下で燃やしていたが、そうすると、どうしても焦げた臭いが残る。


 ルミリアには、なんとなく……というか絶対に、俺の″正義のヒーロー″は理解できないと自覚してるので、気づかれることだけは避けたい。


「さあ、行こうか、ゴミ25号」


 死亡した遺体をで無理やり折りたたんで、手持ちカバンにつめこむ。


 大丈夫、人体の効率的なたたみ方は心得ている。


 カバンに入れれば、ほら、人間を運んでるなんて誰がわかる。


 俺はカバンのなかに、火葬用の油を詰めこみ、地下室をでて、何食わぬ顔で風呂場の前を通りすぎる。


「あ、医術師様ー!」

「っ」


 風呂場から声が聞こえた。


「……なにかな?」

「シャンプーってありまーー」

「ある」


 口早に返答して、彼女のあられもない姿を見ないように、場所を教えてあげる。


 危ないところだった。


 さて、それじゃ、行こうか、ゴミ25号。


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎



 家に帰ると、ちょうどルミリアも風呂から上がったところだった。


「ふぁ〜、お風呂はちゃんと温かくて安心しましたよ〜。すごく気持ちよかったです!」

「それは良かった。シャンプーの場所はわかったか?」


 俺は机に油壺をそっとおいて、ゆっくりと紅茶の準備をしはじめる。


「ありがとうございます、医術師様!」


 俺は紅茶をルミリアへだして、彼女から少し離れたひとり掛けソファに腰を下ろした。


「ルミリア、医術師様なんて呼び方しなくていいぞ。アレックス・アルドレア。それが俺の名前だ。気軽にアレックスと呼んでくれ」

「は、はい、わかりました、アレックス、さん?」

「まあ、それでいいか。無理はしなくていいからな」


 紅茶をひとくち含み、服に焦げの臭いが残ってないか気をつかう。


「あの、アレックスさん」

「……なんだ、ルミリア」

「わたし、【医術師】のクラスに会うの初めてで、というかお医者様に会うのも初めてで……えっと、その、アレックスさんのこと、いろいろ聞いてもいいですか?」


 ルミリアはティーカップに視線を落としながらも、チラチラこちらを見ては、そう言った。


「なにが聞きたい?」

「っ、それじゃ、まずはどうしてお医者様になろうとしたんですか? たくさん勉強したんですか? やっぱり、国家試験とか受けないとならないんですか? どうして貧乏なんですか? というか、冒険者なんかやる必要なくないですか? あと彼女はいますか?」


「ま、まま、待て待て……っ、し、静まるんだ」


 思わずティーカップを落としそうになる。

 なんという勢いなのだろうか。

 答えられるものも、答えられないだろう。

 

「それじゃ、まず最初の質問から答えようか。どうして医者になったか、だな。……俺は、正義のヒーローになりたかったんだ」


「正義の、ヒーローですか?」


「そうだ。……10歳になって『拝領はいりょう』で【クラス】と〔スキル〕を女神様からもらう少し前のことだった。『粉塵病ふんじんびょう』って知ってるか? 発症から72時間で、全身が″チリ″となって、死んでしまう恐ろしい病だ。村でこの病が流行ってしまってね。俺の母親はその時に死んでしまったんだ。それからだ、【医術師】のクラスをもらって、医者をこころざしたのは」


 最初は無邪気な正義からだった。

 人を救いたい。その一心だけ。


 遺体すら残らず、朝起きたらベッドのうえに″母親だったもの″だけが残されいて、途方に暮れるしかないーーそんな地獄から、ひとりでも多くの人間を助けだしたいと願ったんだ。


「たくさん勉強して、勉強して……医術学院を″首席″で卒業して、そのまましばらく研究しようとしたんだけど、学院から追放処分を受けてな。14歳のころ仕方なく街で医者として働き始めて、いろんな病気と戦った…………人を救いたかった。だけど、ある時、が街を焼いたんだ。6万人、死んだ」


「……ぇ?」


「一夜で6万人だぞ? 今から2年前、俺が17歳の時だ。それまでの3年間で俺は疫病に侵された村をまわったりして、3千人以上救ってきたのに、一瞬で20倍の人間が死んだ。俺の助けたちいさな女の子の姉妹も死んだ。毎朝、果実をもってくる婆さんも死んだ。下手くそな絵を見せてくれる男の子もだ。だけど……悪党は生きてた。竜によって秩序の失われた街のなか、女をなぶり、子どもをさらい、男を解体して遊ぶ。それからやっと気がついた、救うだけじゃ、世界は救えないってーー」


「あ、アレックスさん! しっかりしてください!」


「っ」


 ルミリアの声に、ふと没入していた意識が浮上する。


 視線を向ければ、そこには不安そうにする少女の顔があった。


 参ったな。

 怖がらせてしまったか。

 

「大丈夫ですか? なんか、目が恐くなってましたけど……」

「ああ、すこし疲れてるみたいだ。今日はもう寝ることにする」

 

 ティーカップを片手に持ったまま、腰をあげる。


「アレックスさん、明日もまたお話を聞かせてくれますか?」

「…………俺の話はつまらないぞ。明日はルミリアの話をしよう……とはいえ、明日からはすこし忙しくなるから、覚悟しておけよ」

「なにか、するんですか?」

「ああ……ルミリア、君は掃除は得意か?」

「……へ?」

 

 俺はほうけた顔をする彼女の愛らしさに、自然と笑みをこぼし、明日の予定を話しはじめた。


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