第一章 幻影都市の百面相

第1話 追放される医師


「アレックス、お前を仲間に入れたのが間違いだった」


 夜の冒険者ギルド。

 その裏手で俺はリーダーの【英雄】のクラスを持つドッジに別れを切り出された。


 俺たちのパーティ『英雄サークル』には、貢献したつもりだし、彼とも仲良くやれてたと思ったがな。


 せめて理由わけくらいは聞こうか。


「理由? 理由ねぇ……んなもん、決まってんだろ。珍しいクラスの【医術師】だからって、拾ってやったのに、回復系のスキルすらもってねぇ! お前の回復なんて治癒霊薬頼みじゃねえーか! 霊薬による治療なんて誰でもできんだよ!」


患部かんぶに適切な方法で、適切に処方しょほうすることは、多くの冒険者には真似できない知識と技術のはずだ。俺のおかげでいままで、霊薬にかけるコストを大幅に削減できていたことには言及してくれないのか?」


「チッ、カスの分際で偉そうにしてんじゃねぇよ。″医術学院″をでたかなんだか知らねぇけどな、すこし学があるからって生意気なんだよ、俺はリーダーだぞ? 何が医術だ。魔術を使えないだけの能無しじゃねぇか。足手まといなだけなんだよっ! 【医術師】なんかより、【神官】や【白魔術師】のほうがよっぽ役に立つ!」


 ドッジは口早に言い切り「お前ら!」と手を巻いた。

 すると、物陰からニヤニヤ笑う女たちが現れた。


 バネッサとキャサリン。

 ともに『英雄サークル』の仲間だ。


 彼女らの薄ら笑う目を見て、俺は察する。


 どうやら、俺の除名処分は皆の総意らしい。


「ごめんねぇ、アレックスさーん。私はドッジの決定には逆らえないのよん。でも、仕方ないわよね、顔はカッコいいけど、あなたって霊薬かけてあげるくらいしか、出来ないんだし」

「顔だけじゃ、世間は渡れないって教わらなかった? アレックス。まあ、遊んで欲しくなったら、あなたくらいの色男なら相手してあげなくもないから、声かけてね♪」


 猫撫で声でドッジにより、胸を押しつける女たち。


 特級クラス【英雄】の彼は、顔はそこまでカッコよくないが、これでいて女にはモテる。


 ドッジは2人の腰に左右の手をまわし、黄色い歯を見せてニヤけると「新メンバーの到着だ」と遠くを見てつぶやいた。


 彼の視線の先、ギルド内からトタトタと少女が走ってくる。


 水色のウェーブが掛かった長い髪をしていて、青い瞳は夜の闇にも彼女の誠実さを伝えてくれた。


「お、遅れてすみません!」


 開口一番、謝る少女。


「おう、いいってことよ。むしろ、グッドタイミングだ! おい、アレックス、紹介するぜ、こいつがお前の代わりに新しく入るメンバーのルミリアだ」


「代わりに……? あれ、リーダー、わたしってこの人の代わりのメンバーなんですか?」


 困惑する青瞳の少女ルミニアの細い肩に、ドッジは手を置いて嫌らしく微笑み「正真正銘の【賢者】だぜ!」と得意げに俺へ言ってくる。彼女の質問には答えない。


 クラス【賢者】は、よく試し、よく失敗し、よく学ぶ。

 学問や、真理の探究に適性のある人間にあたえられる特級クラスだ。


 【英雄】にならび、わかりやすく″選ばれた者″とわかる最高位のクラスなのである。


 スキルも回復系のモノを併せ持つことが多い。


 世間一般からの認知度なら、【医術師】より遥かに優れた完全上位互換あつかいだろう。


「そ、そうですよ、わたしは【賢者】なんです! スキルだって回復系のモノを持ってますよ! 役に立ちますよ!」


「ほら、見ろよ、アレックス。回復スキルも女神からもらえなかった【医術師】のお前なんかより、よっぽど優秀だぜ。ーーそれに男のお前に手当てされるより、こっちの方がずっといい」


「……へ? ま、待ってください、この人、【医術師】なんですか……ッ!?」


 ルミニアは目を大きく見開いて、ぶんぶん首を振って俺とドッジの交互に見た。


 どうやら、彼女は【医術師】というクラスを知ってるようだ。


「ああ、そうだぜ。医術学院とかいう胡散臭い場所をでて、でしゃばって戦場に立とうとする馬鹿だよ。もちろん、ルミニアならこいつより働けるよな?」


「ぅぇえーッ!? この人、医術学院を出てるんですか?! それは流石にレベルが違うっていうか……っ、ぃ、いえ、でも、やらないと…………も、もちろんですとも、リーダー! このわたしに任せてください……! 埋め合わせできるよう頑張ります!」


 ルミニアは目をつむり、「なるようになれ!」とやや投げやりに吐き捨てた。


 この少女はドッジとは合わなそうだ。

 正直、もうこの男とは縁を切ろうと思ったが、このままだと彼女の身が心配だな。


「というわけだ、アレックス。お前は用済みだよ。さっさとどっか行けよ」


「ドッジ、お前が女性冒険者ばかり集めだした時は、俺には関係ないと思って見逃してたが、俺を追いだすのは約束が違う。今ならまだ、やり直してもいいぞ。この少女と俺で治癒を務めるんじゃダメなのか?」


「チッ、くどいんだよ。ーーぶった斬るぞ?」


「ひゃ!? り、リーダー?!」


 ルミニアの叫び。

 醜悪にニヤつくバネッサとキャサリン。


 ドッジは腰から剣を抜きはなち、彼のスキル〔魔力剣まりょくけん〕で強化し、青い雷をまとわせた。


 これぞこのファントムシティで最高等級の冒険者たる【英雄】ドッジが持つ、防御不可能の″魔剣″だ。


「そうか……残念だよ、ドッジ。俺たちは、ここまでだな。剣を抜いた時点で、復縁は完全になくなってしまった」


 目をつむり、彼との楽しかった冒険の日々を思いだす。


 俺は白衣のポケットから、″メス″を一本とりだして、かるく握りこんだ。


「おいおい? 冗談だろ? あははは、お前バカかよ!? あっはははは、お前は後衛で戦いが終わるのを待ってただけなのに、この俺と戦う気なのかよ?! しかも、そんなちっこい短剣で!?」


「いや、これは使うつもりはない。念には念を入れてるだけだ。むしろ、使とも先に言っておこうか」


「……おい、ヒョロガリ野郎、あんまり舐めたこと言うなよ」


 額に青筋をうかべ、殺気をはなつドッジ。


 俺はかたわらで震えるルミニアへ、視線を飛ばし、「俺が勝ったら、あの子をパーティから引き抜く」と指をさした。


 ルミニアはポカンして、ハッと我に帰ると「医術師様、こ、困ります! わたし、やっとパーティに入れたのに……そ、そんな事……」とだんだん語尾を小さくして、うつむいてしまう。


 やれやれ、振られてしまったか。


 印象は誠実、さらに【賢者】ともなれば、本業のための″助手″にほしかったのだが……まあ、致し方ない。


「ケッ、うへへ、だせぇな、お医者さんよッ!」

「やっちゃえー! ドッジ、アレックスをここで真っ二つにしちゃえー!」

「頑張ってね〜、ドッジ様〜!」


 地面を蹴って、剣を大きく振りかぶるドッジ。


 彼が俺の″スキル有効範囲″にはいるのを待って、俺はスキル〔細菌碩学さいきんせきがく〕を発動する。


 もっとも、だが。


「ぁが!? な、なんだ、急に、体が……!?」


「今、お前の体内に仕込んでおいた『グレイブニール・オキノトニス』を不活性化させた」


「……な、いま、なんて、グレ? ……それは、どう言う意味だよ……教えやがれッ!」


「ふむ……俗に″強欲菌″と呼ばれる、吸血鬼由来の『魔力菌まりょくきん』の一種だ。適切に運用すれば、保菌者の筋力を大きく底上げできるが、″一気に不活性化″させると心臓を一時的な機能不全きのうふぜんにおちいらせる事だって出来る。まぁーー」


 俺はひざまずき、冷や汗を滝のように流す彼へ、3歩だけ近づく。


「お前に言っても何もわからないだろう」

「ッ! てめぇええ!」


 最後の力をふりしぼり立ちあがってくるドッジ。


 俺は形の悪い顎を蹴り上げて、背後で応援してるバネッサとキャサリンのもとへ彼を吹っ飛ばした。


 舌を噛み切ったせいか、口から大量の血をだして、ドッジが悶え苦しむ。


「ぐぁあ……っ、ばか、な、この俺が、【医術師】なんか、に……っ!」


「ああ! ドッジ、大丈夫!?」

「アレックスゥ! ドッジ様に毒を使うなんて卑怯よ! 正々堂々と戦わないなんて、最低よ!」


 後衛だと思ってた俺に、防御不可能な魔力剣で斬りかかってきたわけだが?


 正々堂々ってなんだ?

 この女はアホなのか?


 俺は手に持つメスを予備動作なしで投擲とうてき、暗闇を裂く刃は、さえずるキャサリンの顔をかすめて飛んでいき、ツインテールの片方を″切除″した。


 震えるキャサリンは涙をうかべ、股から小便を濡らすと、その場に崩れ落ちる。


 俺は唖然とするルミニアへ視線をむけた。


「このパーティの余命は、もってあと3ヶ月だ。ドッジがキャサリンと浮気してることがバネッサにバレるのが先か、戦力低下で立ち行かなくなるのが先かはわからないが、どのみち先はない」


「へ? えっと、わたし、わたしは……」


「せっかくの仕事を潰して悪かったな。だが、君にはもっと出来ることがあるはずだ。よく考えるといい」


 俺は少女にそうつげて、凄惨な現場に背を向ける。


 彼らとはここまで。

 『英雄サークル』での遊びもここでおしまいだ。



         ⌛︎⌛︎⌛︎


 

 冒険者ギルドへ戻ってきた。

 

 カウンターにおもむき、受付嬢につい先程、パーティを追放されたと伝える。


「ぇええッ?! アレックス様、パーティ追い出されちゃったんですか!?」


「ああ。あのコミュニティにはもう戻れない。ちょうどいい機会だし、このまま冒険者をやめようと思ってるんだが、手続きはできるかな?」


「そんなっ! 嫌ですよ! アレックス様、冒険者辞めるなんて言わないでくださいよ! せっかくポルタ級冒険者になったんですよ?! もったいないですよ!」


 冒険者には、仕事の質を保証する意味で、それぞれ等級があたえられており、下から猫級・熊級・オーガ級・ポルタ級・ドラゴン級となっている。


 この街にはドラゴン級がいない以上、ポルタ級の俺は最高位冒険者のひとりという事になる。


「アレックス様の高度な治癒とスーパースキルのおかげで回ってきたのに、なんなんですかね、ドッジさんは!」

「あー、あんまりスキルの事は大声で言わないように……」


 俺の代わりに怒り心頭の受付嬢は、手を握って懇願するように見上げてきた。


「アレックス様、新しいパーティ組みましょうよっ! きっと、アレックス様ならすぐに良いパーティが見つかりますよ!」


 冒険者をしていたのは、等級が高いほど″裏の世界″の情報も集めやすくなるためだ。


 辞めれば、これまでの苦労が水の泡。

 出来ればドラゴン級になりたい気持ちはまだある。


 ならば、籍だけでも置いておいて、新しいパーティを組み直すのも悪くないか。


「それじゃ、よろしく頼んだ。新しいパーティが見つかったら『アルドレア医院』に知らせてくれ」

「はいっ! ぜひ任せてください! 絶対良いパーティを見つけて差し上げますよ! アレックス様!」


 俺は受付嬢へ新しいパーティ探しをたくし、夜の街へ繰りだした。


 この街は荒れている。

 今日も″ゴミ掃除″に励まないとな。


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