アフターストーリー3 テゴラックスの群れ


「ポルタを捕獲って……正気かあいつ?」

「回復係だったくせに、独立したら、いきなりでかい口叩くようになったな」


 冒険者ギルドのあちこちから聞こえてくる笑い声。


 受付嬢はムッとした顔になって、声をあげる。


「アレックスさんなら、出来るんですよね!」

「ああ」

「なら、今回は捕獲でも可としましょう! ポルタほど貴重な魔物は、生きた個体を観察する機会がすくないですから、捕獲の場合はきっとギルドも報酬を弾むことでしょう!」


 受付嬢は勢いよく言い切って、キリッとした目つきで冒険者たちを睨みつけた。


 今回の依頼は、個人による依頼ではなく、治安維持の義務をもつ冒険者ギルドからの依頼だ。


 ゆえに報酬は潤沢だし、融通も効く。


「わかった。ならば捕獲の方向で進めてみよう。レイス、ルミリア、行くぞ」


 俺はそう言って、無表情のレイスと、あわあわして不安そうなルミリアと共に、街の外門へと向かった。


 まだ日は高く登っており、タイムリミットは10時間ほどあると思われた。


 大口をたたいた手前、絶対に夜までには帰りたい。


「レイス、森を走れるか?」


 外門をすこし出たあたりで、衛士たちにチラチラ見られながらも、立ちどまり聞いてみる。


「もちろんだよ、死神。あまり舐めないでくれる?」

「よし」


 得意げに鼻を鳴らすレイスにうなずき、俺はおもむろにルミリア脇に手を差しこんだ。


「ファ?!」

「ルミリアは走れないだろう。俺がおんぶしていく」

「ふにゃあー! 出ました、出ましたよ、いきなり乙女心をもてあそぶ、アレックスさんの悪いクセが出ましたよー!」


 ごちゃごちゃ言いながらも、凄い嬉しそうなルミリアを背中に乗せて、俺は門前を走りだした。


「うわあ?! なんだアイツら……馬も使わずに門を出たと思ったら、いきなり走りだしやがった……!」

「それも信じられん速さだ……馬より速いぞ」


 背後で、驚愕して腰をぬかす衛士たちの声が聞こえた頃には、俺たちは森へと突入していた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 森にはいり、しばらく走り続けた。


 巨大な木の根っこが複雑に張り巡らされ、コケむした地面は、進むにはなかなかどうして体力がいる。


 今は歩いてゆっくりと進んでいるところだ。


 もっとも、休憩してるのは、ルミリアが俺にしがみつくのに、腕が疲れてしまったと言うことが理由なのだが。


「ルミリア、平気か?」

「ふへぇ、腕が疲れちゃいまして……」

「そうか。ならば、ルミリアの腕が疲れないように運ぶとしよう」


 俺はしがみついて、なかなか離れないルミリアを背中から引き剥がし、正面に抱きかかえた。


 俗に、姫様抱っこと呼ばれる持ち方だ。


 本当に世の中の騎士たちはみんな、こんなに筋肉疲労の溜まりやすい持ち方をしているのかと、はなはだ疑問ではあるが……まあ、こう呼ばれているのだから仕方ない。


 より効率的な人体の運び方を知っているが、意識のある女性相手に、あの持ち方するのは気がひける。


「わあ! アレックスさんにお姫様だっこされちゃいました!」

「よかったね」


 レイスは俺の腕のなかのルミリアを、愛護動物のように撫でてにっこり笑った。


 おかしい。

 確かルミリアの方が歳上だった気がしたが。


「ん」


 そうこうしてなごんでいると、ふと俺の細菌センサーに反応する生体を感知した。

 

「これは……テゴラックスか」


 遠隔から相手の体に付着する常在菌と、立体的な空間把握能力から、対象の正体を絞りこむ。


「レイス、テゴラックスだ。やれるか?」

「余裕だよ、熊ごとき敵じゃないね。数はどれくらい?」

「30」

「……え?」

 

 俺はそれだけ言い残して、地面を蹴って木のうえに登る。


 俺とルミリアのまわりの、自然に常在する細菌たちをあやつり、匂いによる位置バレをしないよう細工をすれば、一時的な安全圏の確保は完了だ。


「ちょ、死神、なんでそっちはやんないのよ!」

「俺はルミリアを抱えてるからな。万が一にでも彼女を傷つけられないだろう」

「私ならいいっての?!」

「君は強いだろ。頑張れ。危なくなったら助けてやる。ほら、来たぞ」


 俺がそう言うと、木の影からテゴラックスの大群が姿をあらわした。


 テゴラックスとは、白い大熊のことだ。

 成体になると体長3メートルにもなる。

 魔力の宿った爪と牙は強力。

 俊敏で、パワーがあり、戦略をとるかしこさも兼ね備えている。


 並の冒険者ならば、1体相手でもパーティ全滅の恐れがある危険な魔物である。


「はあ……たく、私を舐めないでよね」


「ベェアアア!」


 テゴラックスの1匹が飛びかかっていった。


 レイスは、斬り込み隊長をかってでたその個体へ、素早く反応して抜剣した。


 そして、鞘から剣が放たれると同時。


 3メートルの巨体が、肉塊へとかわり、森の地面を真っ赤に染めあげた。


「まず1体」


「ベェ、ァ、ァ」


 レイスは地面に倒れふしたテゴラックスに、銀の剣を突き刺してトドメいれて、他の個体たちを睨みつける。


 テゴラックスは獰猛に雄叫び、次々と走りだした。


 避けては斬って、斬っては避けて。

 熊たちの足、肩、首に銀の閃が走る。


 次々と放たれる華麗なる剣の舞踏に、テゴラックスたちはものの1分で10体ほどがしかばねに変わってしまった。


「とう」

「?」


 銀の剣についた血のりをはらい、レイスは跳躍して俺が観戦席につかっていた木の枝に飛び乗ってくる。


「バトンタッチ」


 レイスは俺にルミリアを渡すよう手をだしてくる。


 選手交代というわけか。


「仕方ない」


 俺はルミリアをレイスに預けて、代わりに地上へと降りたった。


「ベェアアア!」

「すまないな、テゴラックス。お前らに罪はないが、ここで死んでくれ」


 俺はメスをポケットから取りだして、むかってくるテゴラックスを、白衣をひるがえして回転運動で避けると同時に、腕をかるく振った。


 すると、俺の背後で今まで動いていたテゴラックスの首から血が吹きだし、一瞬で動かなくなってしまった。

 

「熊の首は太い。それに皮も獣毛も厚い。だが、俺の執刀しっとうに耐えうる頑強さはない」


「べ、ベェアアア?!」


「さあ、狩猟をはじめようか」


 テゴラックス20体の掃討には、50秒ほどの時間を要した。


「負けたわけじゃないからね」


 レイスは言った。

「別にタイム競ってたわけじゃないし。ねえ、死神、ひとりでタイムアタックして恥ずかしくないの?」


 悔しそうなレイスが、むすっとした顔で聞いてくる。


 タイムアタック。

 俺がレイスより早く、テゴラックスを片付けるよう狙ったたと思っているのか。


「私が本気出せば20体くらい40秒もかからないよ、ふん!」

「俺がその気ならもかからない。馬鹿なこと言ってないで、さっさと降りてこい」

「……」


「ほらほら、レイスちゃん、アレックスさんのあとを追いましょう!」

「……そうね」


 ルミリアを抱えるレイスは、諦めたように地面に降りてきた。


「ん、待て」

「なに?」


 俺は森の真ん中を吹き抜けていく風に、前髪を揺らされながら、テゴラックスの死体の真ん中にたたずむレイスを静止する。


 しばらく待機させ、俺は細菌センサーに巨大な獲物がかかったのを感知した。


「ポルタだ。こっちに凄い速さでやってきてる」


 緊張走る空気のなか、俺は静かに仲間たちへ警告した。

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