アフターストーリー4 ポルタの魔力菌


 ポルタがやってきた。


「うわああ?!」

「ちょ、静かに!」


 レイスに抱っこされるルミリアが、大声で叫び、パニックを起こす。


 それもそのはず。


 俺も気を抜けば、声を漏らしてしまいそうだったくらいだったから。


 それほどに、ポルタの外見は……怖い。


 木々をわけてやってくるのは巨体だ。

 全長10メートル前後、体色は緑色。

 全体的に猿のような形をしており、手足がとんでもなく長く、骨と皮だけの体が見るものに生理的な不安をいだかせる。


 人間ならば、ガンの末期患者を思わせるあばら骨の露呈は、必然的に霊長類である俺たちに潜在的な″死″を連想させた。


 空虚な穴となった、本来は目があるはず場所にある、黒いくぼみはホラーテイストの極みだろう。


「驚いたな。話には聞いていたが、たしかに怖い外見だ。……今度からはペストマスクをかぶったスカルより、ポルタを描いた方が恐怖の象徴としては効果あるかもな」


「死神! 分析してないではやく何とかしないと!」


 叫ぶレイスは、ポルタの伸びてくる手を、跳躍でかわして俺のとなりに降りたった。


「レイス、ルミリアを連れたまま少し離れてろ。俺がやる」


「相手は最高位の魔物ポルタだよ? あんたが強いのは知ってるけど……平気?」


「任せろ。俺が負けるとしたら、その敵はきっと俺より強い正義を持った人間だ。信念抱かない獣に負けることはない」


「そういう話じゃないんだけど……まあ、いいや、任せたよ!」

「頑張ってください! アレックスさん!」


 ルミリアの応援へ、手をあげてこたえる。


「さて、実験開始だ」

「グロゥウ!」


 長い手を伸ばして、掴みかかってくるポルタの攻撃をかわす。


 俺は腰のポーチから、小瓶を取りだした。


 『サラマンダーペイルブラッド』

 古代種サラマンダーの青ざめた血。

 厳密には毒ではない。

 生物の血に混ざると反応を起こし、筋肉を強制的に弛緩させて、即座に対象を動けなくさせることができる。

 時間がたつと、血液を喰らい増えながら、変質して神経にも作用を及ぼす神経毒となる。

 1時間から2時間で、筋肉を使い物にするのではなく、神経の反応を止めることで、対象を完全に動けなくさせてしまう、″効果の切り替わる″極めて厄介な有害物質である。


 この毒の最も優れた点は、どんな少量でも一定の効果を得られる点だ。


 対象の血液を侵食して変質させる、魔法の血液ゆえに可能な、古代種の神秘なのだ。


「グロゥウ!」

「お前の抵抗力レジストを見てみよう」


 小瓶のなかの青い血液を、メスに少しだけ付着させて、ポルタの足を斬りつける。


 俺のメスは問題なくポルタの足を傷つけて、川の下の肉に青い血液を侵入させた。


 そこから、俺は合計10回にもわたり、回避と、斬りつける行為を繰りかえした。


 ただ、ポルタに青い血の効果がなかなか現れない。


「効かない? 人間より過酷な環境において、食物連鎖の頂点にたどり着いた生物に、対人用の細菌が効く不明だったから、わざわざ貴重な毒を使ったのだがな」


 俺はすこしがっかりしながら、小瓶をしまい、メスを〔細菌碩学さいきんせきがく〕で除菌して、実験結果に余計な因子を加えないようにそなえる。


 ポルタが、地面も、木のうえも、恐ろしい身のこなしと速さでせまってくるなか、俺は木から木へ飛び移りながら逃げ続けた、


「グロゥウ!?」

「ん?」


 ポルタの攻撃をかわしながら、逃げていると、ふと、ポルタが木の幹を掴みそこねて、地面に盛大に転がった。


 俺は木の枝のうえで立ち止まり、上からポルタを観察する。


「グロゥ、ゥ!」

「呼吸が不規則になった。手足が動いておらず、見たところ先ほどまでの皮膚の張りがない。筋肉に力が入っていないと見える」


 よかった。

 効果が出てきたようだ。


 俺は木のうえから、その後も数分間観察を続けて、ポルタが完全に動かなくなるのを待った。


「グゥ……ロォ」

「対象、緑のポルタ。完全な無力化まで8分半、か。即効性の『サラマンダーペイルブラッド』にこれほど耐えるとは。異様な痩せ方……体脂肪率の低さ、筋肉量? 何か原因があるように思えるが」


 俺は動かなくなったポルタの周りをぐるっと一周してみて、俺がメスで傷をつくった傷口を調べた。


 傷口に手を近づけて〔細菌碩学さいきんせきがく〕を発動する。


 おや。

 これは……?


「む? この微生物の形状……新しい細菌か?」


 俺はポルタの傷口に指を突っこみ、傷口を広げて、血と肉、それと骨を削ってサンプルを空瓶に詰めた。


 これは持って帰る用だ。


 俺のスキル〔細菌碩学さいきんせきがく〕ならば今この場で、研究を始めることができる。


 よって、ちょっと軽く調べてみようと思う。


「アレックスさーん! アレックスさーん! どこまで行っちゃったんですかー!」

「死神ー! 死神ー!」


 背後から聞こえてくる仲間の声。

 返事をしてやりたいが、それよりも俺は、この魔力菌の正体、それで何が出来るのかを知りたくて仕方がない。


「あ、いた」


 見つかったか。


「無視しないでくださいよ、アレックスさん! なんで返事しないんですか?!」

「……集中してる。話しかけないでくれ」


 俺がそう言うと、ルミリアは悲しそうな顔で黙った。


 すこし言い過ぎた、か。


「……はあ。今、俺はポルタのもつ新種の魔力菌を調べているところだ。これはスキルのリソースをほとんど使うものだ。レイス、すこしだけあたりの警戒を頼む。ルミリアは……肩マッサージをして欲しいな」


 俺は深くもぐって、没入していた思考をいったい水面に引きあげて、2人へ指示を出した。


「少しだけだよ」


 レイスはそう言って高い木の上に登っていった。


「こっちもわかりました、アレックスさん! さあ、わたしの肩たたきに癒されちゃってくださいね!」

「……」


 俺は背中にほどよく、伝わるルミリアの小さな拳の触感に心地よくなっていた。


 わりと適当に命令をだしたが、存外にこれはいいアイディアであったかもしれない。


「どうですかー? アレックスさん?」

「いいぞ。上手だ」

「えへへ♪ まだまだわたしも現役ですね! ふっふふ、実は、わたしが九州きゅうしゅうにいた頃は、親戚たちのあいだで、肩たたき名人として、確固たる地位を築きあげていたくらいなんですからね!」

「…………そうか…………」


 俺はルミリアの言葉を半ば聞き流しながら、暖かな気持ちに身を委ねていた。


 ああ、すごく気持ちがいい。

 

 ところで九州ってどこの都市の話をしているのだろうか。


 まあ、いいか。


 どっか辺境の村の名前なんだろう。

 

「…………解析完了」


 俺は些細な思考の残心を、頭の端っこに払いのけて、目をゆっくりと開けた。


「どうですか? アレックスさん? 何かわかりましたか?」


 ルミリアが背後から覗きこんで聞いてくる。


 俺は最近少しだけ練習した、薄い微笑みをうかべて見た。


「これは凄い魔力菌だ。暑くても、寒くても、湿度が高くても、乾いていても、日が出ていても……あらゆる環境で生き延びて、連帯的働きで宿主やどぬしを蝕んでいく」


 俺は今、歴史の発見者になった。

 栄誉、名声などには興味はないが、この偉大な発見は知識として人類の所有にするべきだろう。


 『犯罪王』を片付けたら、医術学院に論文だけ提出しに赴いてもいいかもしれない」


「まあいい。とにかく、クエストを完了しよう、ルミリア。こいつをギルドに引き渡せば、俺たちは『崖の都市』にいく金が手にはいり、なにより家賃が払える」

 

 そして、来たる戦のために、装備を充実させることも出来るだろう。


「レイス」


 名前を呼ぶと、スカートをひらつかせ、恥ずかしげもなく殺し屋が降りてくる。


「俺とルミリアはここで待ってるから、レイスはギルドに報告を頼む。それと、無力化したポルタを回収にくるようにも伝えてくれ」


 俺はレイスに連絡を託し、ルミリアと一緒に、しばらくこのポルタと森のなかでキャンプをする事にした。


「キャンプ! アレックスさんと2人きりでキャンプですか! それは楽しみですなー!」


 なんか喋り方が変になってる。


「忘れるな、ポルタも一緒だ」

「グロゥ……」

「そ、そうでしたね。よしよーし、ポルタさん、そこでじっとしててくださいね。これはアレックスさんとのお泊まりデートなんですからね。頼みますよ、いやホントに」


 こうして俺とルミリアとポルタの、貴重なキャンプが始まった。

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【完結】パーティを追放された若き【医者】、実は世界最強の【細菌使い】〜患者を救うより、悪党を殺す方向で世界を良くしながら成り上がる!〜 ファンタスティック小説家 @ytki0920

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