第12話 君が思うほど汚くない

「ほら、とっとと行っちまえ!」


 娼館のマスターはそういって表口をばたんっと閉めてしまった。


「よお、アレックス」

「ん」


 娼館をでると見知った人物に出会った。

 

 ドッジだ。


 つい昨日わかれたばかりなのに、やけに久しぶりに感じる。


「アレックス、お前もちゃんとチンコはついてたんだなぁ!」

「……どうした、ドッジ、不安定なようだが」


 瞳孔が揺れている。

 およそ、まともな精神状態じゃないと見える。


 ドッジはへらへらと、薄ら笑いを浮かべ、おかしくて仕方ないと言うように腹をかかえだした。


 俺は無視して一旦家に帰るべく、背を向ける。


 すると、店横の路地からトタトタと走ってくる少女を見つけた。


「アレックス先生!」

「パトリシアか。いったい、どうしましたか? ……ドッジ、なにをーー」


 振り向くと、同時に視界横のドッジが動いた。


「ひゃはぁあっははーっ!」

「嫌っ?! な、なんですか!?」


 パトリシアに後ろから抱きつき、ドッジは短剣で少女の服横をスーッと裂いてひらくと、その間から手を差しこんだのだ。


 無駄に洗練された手際に、初犯じゃないと直感的にさとる。


「ひゃ?! やめっ、汚い、気持ち悪いっ」

「うるせぇ! てめぇは娼婦だろうが、又開くのが好きなら、黙ってヤらせろよ!」


 横暴にもほどがある罵声。

 

 こいつはもうーー。


「動くな、アレックスぅう!」

「ひぃ、痛ぃ、ぅぅ、ぁぁ、アレックス先生……ぅぅ……っ」


 パトリシアの胸を力強く鷲掴みにし、ドッジは彼女の金髪に顔をうずめて匂いを嗅ぎながら、短剣を白い喉元につきつけた。


「動いたら、この売春娘を殺す。いやだったら、そこで服脱いで土下座しろォオ!」


 意味不明なんだが。


「……やっぱり考えてもわからないな。意味不明なんだが」

「うるせェェェェエ!」


 謎の行動に対して率直な感想を述べても、ドッジは聞く耳をもたない。


 まあ、どのみちパトリシアに手を出した時点で殺そうとは思ってた。


「さっさとしろ、アレックスぅう! 俺様はこれ以上待たな……う゛ぅ?!」


 パトリシアの服をさらに裂いて、ほとんど脱がしかけたところで、ドッジは短剣を取り落とし、心臓を押さえて倒れた。


 恐怖に泣くパトリシアを抱きとめて、ドッジを見下ろす。


「な、なんで、またか……! いつ毒を盛られたんだッ!」


 ドッジは血眼ちまなこで見上げてくる。


「昨日も説明しただろう。強欲菌がお前のなかで息づいてるかぎり、すべては無意味だ。一度、不活性化させたせいで、効果が現れるまで時間がかかったが、まだまだ効力はある」


 地面のうえ、ドッジがのたうち回る横で、パトリシアの怯える瞳を覗きこむ。


 幸いにも怪我はなさそうだ。


「ぁ、ありがとうございます、アレックス先生……あぁ、アレックス先生の腕のなかなら、凄く安心出来ます……」

「そうですか。それは良かったです」


 パトリシアは裂けた服からのぞく乳房を恥ずかしそうに隠し、頬染めて疲れた笑みを向けてきた。


 白衣を着せてやる。


 すると、パトリシアはぶかぶかの白衣を胸に抱きしめるように着て、深く白衣の匂いを吸い込んだ。


 普通に臭いと思うのだが。


「ああ、幸せです……アレックス先生の匂いがします……ふふ」

「俺が着てたから当然ですよ」


「アレックずぅう! てめぇぇ、尻軽女といちゃ、ついてんじゃ、ネェェェェ!」


 えらく満足げなパトリシアから、目を離すとイモムシみたいに這いずって、ドッジが足元までやってきていた。

 

 顔面に一蹴りいれて静かにさせる。

 

「それで、パトリシア、何か用があったんじゃないですか? 今夜の仕事はもう終わりですか?」

「っ、そうでした。はい、今夜は終わりですよ、アレックス先生。……それで、その、みんなを代表して、みたいな感じなんですけど……またここへ来てくれます、か?」


 パトリシアは自信なさげに、歯切れ悪く聞いてくる。


「また来るかはわかりません。患者がいれば来ますし、いなければ来ないでしょう」

「……そうです、よね。すみません、つまらないこと期待して……」


 ひどくテンションを下げて、パトリシアは言った。


 ふむ。


 彼女の感情の起伏が起こるわけは察するにあまりあるが、気になることがひとつ。


 パトリシアは危険性を知ってなお、この仕事を続けるつもりなのか、だ。


「パトリシア、君はまだ娼婦を続けるつもりですか?」

「っ……軽蔑しますよね、すみません。私なんて、アレックス先生に話しかけることすら、おこがましいのに……私たち、いえ、私は特に汚い女ですし……」

「?」

「…………アレックス先生も、わかってると思いますが、娼館で働いてる子たちは、多くが訳ありなんです。こういうのが好きで、進んでやってる子ももちろんいるけど、そういう子は、多くはなくて、ほとんどは″選択肢がない″子ばかりです」

「……」

「でも、私は……貴族の令嬢たちみたいな綺麗な服が買いたいって、そんな理由で、体を売ってるんです……すみません、こんな余計なこと話してしまって」


 パトリシアは視線で地面をなぞり、押し黙った。


「軽蔑はしませんよ。人が何をしようとすべては、個人の選択ですからね。綺麗な服が着たい、貴族じゃないから着れない道理はない。そのための手段が、人を殺したり、あるいは尊厳を傷つけ、欲望を満たすようなものならともかく、報酬のために心と体をトレードするのは、十分に健全です。……娼婦は、選択肢がない子がいきつく場所であるべきじゃない。さっきも言ったように、それはある種の合法レイプです。むしろ、パトリシアのように目的があって、それを容認できる女性が集まるべきでしょう。その意味においても、やはり君は健全だと思いますよ」


 パトリシアの肩を白衣のうえから押さえて、彼女の瞳をまじかでのぞきこむ。


 彼女は顔を真っ赤にそめて、瞳からうっすらと涙をこぼした。


 思い悩む人の心も救いたい。

 正義のヒーローなら、貪欲にそう願ってもいいだろう。


「君は君が思ってるほど、汚くなんかない。むしろ、とっても綺麗じゃないか」

「っ、アレックス先生……だめですよ、そんな、どこまで……」

「ただ、危険なことには違いないです。さっき、また来るか、と聞いてましたよね? その答えを修正しましょう。、と。定期的に健康診断したほうがいいですから。みんなで多数決でもして、話し合ってみてください」


「っ、はいっ! 絶対に満場一致ですけど、あはは……アレックス先生が来てくれるなら、みんな、喜びます」


 パトリシアは夜に咲く花のような、綺麗な笑顔をさかせて言った。


「それはよかった。それじゃ、家まで送り…………いや、その前に片付けておくか……」

「? アレックス先生、どうしました?」

「パトリシア、さっきのマスターはまだ店にいますか?」


 パトリシアの返事を聞き、彼女を店のなかで待つように伝え、俺は″ドッジを抱えて″路地裏へはいった。


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