最終話 正義の死神


 神速の縮地でふみこんでくる『百面』の突きを、剣で軌道をずらして、外させる。


 すかさず、俺は奴の顎を蹴りあげる。


「ぐっ、だが、甘いぞッ!」


 蹴り上げられると同時。

 『百面』はひるまずに、空中で後転して、斬りかえしを見舞ってくる。


 俺は剣で打ち落とし、カウンターの刺突で『百面』の肩を打ち抜いた。


 そこからの戦いは冗長だ。


 もはや、『百面』自身もわかっているだろう、俺と彼との間にある力量差は確実に、戦闘に反映され、彼を敗北へと導いていく。


「はあ、はあ、はあ、ぅぐ……」


 俺は片腕を無くした『百面』を壁際に追い詰めて、首に剣をつきつけた。

 

 『百面』は荒く呼吸をくりかえし、へらへらと笑いはじめた。


「はは、流石だ、『白衣の死神』……ここまでアジトをいくつも潰させ、何人もの強者をぶつけて力を削いだつもりだったが……たしかに、べらぼうに、強い。すべてのオレが戦いたくないと結論をだしたわけが、今ならばわかろうと、言うものだ……」


「負けるのがわかっていたのに、戦ったのか」


「ハハ……愚かだと思うか? そうだろう。だが、刃をまじえて、血を流さないとわからない事もあるというものだ。……ゴフッ!」


 『百面』は口から血の塊をだして、悶えはじめた。


「ぅぐうぅう! ぁ、ぁ、はぁ、はあ、はあ……今更になって君の盛った毒が効いてきた」


「『人喰いバクテリア・β』、か」


「ああ、そうだ……部下の死体をオレの医療チームが調べた結果、どうやらオレは10万人に1人しかいない、抗体持ち、らしい」


「そんな、馬鹿な確率があるのか?」


「あるんだよ、アレックス。なぜなら、これはオレと貴様の運命カルマだからだ……ぁぁ、アマンダ……君が、見える……」


 『百面』はうつろな眼差しで中空を見つめて言った。


 呼吸が浅くなっていく。

 もはや痛覚が正常に作動してないのか、彼の反応はバクテリアに体を喰われる苦しみから解放されているようだった。


 やがて『百面』は、濁った目を俺へとむけてきた。


「貴様が、正義のために……濃厚な悪に学び、その汚濁を飲む覚悟をする瞬間を……あの世から、楽しみに、見守っているぞ……」


 『百面』は瞳を閉じて、最後の呼吸を終える。


「真の正義を目指した僕が、最後には甘ったれた正義に敗れるか……………………………ぁぁ、存外に……悪くないものだな……」


 ファントムシティを混乱に陥れた巨悪は、静かに、穏やかな表情で死んでいった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー数日後


「アレックスさん! ご覧ください、新料理の茹で野菜の連続盛りですよ!」


 相変わらず人が来ない『アルドレア医院』の昼食は、ルミリアの手作り料理となるのがここ最近の定番となっていた。


「また斬新なネーミングをつけたな」

「どうですか、美味しそうでしょう?」

「ああ……なんか強そうだ」


 俺はフォークを刺して、ひとつ口に運び、「まあ悪くないが、もっと美味しくも出来る」と言って皿を手にとり、ルミリアの背を押してキッチンへとむかった。


 彼女の料理は、まだ修行が必要だ。


「いいか、ルミリア。料理とは″質″の戦いだ。連続盛りをして″量″で戦おうとするな」


 ーーコンコンッ


 ルミリアにすりすりされながら料理を教えていると、玄関のほうからノック音が聞こえてきた。


 ルミリアをキッチンにひとりにさせるのは気が引けたので、一緒にドアを開ける。


 すると、


「ふーん、なるほど。ここが死神の家というわけ」


 不遜な物言いが聞こえてきた。


「こら! そんな変な事言っちゃダメじゃない! ちゃんと謝らないと、レイちゃん!」


 玄関先に立つのは、黒髪の少女たち。

 どちらも愛らしくも、美しい顔立ちで、またよく似て背丈と顔をしている。


「こんにちは、マア・パトリさん。そちらは?」


 俺は初対面のふりで、『銀剣』のレイスへ視線を向けると、彼女は「ちぇっ!」と盛大に舌打ちをした。


 彼女らを医院のなかへ招き入れ、ともに昼食を取り、孤児院や果樹園の近況を聞いてみると、マア・パトリが、妹が大金をもってきて嬉しいけれど、頑張り過ぎてるのではないかと、心配をしているらしい興味深い報告を聞けた。


 俺がそれを聞いて、例の妹君に視線を向けると、彼女は気まずそうに視線をそらすのだった。


 食事も終わり、ひと段落すると、俺はレイスに医院の裏手へ連れてこられた。


「どうした。音楽ホール前の続きをしたいのか?」


 俺が指の関節を鳴らすと、レイスをピクッと震えて「そんなんじゃないし!」と否定した。


「アレックス、あんたのおかげで、確かに孤児院や果樹園は助かった。汚い金でも、金は金だからさ。でも、実はまだ手を貸して欲しいことがあって……こんな助けてもらった立場じゃ、頼みづらいんだけど……」


「金なら俺の病院も家賃をまだ3ヶ月くらい滞納するくらいには余裕がないのだが」


「そんなこと自慢げに言うなよ」


「自慢げに言ったつもりはないが……それで、何の用なんだ?」


「いや、実はさーー」













 なかなか興味深い、話であった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ファントムシティを近頃、騒がせている話題がある。


 都市政府に在籍する政府高官ミルネイ・ドリッドの、少女拉致監禁の疑いによる逮捕と、迅速に行われる予定の審問会だ。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ファントムシティの最大の面積を誇る中央広場で、市井しせいのまえにて審問会は執り行なわれた。


 しかし、その判決は、まさかの無罪放免であった。


 理由は被害にあった少女が、被害申告を突然として取り下げたというものだ。


 市民たちは、不自然な事態の流れに怒りを爆発させ、判決がくだった直後に、ミルネイへの再審をもとめたが、審問会を執り行う神殿は、決して首を縦にふらず、審問会はすぐに解散する運びとなってしまった。


「ふざけるなぁああー! 罪を償えよ!」

「何が無罪だ、そんなわけあるか!

「公正な裁きをくだすんじゃないのか! 何が神官だ、お前たちは金を握らされたクズだろうが!」


 罵倒がふきあれるなか、審問会場から逃げるようにさっていくミルネイは、怒り狂った市民たちから腐ったパンやら、石を投げつけられながらも、帰りの馬車に走りこんだ。


「いやあ、危ないところでしたね、先生」


 馬車のなか、ミルネイの秘書は笑いながら、彼へタオルを手渡す。


「クソカスの愚民どもめが、わしのおかげで奴らの暮らしがあるというのに。税をおさめられない貧民なぞ、いかように犯そうが、いったい何の問題があると言うんだ?」


 ミルネイは反省の色をみせずに言った。


「本当です、本当です、ミルネイ様。いやはや、英断でしたね、あの家族の両親には十分な金を握らせましたし、これであの少女は実質的にミルネイ様に売られたということ。あの少女は、ミルネイ様の子を孕ませてもらう事を感謝しながら、これからも長く仕えてくれるのでしょうね」


「ぐっははは、まだ14かそこいらじゃ。これからも長く使えるわい」


 ミルネイは豪快に笑いながら、秘書から″乾燥した葉っぱ″が詰められた、パイプを受け取り、火をつけてふかしはじめた。


 恍惚こうこつとした表情で気持ちよさそうに、息を吐く。


「やはり、ジークタリアスから入手できるようになってから、葉っぱの質がよくなったわい。あー、薬漬けの娘をもう少し増やすかのぉ……」


 ミルネイは人混みのなくなった窓から、外を眺めてパイプをふかしつづける。


 この後、彼は自身の屋敷にもどってから、どのようにこの鬱憤うっぷんを晴らそうかとでも考えているのだろう。


「まずは、とりあえず、女子おなごを抱いて風呂にでも入るかのぉ…………ん? どうして馬車を止める?」


 トンネルに差し掛かり、前触れなく止まった馬車に、ミルネイは怪訝けげんな顔をした。


 秘書は覗き窓をたたき、御者へ合図をおくるが、馬車は発進しない。


 そのかわりに、御者台に座っていた男は、ミルネイや秘書の指示もなく御者台から降りてしまった。


「おい、誰が勝手に馬車を止めろと言ったのだ! はやく発進せんか馬鹿者めがっ!」


 ミルネイの怒号と、座席を蹴る音が響く。


 御者台から降りた男は、雇い主の怒りを意にかえさず、帽子と外套を脱ぎ捨てると、扉のまえにたった。


 そして、彼は躊躇なく扉を開け放った。


「さあ、行こうか。ゴミ36号、ゴミ37号。お前たちに本当の制裁を加える裁判所へ、これから連行する」


 氷の冷たさを持つ、薄水の瞳が馬車内のふたりのことを視界にとらえた。


 それだけで、ミルネイはパイプを取り落とし、秘書は喉を引きつらせる。


「だ、誰だ、貴様!?」


 ミルネイと秘書は、冷や汗をかき、腰をぬかしながら、馬車の反対側へ這いずった。


 すると、馬車の反対側の扉が、タイミングよく開け放たれ、ふたりとも自ら外へと飛び出してしまう。


 そこに立っているのは、暗闇でも鈍く輝く銀の剣をもつ、眼帯の少女だ。


「ぉが……ッ! まさか、『銀剣』ッ?!」

「『犯罪顧問』のところの殺し屋が、なぜ……!」


 おののく2人を相手に、眼帯をした少女は雑に蹴りをくわえて、彼らの意識を落とす。


 男は馬たちを馬車から離し、炎を放った。


 炎のなかには、馬車のトランクから出された″代わり遺体″が3つほど乱雑に置かれる。


「そんなんで、死んだことになるの?」

「焼死体の判別は現代でも極めて難しい。体格の似た人物を選んだから、世間じゃ、このクスどもは、ここで死んだこととなる」

「ふーん」


 男は壁を指差し「頼んだ」とつげると、眼帯の少女は、銀の剣で壁になにかを手早く刻みこんだ。


 それを見て、男はうなずく。


「上出来だ。よし、いくぞ『銀剣』」

「ん」


 そうして、男と眼帯の少女は馬にまたがり、純度高めのクズたちをどこかへと連れて行ってしまった。


 赤く燃える現場には、ペストマスクをかぶる骸骨の顔と、壁に刻まれた「正義執行」のメッセージがただ残るばかりだ。




       〜 完結 〜



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 こんにちは

 ファンタスティック小説家です

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

 読んでくれた方々、ハートや星、コメントを残して応援してくれた皆様のおかげで、キリの良いところまで頑張れました!


 この後、アレックスは仕事仲間のレイスとともに『崖の都市』の『犯罪王』を殺しに行きますが、それはまたいつか別の機会に書くとしましょう



 では、また次回作でお会いしましょう


 失礼いたします


        ファンタスティック小説家






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