第22話 犯罪顧問・百面


「何を言っている、外道」


 俺はなにか嫌なことが始まる気がして、すかさずメスを『百面』に投げつけた。


 しかし、メスは『百面』には届かず、その手前にあったガラスに弾かれてしまう。


「凄いものだろう? これはとある海底に住む人間たちから特殊な交換条件で手に入れたガラスなんだ。僕のお気に入りのひとつ。ここソフレト共和神聖国、いや、セントラ大陸で運用してるのは僕だけかもしれない」


 『百面』はニーッと歳の割に生えそろった歯を見せて笑った。


「さあ、世界を知らない君のために、少し話をしよう」

「黙れ、悪党。貴様が生きているだけで、いったいどれほどの悲劇が起きるか、俺は知ってる。はやくそこから出てこい。もうどこにも逃げられないだろう」


 俺は鉄格子のなかで、すすりなく少女たちへ近寄り、鉄格子を折り曲げようと両腕に力をこめてみる。


 堅い。

 鋼の剣くらいなら、たやすくへし折れる俺の筋力でもってもビクともしない。

 凄まじい強度の金属だ。


「ハッ!」


 回し蹴りして、思いきり打撃をくわえる。


 鉄格子は凹みすらしない。


 剣で斬ってみてもダメだった。


「チッ……腐食させるか」

「まあ、待ちなよ『白衣の死神』。君の細菌ならどんな物でも″風化″させられる。形あるものは、いつかは崩れる。人間が作ったものなど、ある種″物の時間を加速させる″ことができる君にとっては、障害にならないかもしれない。その鉄格子だって、時間をかければ、必ず破壊して、少女たちを救い出せるだろう」


「当然だ。手の届く者なら、すべからく悪意から救う。俺のチカラはそのためにある」


「そうかい、ならこうしよう」


 『百面』は暗い表情で、指を鳴らした。


 すると、左右の鉄格子のなかの少女がひとりずつ、ゆっくり立ちあがり……自らの首を絞めはじめた。


 異様な光景は、およそ『百面』のスキルの影響下に少女たちがあることを示唆している。


 俺の細菌は人体の健康状態を自在にあやつれる練度をもってるが、人の肉体まで操作することはできない。


 どうやらあの男は、人を操作するタイプのスキルホルダーらしい。


「陰湿な犯罪マネジメントらしいやり口だ」


俺が不快感に顔をゆがめると、少女は自身の首を絞めるのをやめて床に崩れ落ちた。


「死神、僕は君とこうして話をしたかった」


 『百面』は疲れた顔をあげて、ほくそ笑む。


「君には信じてもらえないかもしれないが、僕はね、これでも正義のヒーローをしているつもりなんた」


「笑えないジョークだ」


「いいや、僕は死体愛撫するような貴族じゃない。ジョークはあまり好まないよ」


 『百面』はそういって、鉄格子のなかの少女たちを指差す。


 すると、泣き崩れていた少女たちは立ちあがり、こちらをじっと見つめだした。


 彼女らは声をそろえて喋りだす。


「「「これが僕のスキル〔百面〕だ」」」


 重なる声に、鳥肌がたち、怖気を感じた。


「正確には″スキル″じゃないけど、まあ、スキルと思ってもらって構わない。僕は100人まで、他人に自分の顔をかぶせられる。ふふ、もしかして、僕自身が百人の装いをする変装の達人だとでも思ったかな?」


「……」


 どこにでも、侵入する。

 どんな場所にでも溶けこむ。


 そんな噂を聞いていたが、それは自らは安全な地下にいながら、外の世界に100個の視点をもっていることを意味していたのか。


「ファントムシティのすべてを収める。都市政府のゴミのような政治家も、ギャングのボスも、冒険者ギルドのギルド顧問だって、僕ひとりで100人分の中間管理を行い、操作していた。本人にすら自覚させず、時々、完全に人格をのっとってコントロールする。これにより、この3ヶ月で僕は闇の世界を掌握しきり、外の世界とパイプもつくった。そうやって『犯罪顧問』になりあがったんだ。……ほら、アレックス、君にだって何度もあってる。昨日だってギルドの受付嬢として君と話をしたよ」


 昨日の昼に抱いた違和感の正体。

 あの受付嬢は『百面』のスキルの影響下にあった。


 気づかなかった自分に腹が立つ。


「アマンダにはああ言ったが、実はね、僕はずっと前から、君の正体に気がついてた。そして、信頼してる受付嬢にだけ明かしていた君の秘密〔細菌碩学〕についても知ってる。君が『アルドレア医院』の地下施設で培養していた細菌たちについても、あー……なんと言ったか、ゴミ25号くんを使って調べあげたものだ」


 『百面』はへらへらと笑い……ふと、真顔になった。


「不思議に思うかな。どうして、今まで君をほうって置いたか」

「……」

「簡単だよ。君が僕と同じ″正義のヒーロー″だったからだ」

「……俺がお前と同じ? ふざけるのも大概にしろ」

「いいや、同じだ。お互いスキルは悪役まっしぐらだが、それでも確かに正義を信じてる」


「お前の行動のどこに正義がある。笑い話にもならない戯言を言って、これ以上を俺を怒らせるな」


 鉄格子へ『腐食』をかけながら、醜悪な老人をにらみつける。


 あともう少し……。


 話をして時間を引き伸ばす。


「『百面』、さっき玉座のまわりを見たぞ、あの少女たちを標本に変えたのは、お前だろう」


「それは″必要経費″だ。三大欲求と同じだよ。人間は眠るし、食べるし、性を貪りたくもなる。僕はたまたま四つ目があっただけ。綺麗な顔を収集しないと気が済まない。……だから、どうした? ここまでは僕の正義とはまぅたく無関係だ。むしろ大きな目的のための糧だよ」


 頭がイカれている。

 こいつは異常者だ。


「君が何を考えてるかわかる。僕がおかしいって言いたいんだ。なら、聞こう。君だって狂ってるだろう?」


「俺の行いが狂ってるだと? お前と同じなわけないだろ」


「いいや、同じだ。ほら、僕が君に会うようギルドをあやつって差し向けた少女、ルミリアと言ったかな? 彼女にどうして地下室に行われている事を教えない? どうして君の信じる正義の執行を教えてやらない? ……人はみな、醜い部分をもっている。それは、明るみに出さなければ、無いことと同じなんだよ。アレックス、君だって隠していれば、そのまま無いことにして、彼女と接しつづけるつもりなんだろう? 知ってるよ、それは過去の僕だ。君が殺した、稀代の天才ピアニスト。芸術街の姫。妻・アマンダに隠しつづけた、僕の収集癖とよく似てる。アレックス、君だって捕まえた悪党の命なら、どんなにむごい殺した方をしたって良いと思い込んでるんだろう? だから、寄生虫を使って拷問殺害をしようなんて思いつく。それは、人の持つ″獣性″。僕から見れば、おぞましい残虐だ」


 『百面』は見透かしたように俺を見つめる。


 俺があの男と同じなど、ありえる訳がない。


 俺は世界を綺麗にするために、必要な手順を着実に踏んでいるだけだ。


 汚れた白シャツを漂白したいなら、シミをひとつずつ消していくしかない。


 部屋を綺麗にするため、ゴミ掃除が必要なのと同じだ。


「そうだよ、ゴミの掃除は必須だ。僕もその意見には賛成だ」


 心を読んだかのように『百面』は言った。


「僕は真の意味で世界を救いたい。そのためには、必要な経費が出ても仕方ない。アレックス、君が世界を救うために手を汚すのを覚悟したように、僕は″より大きな汚濁おだくを飲み干す覚悟″をしたんだ。ファントムシティだけじゃない。この街を犯罪都市に変えようとも、闇の世界で力をつけ、本当に殺さないといけない者たち……″敵″を殺す。そして、より大きな世界を救う。これが肝要だ。僕はね、君のような中途半端に手を汚す正義のヒーローが大っ嫌いだ」


「そのための犠牲が、毎晩路地裏でレイプされる女性たちか? 飢えて神殿に足を運んでも、蹴り返される孤児たちか? この街は死につつある。すべてのお前の手引きした凶悪犯罪のせいだろう!」


 俺は叫び、鉄格子に、拳で叩きつけた

 

 金属のひしゃげる音に、『百面』は目を見張り、少女たちからは悲鳴が聞こえる。


「……アレックス、君はわかってない。この世界はね、ひとつの都市なんて目じゃないほどの危機に瀕している。君には″まだ″見えていないだけだ。僕はね、1000万人を救うためなら、手ずから500万人の首を斬り落としても構わないと考えてる」


「ッ」


「正義とは″量″を救う戦いだ。アレックス、知ってるかい? 暴行され、遊び殺される被害者も、それをするゴミも、問題を見て見ぬ振りをする政治家も、薬物をまんえんさせるブローカーも、変態趣味に人間を消耗する貴族だって、″みんな同じ人間″だろ? すべては有機的連帯のすえに、複雑に結果をなして、世界を救うための″必要経費″だよ。人間をより多く生かすことが正義だ。その質は問題じゃない」


 有機的連帯?

 すべてが必要経費だと?

 人間を質より量でとるだって?


 こいつは大きな勘違いをしている。


「『百面』、お前は神にでもなったつもりなのか。都合よく自らの歪みには目を背けて、生み出した混沌と残酷は、世界を救うためだとのまたう。お前こそ何もわかってない。『正義の施術』とは、無限につづく戦いだ。いつか敗北し、死に絶え、汚泥に顔を沈めるその瞬間まで、世界から悪を根絶しようとする働きのことだ。大事なのは善良を生かし、ゴミを可能な限り世界という母胎から″切除″することにある。正義とは″質″の戦いだ」


「……そんなものが、いつまでも、君ひとりの手で続けられるとでも? 悪は人が醜いかぎり無限に湧いてくるよ。君はその湧き出るシミの処理だけで手一杯になり、本質的にシミの絶対量を減らすための戦いに向き合えない。君のいう正義のヒーローは破綻してるんだ。机上の空論。孤独に戦っているだけじゃ、決して勝てないよ。悪事を働こうと思う存在たちの、すべての心をくじき、やめさせる、道を外れたら必ず制裁にしにくる恐怖の悪魔にでもならない限り、絶対に不可能だ。僕にはね、正義のヒーローが恐怖を運ぶ悪魔になれないことを知ってる」


「勝手な事をぬかすな。お前には無理だった、それだけのことだ。俺にはできる。お前が正義を志すというなら、はやくそこから出てきて、俺に殺されろ。道を外れたゴミには、等しく恐怖を運ぶ。それが、正義のヒーローなんだろ? 世界には、もっともっと、殺さないといけないゴミが溢れかえっている。こんなところで時間をかけてる余裕はない」


 俺は腐食の進む鉄格子を、もう1度、思いきり殴りつけ、亀裂をいれさせた。


「いいだろう、君が真に手を汚さず、君の考える甘すぎる正義のヒーローに本当になれると信じているなら、その心を砕こう。……アレックス、足元を見るといい」


 『百面』は言った。

 床に開いている無数の穴のことを言っているようだ。


「僕の手元の操作で仕掛けは作動し、その穴から槍が飛び出すようになってる。もちろん、逃げ場のない檻のなかの可愛い少女たちは死ぬだろう。この部屋にいたら、アレックス、君も死ぬ。だが、もしかしたら君ひとりなら生きれるかもしれない。隠し玉があるだろうから」


「この穴は、そういう事か……」


「冷静じゃないか。まあ、いい。右と左、好きな方を救うといい」


 『百面』は左右の鉄格子を指差す。


「左に6人、右に4人だ。左の6人は困窮にあえぎ、路地裏で裕福な市民を襲ってお金を奪った経験のある″犯罪者″だ。右の4人は貧しくとも、犯罪には手を染めなかった″善良″だ。さあ、よく考えて、その女神から与えられた力を使うといいよ。君が大嫌いなこの『犯罪顧問』が、君自身を本当の正義のヒーローにしてあげよう」


「……」


「沈黙か。ふふ、すこしは、怒ってくれると思ったけどな。さあ、いくよ?」


 『百面』はそういって、手を大きくふりあげて、手元の大きなレバーを引いた。


 ニヤニヤと笑う彼が何を期待してるのか、彼の考えを聞いた今ならよく理解できる。


 彼の思う、正義のヒーローとは手を汚すことをいとわず、より多くの人間を救う存在らしい。


 やつは″人数″こそが大事だと言う。


「俺はそうは考えない。その答えを教えてやる」


 俺は静かにつぶやいた。


「っ、なぜだ。なんで、機構が作動しない……」


 『百面』は堅牢なガラスの向こうで慌てはじめる。


 そして、気がついたようだった。

 俺が何をしたのか。


「腐らせたな、アレックスッ!」

「俺は空気中の微細な細菌の振動から、空間を立体的に理解できる。この部屋の床はどういうわけか金属製だった。音ならよく響いたさ。足元の穴のさきに、射出される槍がかくされ、その仕掛けが眠ってることは、部屋に入った瞬間から気がついてたわけだ」」


 俺は言葉をきり、今まで床下を腐食させるためにまわしていたスキルのリソースを、鉄格子を腐らせるほうへまわした。


 すると、みるみるうちに鉄格子は腐り落ちて、簡単に引き裂くことができた。


 檻から出てくる少女たちへ、すぐにこの場から立ち去るように伝える。


「あぁ、残念だよ、アレックス、君に正義のヒーローになる機会をあたえてやれなかった」


 『百面』はそうつぶやき、ガラスの向こうの部屋からよたよたと、杖をついてでてきた。


「諦めたか」


 俺は剣をかるく持ち直し、彼へ近づく。


「……いや、まったく?」


 『百面』は低い声でそう言った。

 そう思った瞬間ーー彼は姿をかき消した。


「っ」


 俺は目を見張り、視界右からせまる敵意を腕でガードした。


 床をすべり、向き直るとそこには杖を振り抜いた、ソフトマッチョな老紳士が立っていた。


のスキルは〔多重人格たじゅうじんかく〕。もうひとつが〔百面ひゃくめん〕だ」


「マルチスキルホルダー、だと……?」


「ハハ、世界は広いだろう? 魔女から教えてもらった『限定法』をアマンダに伝えたのは僕自身だ。もちろん、僕もある″限定″をすることで自分の力を高めてる」


 『百面』はニコリと渋い笑顔をうかべ、仕込み杖からサーベルのように細い剣を抜きはなち構えた。


「全部で100個ある人格のうち、99個においては、オレのレベルは2しかないが、唯一の″オレ″だけは160レベルになれる特異限定だ。オレこそは″最強の人格″だ。さあ、それじゃ踊ろうか、正義ヒーローどの」


 『百面』はそういって、影を落とさぬ神速のふみこみで、せまって来た。



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