第21話 最後の四天王
ーーミセス・アマンダの死亡と同時刻。
「これは、これは信じられない残虐性だよ」
暗い部屋のなか、老齢の男は、頭を抱えていた。
今しがた観測した、予想を上回る戦力に彼はついぞ予想しえなかった終わりを予感していたのである。
「どうしましたか、ボス」
「なに、例の男が四天王を蹴散らしてここに来ようとしてるということさ」
「アレックス・アルドレアですね。わたくしが直接行って来ましょうか?」
「……いや、まだいい。君はここにいてくれ」
老齢の男は、深呼吸をくりかえして、そっとベッド脇の写真に手を伸ばした。
写真には、美しい少女と、彼女の肩に手をまわす中年の男が笑顔で映っている。
「……」
老齢の男は、深くため息をつき、瞳をとじた。
ありし日の渇いた思い出に水をさし、色を鮮やかにかえるがごとく、彼のくたびれた心を、幸せだった日常がかけてぬけていく。
「……アマンダをしりぞけるとなると、困った。僕自身が相手しようとも思ったけど、″どの僕″も彼と戦わないほうが良いと言ってる」
老齢の男はゆっくり目を開け、涙をはらって、ベッドからヨタヨタと起き上がった。
「ボス、お手を」
「ぁ、あぁ、助かるね」
かたわらのたくましい体格の男は、老齢の手をひいて、部屋の外へと案内していった。
「アレックス・アルドレア……やれやれ、お互い、辛い戦いだ。でもね、僕は知ってる。君の行き着く先を……さぁて、どこまでクズになれるかな」
⌛︎⌛︎⌛︎
音楽ホール地下のアジト、その最深部へやってきた。
ミズ・プリンセスを埋めた区画から、数人の構成員を殺害したさきには、白亜の城とも見間違う荘厳なる大空間があった。
天井は高く、どこまで続いているかわからない。
大空間は彫刻の刻まれた、いくつかの柱によってささられており、黄金の燭台があちらこちに置かれている。
まさしく、王の間とでも言うべきか。
ただ、一見して清廉と威厳あるこの場に、誰が見ても違和感と不気味さを感じるものがある。
顔だ。
もっと言えば、生首というべきか。
王の間には、奥へとつづく道のわきに等間隔で人の頭が並べられているのだ。
どの顔も美しく、若い、女性のものだ。
化粧され、おだやかに眠っているようにも見える。
これが奴のコレクションという訳か。
どこまで醜悪で、おぞましく、悪に染まっているのか。
俺が顔をしかめて奥へと向かうと、その向こうから声が聞こえてきた。
「やあやあ、ようこそ、僕の城へ」
王の間の最奥、玉座の裏から2人の人間が出てきた。
ひとりは筋骨隆々で、腰に剣をさげた男。
もうひとりは、枯れた手で杖を突いて歩く、弱り果てた老人だ。
「お前が『犯罪顧問』……『百面』か」
俺は老人へ、最後の確認をする。
老人はそれを受け、シワだらけの顔で口を左右におおきく開くと「だとしたら、どうするのかな?」と
すかさず、メスを投じる。
「させん!」
ーーギィン
すぐ横の男が剣を抜いて、『百面』へのメスを斬り払った。
そこそこ、やれる、みたいだ。
『百面』は小気味良い金属音に、遠くなった耳を澄ませるような、ふざけた動作をしてから「うんうん、それじゃ御前試合と洒落込もうか」と言って、杖で床を二回つついた。
すると、柱の裏、天井、玉座の裏手から、黒い装束に身を包んだアサシンたちが姿をあらわす。
「暗殺ギルドから″群影の衆″の皆様にお越しいただいた。せいぜい楽しんでくれたまへよ、『白衣の死神』」
『百面』はそう言って、玉座に腰掛ける。
王の間の暗殺者は全部で22人。
余人には決して知れぬ、かの暗殺組合に属する本物のアサシンたちか。
単純な戦闘能力なら、勝利を収められるが、この状況では生還を確実にはできない。
彼らもまた、どちらかと言うと俺と似た戦いを好むだろうしな……毒も警戒すべきだな。
思案していると『百面』のとなりにいた筋骨たくましい男が進みでてきた。
「幻影四天王がひとり、ミスター・アゲインボルト。我が王の御前、俺が負けることなどありえないが……せいぜい楽しませてくれよ、イカれた殺人鬼」
ミスター・アゲインボルトは、ニィッと笑って、得意げに剣を上段に構えた。
「楽しむ時間があればいいな」
俺はそれだけ告げて、メスを手に取る。
ミスターは眉をひくつかせ「むっ!」と息を鼻から吐き捨てて、走りこんで来る。
シャクに触ったらしい。
「はぁあああッ!」
ーーメシメシィ
嫌な音がなる床。
「っ、凄い馬力だ」
強烈な踏み込みのせいで、大理石の床が放射状にひび割れてしまっている。
ミスターは未曾有のパワーでふられる剣を思いきり横薙ぎにはらった。
俺はその動作に反応して、後退して避けようする……だが、すぐに行動を修正して、しゃがみによる回避に切り替えた。
瞬間。
俺の背後の柱たちと、醜悪なオブジェたちが一気に水平にスライスされて破壊された。
やはりか。
きっかけはわずかな違和感。
すこし大振り過ぎるとは思ったが、しゃがんで正解だった。
こいつのスキルは……親父と同じだ。
風の放射。
あるいはそれに近い系統だろう。
剣筋を高圧縮された爆風でなぞって、見えない斬撃を飛ばすのは、この手のスキルホルダーの大好物だしな。
「ッ、俺の刃を見切ったか!」
目を見開き、声を荒げるミスター。
俺は地面を蹴ってミスターの、太い首にメスを走らせる。
と、その時、ミスターが片手を大きくひろげて、こちらへ手のひらを向けてきた。
「死にさらせ、殺人鬼ッ!」
彼の手のひらの辺りの空間がゆがむ。
同時に、不可視の死が俺の眼前にせまった。
ミスターのニヤつく顔が、死の奥に見える。
手から放たれるスキルは、器用さを要求しない事から高いパフォーマンスを実現しやすい。
つまり、こっちの方が攻撃に加えられるパワーが大きい。
必殺の二段構え、というわけだな。
だが、残念なことに……これも見たことある。
「残念な二番煎じだ、ミスター・クズ」
俺はミスターの大きな腕を、通行先の余人を手でどかすように、何気なく横にずらして、手から放たれる爆弾気圧を外させる。
そうやって出来たごくわずかな時間。
俺の妙技にかつもくするミスターの首筋へ、たやすくメスを走らせることができた。
「ヌゥお?!」
背後で鮮血を撒き散らしながら、巨大な筋肉塊が倒れる。
俺は血のついてないメスの刃を、かるく斬りはらい、すぐに玉座に腰掛ける『百面』へむけて、ポケットから小瓶を取りだして投げつける。
「はぐっ!」
目を見開いて驚愕していた『百面』は、小瓶を顔にくらい、額から血を流しはじめた。
彼は俺がなにをしたのか悟ったらしく、すぐに暗殺者たちへ「そいつを殺しておけ!」と叫ぶと、玉座の裏へ逃げていってしまう。
俺はぞくぞくと前に進みでてくる暗殺者たちを
「さあ、掛かってこい。お前たちに恨みはないが、殺さなくちゃ奥には通してくれないのだろ」
俺はそういって、連携をとって襲いかかってくる暗殺者たちを、片っ端から斬り伏せていった。
⌛︎
⌛︎
⌛︎
ーーしばらく後
血のついてない剣を斬りはらい、俺はすべての暗殺者を殺し終えたことを確認して、玉座の裏手へとまわった。
さっき『百面』に投げつけたのは、個人を確実に殺すために大瓶からすこしだけ分けておいた『人喰いバクテリア・β』だ。
奴が逃げる直前に、感染したのは確認したのでまず、間違いなく奴は死ぬだろう。
だが、死体を見ないと安心はできない。
「どこに隠れてる。出てこい『百面』」
俺は剣で壁をたたいて音を反響させる。
空気中をただよう無数の細菌たちの、微細な揺れで空間サーチをかけて、最深部の構造に関して立体的に理解をふかめた。
そして、ついに奴を見つけた。
⌛︎⌛︎⌛︎
「やあ、待ってたよ」
俺は最深部の奥に隠された、無数の歯車がまわる機械仕掛けの部屋で、『百面』と相対していた。
散歩中、出会った知り合いに手をあげるがごとく、奴の気安い態度は、とても殺人バクテリアの苦しみに対抗して、痩せ我慢してるようには見えない。
なぜ、死んでいない?
確実に感染してるはずなのに。
疑問は尽きなかったが、それよりもさらに俺は、機械仕掛けの部屋の左右に囚われた10人のうら若い少女たちが気がかりだった。
難解な鉄格子が、部屋の左右にはあり、左の鉄格子のなかは6人の少女、右の鉄格子のなかには4人の少女が囚われている。
「『白衣の死神』、ゲームをしよう。このゲームの勝者こそが″正義のヒーロー″だ」
『百面』は笑みを深めて言った。
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