第18話 銀の剣士


 早朝にはまだ暗すぎる空。


 音楽ホール廃墟のまえの広場で、黒髪の少女は銀色に輝く剣をぬく。


 錆びつき、朽ちるばかりの、過去の遺物とかした銅像を背に、彼女は腰を落とした。


 俺は彼女の剣を見て、記憶のなかの情報のひとつとソレを照らしあわせる。


 ファントムシティで数ヶ月にわたり収集した、闇の世界の噂に、『銀剣』と呼ばれる凄腕の殺し屋がいると聞いたことがある。


 フリーランスで、金さえもらえばどんな対象でも抹殺するとか。


「お前が『銀剣』か」


 俺はたずねる。


 しかし、少女は意に返さず姿勢を低く落としたままーー。


 来るか。


 地面を踏み切り、少女の体が、一迅の風槍となって突貫してくる。


 俺は半身をひいて避け、おもむろにカバンで彼女と顔をぶったたく。


 が、少女は危うげなく体をそらせてかわした。


「……女の子を躊躇なく殴るなんて最低だよね」


 少女はボソッとつぶやき、斬りあげてきた。


 後方へスウェイし、避けて、俺は足をかるく持ち上げフロントキックで少女の腹を蹴り飛ばす。


「うぐっ!」


「人を斬りつけてくる敵に、性別は関係ない。俺はただ等しく脅威を排除する」


 とは言え、だ。


 ここはやや風が強い。

 それだけで、多くの細菌が使えなくなる。


 そして、度重なる襲撃で『人喰いバクテリア・β』も″奴″用をぬいて、ほかは品切れだ。


 殲滅タイプのバクテリアたちは、万が一にもケースのなかの瓶が破損することを考えて、大量には持ち歩かないようにしてるため、わずかに残された細菌たちは、アジト内に潜むクズをスピーディに処するため温存しておきたい。


 それに……彼女については、即死させる前に、確かめないといけないことがある。


 俺はポケットからメスを取りだし、握りこむ。


「『銀剣』、ひとつ聞いていいか?」


 俺は鋭く睨みつけてくる彼女へたずねた。


 彼女は黙ったまま、ふたたび突っ込んでくると迷わず斬りつけくる。


 縦横、左右、あらゆる方向から、まるで俺の技量を確かめるように打ち込まれてくる剣を、メスの刃でそらして受け流す。


「っ、なに、なんでよ、なんで、そんな、ちっちゃい短剣で!」


 眉をひくつかせ、イラつく少女は感情のあらわれた突きをはなった。


 ーー剣を振る時、一切の感情を捨てろ


 子供の頃、父親から何度も言われた言葉が頭をよぎる。


「喋るな、ゴミ人間」


 俺は思い出したくもない記憶を封じ込め、少女の甘い突きをかわし、右手親指の筋肉をメスで切断した。


 これで剣は握れない。


 同時に、流れる動作で、少女の硬い腹筋に膝蹴りをいれ、ひじで顔面を打つ。


「ぐ、っ、調子になるな!」


 涙目で鼻血をだす少女は、俺の脇腹に左フックをいれると、下段、中段、上段と息もつかせぬ三段蹴りをお見舞いしてきた。


 内側に響いて、体幹を崩してから熟達の蹴りに、思わず目を見開いてしまう。、

 

 この子は強い。

 

「俺より若いのに、こんなに強くなれるものなのか。ーーまだ、俺のほうが上手だが」

「?!」


 俺は少女の最後の蹴りである、上段を、首と肩で白刃取しらはどりし、それに動揺して固まる少女の顔を思いきり殴りつけた。


 倒れこみそうになる少女の足を掴み、力一杯振りまわし、錆びた銅像へ投げつける。


「うぐあ!」


 背中から銅像に叩きつけられ、少女は悲鳴をもらすと、地面に倒れて、虫の息という言葉がぴったりのように動かくなってしまう。


「っ」

「うりゃああ!」


 近づくと、少女は顔をあげて、左手に握った剣で斬りかかって来た。


 死んだふり、か。


 速さの乗ってないそれを、かわして、彼女の左手首を手刀でたたいて武装を解除させる。


 そうして、暴れる少女を無力化しながら、俺は羽交締めにして、拘束した。


「離せっ! このっ、イカれた殺人鬼め!」

「静かにしろ」

「私は、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ! 離せよ、ガブガブっ!」


 腕を凄い噛まれてるが、まあいい。

 

「ひとつ質問していいか」


「ガブガブっ!」


「……少し話をしよう。『銀剣』、お前は闇の世界の住人を殺しまわってる、フリーランスの殺し屋と聞いたが」


「ガブガブ、ガブガブぅ!」


「俺はこんな噂も聞いた。『銀剣』には先代がいたと」


「ガブガブ、ガブ……っ」


「先代の名前はロンギス・パトリ。俺の調べじゃそいつは表向き、果樹園を営む普通の男だったそうだ。ただ、ある時、こつぜんと闇の世界から姿を消し……そして、また現れたという『銀剣』は姿が違っていた」


「ガブガブ……」


 少女の噛みつく力がだんだん弱くなってくる。


 俺は昨日の昼に『アルドレア医院』に届けられた果実のことを思いだす。

 

 あの果実をもってきたのは少女の名前はマア・パトリ。


 話によると、彼女の果樹園はどうやら『火炎病』という、木が燃えた後のようになって、枯れてしまう恐ろしい病に見舞われて、数シーズン前から閉園の危機に瀕しているらしかった。


 同時に彼女と、その妹は自分たちと同じで身寄りのない子どものために、孤児院を運営してるらしいが、果樹園での収入がなくなり、極めて危険な状況らしい。


 どうやって、果樹園と孤児院のふたつを維持しているのかと、俺が聞くとマア・パトリは、父親から剣術を継承した妹が、冒険者をしてお金を工面してくれていると答えた。


 俺が聞いたのはそこまでだ。


 その後、人間の病気以外にも興味をもって、かるく調べた結果『ハイアラキ・インフェンサ』という細菌に果樹が感染することで、例の『火炎病』が引き起こされるらしいと知った。


 俺は、かいつまんで、腕のなかで暴れなくなった少女に俺の考察を言い聞かせていく。


「ひとつずつ紐解くと、あることに気がついてな」


 俺は腕のなかの少女の衣服に付着した『火炎病』を引き起こす細菌を、すべて彼女から除去してつづける。


「最初の質問をしよう。『銀剣』、お前の名前はレイス・パトリ。マア・パトリの妹だな?」

「……がぶ」

「無駄な抵抗はよせ」


 少女ーーレイスは噛みつくのをやめ、キリッと睨みつけてくると膝で俺の腹を叩いてきた。


 かなり痛いが、我慢する。


「お姉ちゃんに手を出すなっ! このイカれた殺人鬼め! 殺してやる! 離せ、離せよ!」

「ぐふっ……落ち着け。俺は敵じゃない。明らかに冒険者の報酬じゃ、果樹園と孤児院の経営なんかできないことも、お前の姉には黙っておいてやる。この仕事をしてるのも、孤児院と家族を守るため……お前の思う正義のためなんだろう? 俺は味方だ」

「……がぶ」

「もう噛むな。……いいだろう。お前もまた俺と同じ正義のために、手を汚す道を選んだとわかった以上、仲間を見捨てるわけにはいかない」

「?」


 俺はレイスを離してやる。


 すると、レイスはすぐさま銀の剣を拾いあげ、思いきり突きをはなってきた。


 俺は避けず、微動だにしない。


 ーーギィン


「……」

「……」


 ペストマスクの横をかすめて、銀の剣の先端が背後の銅像に突きささる。


「……港の8番倉庫。そこに、大金がある。犯罪者どもが取引しようとしていた金だ。それをやる。アブナイ葉っぱもたくさんあるが、そっちは持っていくな」

 

 俺がそう告げると、レイスは目を見張り、ポカンとして年相応の少女の顔をする。


「雇い主は『百面』か」


 俺の質問。


「……」


 レイスは答えない。


 ただ、


「……この先、『犯罪顧問』が逃走の準備をしてる。殺したいなら、はやくするといいよ」


 レイスはそう言って、銀の剣を鞘におさめた。


「……私は、闇にひそみ、悪を断つ″銀のつるぎ″だよ。お前みたいなイカれた殺人鬼なんかとは違う。『白衣の死神』、今回は見逃してやるけど、時が来たらお前の命がどっち側なのか、見定めて……必ず……」


「ああ、そうするといい。せいぜい、君を殺すことにならない事を祈ろうか、レイス」


 レイスは目線鋭く俺を睨み、銀剣を片手に、音楽ホールまえを立ち去った。


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