第19話 幻影の姫

 

 『銀剣』のレイスをしりぞけて、俺は廃墟と化した音楽ホールへとはいった。


 なかは荒れており、フロントには音楽ホールが現役だった当時の広告が残ったまま、かつての煌びやかな日常を感じさせる。


 スキル〔細菌碩学さいきんせきがく〕で、淀んだ空気に潜む細菌たちを動かしてサーチをかける。


 こうする事で、俺はわずかな空気の流れから隠された通路を発見できる。


 まあ、入口は聞き出してるが。


 他にも、探索方法はたくさんある。


「ホコリが寄ってるな」


 床のホコリの累積具合から、よく人が歩いているだろう通路を探知する。


 俺は現場に残された痕跡をおって、劇場へと足を踏みいれた。


 劇場で空間サーチをかける。


 拷問したあの男の言う通りだ。

 どうやら、第一劇場から地下のアジトに降りれるようだ。


 と、その時ーー。



 音楽が流れだした。



「っ」


 前触れなく響きだしたのはピアノの音。


「あら、マスクをつけたままだなんて、無粋なのねぇん」


 観客席がならぶ大きな劇場。


 その最奥に、ピアノを引く女性を俺は発見する。


 豪華な巻髪で、赤いドレスを着た彼女は、俺より、二回りほど歳を重ねた、熟しきったマダムである


 ありし日の彼女は、さぞ男たちの愛を集めただろう、可憐さの片鱗を兼ね備えていた。


 美しい音色を奏でつづける演奏者には、これといった脅威は感じられない。


 片手にブリーフケース、片手をポケットに突っ込んだまま何気なく近寄ってみる。


 マダムは濃い紅で、艶やかに塗られた唇をゆがませて、魅惑の眼差しをむけてきた。


「二枚目オーラがぷんぷんするわぁ。その割にミルク臭いわねぇ……イケメン童貞なんて最高じゃない♪」

「悪いが、年上はあまりタイプじゃない」


 俺は一言告げ、舞台のうえ、ピアノを弾くマダムの数メートル背後にたつ。


 マダムは激しく鍵盤をたたき、演奏を不協和音の響きで締めくくった。


 立ちあがり、こちらへ振り返ってくる。


「アレックス・アルドレア。顔も知ってるわ。レディの前よ、そのおかしなマスクを外してはくれないのかしらぁ?」


 マダムはそういい、不敵に微笑んだ。


 俺はそれを聞き、思ったより『百面』のほうが俺の正体に迫っていたことを知った。


 数ヶ月に渡る、水面下での戦い。


 そうか。

 やつは俺の正体に辿り着いていたか。


 マダムは俺の怪訝そうな顔を見て、「あら、黙っちゃって可愛いのね♡」と唇をとがらせる。


「安心しなさい。あの人があなたの正体にたどり着いたのは、ついさっきよん。この数ヶ月、確実に組織のネットワークを破壊され続けたから、つい″本気″だしちゃったみたいなのよぉん」


「ならお互いに王手をかけたのは同時というわけだ」


「ふふ、そうねぇ、夜明けまでに『白衣の死神』が悪のカリスマを終わらせるか『百面』が狂気の殺人鬼に引導をわたすのか……」


 マダムは「どっちかしらね♡」と言い、鍵盤の裏に隠してあった短剣を手にとった。


「ここに来たってことは『銀剣』の娘を倒したってことよねぇん。……ウフフッ、楽しませてもらうわよぉ!」


  マダムが駆け出して、短剣を突き出してくる。


「愚かだな」


 俺は軽く避けて、彼女の頸動脈にメスを走らせて、一息で戦いを終わらせる。


「ぁ、ぐ……っ」


 マダムは苦しみにあえぎ、崩れ落ちた。


「あの人、と呼んだな。悪魔に惹かれた女ならば、同様の苦痛をあたえるべきだったか……」


 メスを除菌してポケットにしまう。


「ん」


 ふと、俺は妙な違和感を覚えてふりかえる。


 何かがおかしい。

 手元に残る殺人の重みが軽いことが、俺を見えない不安におとしいれる。


 俺が振り返った背後。

 そこにマダムの死体はなかった。


 首筋を嫌な冷たさが駆け上ってくる。


「ウフフ……そのとおり。私は『百面』が認めた女よ。ここであなたを足止めするよう、あの人に頼まれた」


 俺の背後から声が聞こえた。

 ふりかえると、ピアノに腰掛けて足を組むマダムがいた。


 俺はそれを見て、確信を得る。

 自分に何が起こっているのか。


「……幻術か」


 事態を理解した時……俺のペストマスクの止め金が断ち切られ、舞台に落下した。


 俺の知覚を越えて、さっきの短剣で斬られたわけらしい。


「あらぁ〜良い男じゃなぁ〜い♡」


 どこからとも無く聞こえてくる声。


 俺は音の反響から位置を特定して、マダムの頭に狂いなくメスを投げ刺した。


 マダムは笑顔のまま事切れる。


 だが、瞬き数回のうちに、その姿を無数の赤い蝶々にかえて消えてしまう。


 完全に彼女の術中にハマってしまったようだった。


「私の幻術は絶対に破れない。その秘密は『限定』よぉん。あの人を害するものを仕留めるために、調整された決戦仕様、だから、もう一度かかった獲物は逃さないのぉ♡」


 またしても、声する方へ、メスを投じる。


 確かに当たった感触はある。


 横断幕の後ろで人が倒れる音がする。


 だが、あれも恐らく″演出″なんだろう。


「それじゃあ、一緒に楽しみましょぉん。時間はいくらでもあるわぁよぉ〜。私のすべて、全身全霊、どこまで耐えられるかしら、まあ……ぁ」


 最後の俺の視界に現れたマダムは、そう言って、自身の体を無数の蝶に変化させて姿を消してしまった。
















         ⌛︎⌛︎⌛︎












       残念なことだ。


  マダムの幻術を解くことはできない

 

  俺のもつ細菌をどんなに工夫しても


   俺の知識をどんなに動員しても


      この能力は異常だ


 スキルパワーがあまりにも強大すぎるのだ












     永遠にも思える時間

  俺を朽ちた音楽ホールをただよった


 

      「魂への幻術?」


    「ありえないとでも?」


    「いや、驚いただけだ」


  「この世界には、

 あなたの知らない秘密がたくさん、

        たくさん眠っているのよ」


   「……まだまだ勉強すべきか」


 「ウフフ……それじゃあ

   まず、手始めにこの『幻影』が、

    ピアノを教えてあげましょおか?」


     「教えられるのか」


  「私はかつてこの音楽ホールで、

万雷の賞賛をあびつづけた姫だったのよぉ」


       「……」


 「多くの男を虜にして、

   そして夜明けを迎えるころには、

       ナイフでひと刺し……。


  だけど、彼に会ってから

     私は人を殺さなくなったわぁ。


    アレックス・アルドレア


 これは万人の心を惑わした『幻影の姫』

   

    その最後の″舞台″なのよぉ




























       だから、お願い





















   私が愛したあの人ため、死んで」







































     「それは出来ない





















     俺にはまだやる事がある」































          ⌛︎

          ⌛︎

          ⌛︎























 

「っ」

 

 暗い暗いまどろみ。


 私の意識は亀みたいにノロマな覚醒する。


 白か、黒か、新しいのか、古いのか。


 判然としない記憶。


 私は軽やかな音楽の音色に、無意識に耳をかたむけていた。


 私好みの水のせせらぎのような優しさ。

 

 男をかどわかし、食い殺す蛇の家。


 私のすべてが終わっていく……。


 離れていく。


 朽ちていく。


 錆びていく。


 忘れられていく。


 消えて……しまう。


「……ぅぅ、ぁあ」


 私は声をうめき声をあげる。


 みっともない、悪あがき。


 あの頃の私なら、きっとこんな醜い自分を刺し殺してる。


 愛に溺れさせても、愛には溺れない。


 そんな私だったのに、いつから……。


「ぅ、ひゅぅ……ひゅぅ……」


 まともに喋るのも、辛い。


 私に構わず、ピアノの音色はだんだんと、小さく、寂しくなっていき、ついには演奏は終わってしまう。


 他に誰もいない観客席に座る、枯れた私のもとへ、その男はピアノから離れてゆっくり歩みよって来た。


 銀色の髪に、薄水色の瞳。


「ぁ、ぁ……ほん、とう、良い男ねぇ……」



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー7年後


 朽ちた劇場の舞台のうえ、俺は老婆と成り果てて、息を引き取ったマダムを見送る。


「俺の勝ちだ」


 俺はそう言い残して、ブリーフケースを拾って立ちあがる。


 あまりにも長い時を、あの幻惑のなかで過ごした。


 だけど、大丈夫、まだ間に合う。


 幻術世界と現実世界の時間の乖離かいり比率は0:1だ。


 これはマダム自身が言った言葉。


 つまり現実世界では、俺が幻術にかかってから、まったく時間が進んでいないことになる。


 俺が出会ったなかで、最強のスキルパワーをもつ、恐ろしい難敵であった。


 マダムがあれほどのスキルパワーを手に入れるに至ったのには理由があるらしい。

 スキルに関する特殊な技能『限定法げんていほう』なるものによる、究極の限定……マダムは幻術世界でそう教えてくれた。


 マダムの己のスキル使用に課したルール。


 それは、もうずっと昔の……。

 固い固い、ひとつの誓いを破る事だった。


 ″二度とスキルを使わない″


 それは、愛を知り、自分を律した女の最大の警句であったはずだ。


 だが、それを破った。


 彼女は愛する男のために麗しの姫君であり殺人者だった全盛期以来の、20余年ぶりにして、最後のスキルにより俺を封じたのだ。


 他にも多重で『限定』を掛けることで、スキルパワーを高めていたらしいが、その多くは教えてはくれなかった。


 俺が勝ったのは″精神力″でマダムに勝ったから。


 からだ。


「はぁ……『幻影の姫』、親父の手で3年間、地下室に閉じ込められた経験がなければ負けていたかもしれないな」


 俺は床に安らかに眠る老婆へふりかえる。


「……舞台は閉幕だ」


 俺は一言残し、アジトへ向かうべく劇場の裏手へと歩きだした。


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