第36話 黄泉の重戦車
蟇目は装甲に覆われたようになった満弦の周りを飛び回る。
時折速度を乗せた攻撃を加え、岩のような外皮に傷を付けた。
強度としては蟇目の爪の方が勝っているようだが、このまま傷を付けていった所で外皮の下が見える事はなさそうだ。
満弦に血を流させようというのは、爪切りでコンクリートの壁に穴を開けようとするくらい途方もない事のように思えた。
蟇目は攻撃を加えながらも装甲の弱い部分を探す。
まず考えられる事は関節。どんなに硬くても曲がる以上、構造上接続部分がある。
そして機械でないのならばそこは生身であるはずだ。
しかし関節もウロコのように細かく装甲に覆われ、全くの生身と言うわけではない。
しかし他より弱い部分であるには違いない。
関節の外側に当たる部分にはウロコがあるが、内側にはないはずだ。
つまり脇の下、肘の内側、膝裏が弱点だ。
仁王立ちではなく、防御態勢で内側を守っているので間違いないだろう。
翻弄し続け、隙を窺い、確実に急所を狙う。
蟇目は死角から死角へと飛んで攻撃を続けていた。
「ぬるいなぁ。壬生の奴の方がまだ鋭い攻撃だったぜ」
いくら硬いとは言え生物である爪と、鋼の刃では比べるべくもないが、それでも蟇目は若干対抗意識を燃やしてしまう。
今までより強い一撃を加えようとした蟇目は、突然強い打撃に吹っ飛ばされた。
空中で体勢を立て直し、地面をスライディングしながら着地する。
満弦の体勢からして、腕で突進を叩き落とされたようだった。
この巨体、重量からあんな早い攻撃が来るとは、と蟇目は迂闊さを自嘲する。
「武道の腕ならアンタの方が上だろうけどな。オレも喧嘩の場数は踏んでんだ。攻撃のパターンを予測する事くらいできるぜ」
予想できたとしても動きが追いつかなくては意味がない。
蟇目とて戦いにおいては試合だけでなく、ルール無用の命の取り合いの経験でも負けていない。
当然攻撃のパターンを読まれる事など想定内だ。
読まれた所で、相手に対応できない範囲、方向からしか攻撃していないのだから問題ないはずだった。
それが突然、経験にはない種類の攻撃が飛んできた。
こいつには何かある、と蟇目は少し眩む頭を立て直して警戒を強める。
「確か前はそんな鎧じゃなかったな。どこで売ってるんだ?」
「第二形態ってやつさ。変身後に更なる進化を遂げるってやつだ」
「二段変身なんて誰に教わったんだ?」
「先生だよ。もういないけどな。まあオレが潰しちまったんだけどよ。どうもこれは意思だけでどうにかなるモンでもないみたいでよ。だからアンタに隠された力が覚醒して二段変身する展開ってのは期待しない方がいいぜ」
「そいつぁ残念だ」
「今は新しい先生がついてるからよ。前の奴より小うるさく無いから何か居心地がよくってな。この第二形態から戻る方法と新しい使い方を授けてもらった」
満弦は拳を上げて、パンチを打つ前の体勢になる。
そのまま拳を突き出せば、生物など一溜りもなく潰れる事は必至だろうが、避けるだけなら普通の人間にでも出来そうだ。
だが肘の辺りが爆発するように弾けると、拳はロケット噴射のように加速した。
蟇目は地面に大きく窪みを作って撃ち込まれる腕を体を回転させるようにかわすが、地面に撃ち込まれた拳が爆発し、その反動で振り払った腕に弾き飛ばされた。
空中でガードしたものの、その衝撃に腕が痺れる。
「先生が言うにゃよ。どんなに硬くても生物の外皮。脱皮するように出来てるもんだってな。そんで細胞にはミトコンドリアがあって、熱を発せられるもんなんだってよ。それをコントロールできるようになりゃ、部分的に炸裂させて推進力にできるってわけだ。よく分かんねえけど、まあ実際できるんだからいいんじゃねぇか?」
装甲が弾けて無くなった部分は生身のようだったが、見る見るうちに装甲が形成される。
元々全身を一度に装甲化してのけるのだから、そこはそれほど驚く事ではないのだろう。
「言うまでもねぇけど凄いエネルギーは必要でな。限界はあるが三分一ラウンドくらいは戦えるぜ」
蟇目は目を細める。
相手がそう言った場合、その三倍の限界時間はあると見た方がいい。
蟇目とてあの推進力をかわし続けるのは限界がある。その言葉を真に受けて長期戦を仕掛けるのは浅はかなのだろう。
「ただ逃げる相手を追うのは苦手でな。逃げるんなら別に追わねぇぜ。オレも給料分の働きはしたから壬生の奴に加勢もしねぇし。つってもアンタはそんな腰抜けじゃねぇか」
実際追走するのに向いてはなさそうだ。その言葉に嘘はないだろうが、逃げないように徴発したにしては安い言葉だ。
蟇目の目的はマホメドに一泡吹かせてやる事だ。
ここはさっさと引いてマホメドの元へ向かうのが得策なのだろう。
満弦としてもそれはよろしくないのだろうが、それを止める事も出来ない。
だがマホメドの向かった先はなにやら煙が舞っていて怒声も聞こえる。
「あいつらの心配なんかしちゃいねぇ。戦いに来てるんだから覚悟は出来てんだろうよ。自分の面倒くらい自分で見られる奴らさ。オレがマホメドをぶちのめすより、あのガキにしてやられる方がいい気味だろうよ」
満弦は、この戦いを受けて立ったと解釈して戦闘態勢を取る。
「離れた所から隙を窺ったって無駄だぜ」
満弦が両手を突き出すと、その指が弾け、先が弾丸のように飛び散る。
「ぐっ!」
蟇目はそのうちの一発を腹部に受けて呻き声を上げる。
衝撃としては石をパチンコで発射した程度だが、元々蟇目は防御力においては高い方ではない。
加えて指先は狙って打ち出しているのではない分、どこへ飛ぶのか予想する事も出来きず、避けるのも難しい。
蟇目は指先の向いていない、背面に回るが、背の突起物が弾けて飛び、その攻撃を身に受ける。
飛んで来る破片も角があり、蟇目の体を傷つけた。
当たる瞬間、身を捻って防御しているとは言え、当たり所によっては深刻なダメージになるだろう。
蟇目は一旦距離を取って離れるが、満弦は足の裏を爆裂させて飛ぶ。
同時に腰、背、肘と爆裂推進し、一気に距離を詰めた。
そのまま加速したパンチを振り下ろすが、蟇目はギリギリの所でかわす。
「おっと惜しいねぇ。だが、捕まえたぜ」
満弦は懐に捉えた蟇目をその剛腕で掴む。そのまま抱きしめれば、全身の骨を砕く事が出来るだろう。
蟇目は岩のような胸板に掌を当てる。
「あんま調子に乗るなよガキが」
蟇目は強く地面を踏みしめ、張り手のように掌を打ち付けた。
結構な衝撃に満弦の体が僅かに動いたが、装甲には傷もつかない。
だが満弦は音を立てて膝をつき、そのまま力が抜けたように動かなくなる。
ガラスのような目からは意思の色が消えていた。
空手で言う所の裏当て。
外部ではなく内部へ衝撃を突き抜けさせる技。古くは鎧を着た相手を倒すための技法とも言われる。
加えて満弦は岩のような外皮に覆われている為、筋肉に力を入れての衝撃に耐える行動を全くとっていなかった。
そのため呼吸器に衝撃をまともに受けて一瞬で意識を失った。
蟇目は動かなくなった満弦を余所に、他の戦いの場へ目をやった。
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