幕間
狭間の住人
大都会に比べると、まだ自然が多く残った街並みと言われていた場所に、黒い雲を押し固めたような巨大な半球があった。
街一つ丸ごと覆うそのドームは、夜空よりも暗い色でどっしりと地面に沈んでいる。
太陽の下にあっても光を反射しないその表層は、そこだけ切り取ったように視界に黒い穴を開けるだろう。
しかし、夜である事を差し引いても道行く人はその異様な光景に見向きもしない。
気にしていない、と言うよりは見えていないようだが、誰もが球体の周囲に近づく事なくキレイに避けていた。
その黒い塊を二つの人影が見上げている。
「うわー。近くで見るとおっきいねー」
「正しくは見えているわけじゃない。光を返さないから色を判別する事が出来ずに黒く見えるだけだ。雲みたいに揺らめいて見えるのは、表面に近い空気で乱反射した光が、時間遅延の局所的な誤差でズレて目に入っているからだ」
ふーん、とニット帽を深く被った小さな女の子は聞いてるのかいないのか曖昧な返事をする。
「結局なんなの? コレ」
女の子は横に立つ黒い服を着た少年に聞く。
少年の腰には長い棒状の物が差さっていた。
「空間の歪みが時間を遅延させている。中心にある物体の
「じゃあ、中にいる人達は無事って事?」
「そうだ。この球体は狭間にある。外の者が気が付く事はないし、中にあるものは忘れられている」
「なんだ。私達と同じか」
「ブラックホールに似ているが重力場がないから自然に出来た物じゃない。誰かが空間を隔離して世界の理を侵した事になるが……」
「誰?」
「分からない。もしかしたら宗教的な儀式から偶然に出来た物かもしれない。いずれにせよ放っておけば本当に世界から消えてしまう」
「何とか出来るの?」
「やってみよう」
少年は腰に差していた長い物に手をかけてすらりと抜き放ち、白銀の光沢を放つ刃を球体に向ける。
横にいた少女はうわ……と小さく声を上げると距離を取った。
「お友達、生き返らせなくていいのー? 苦労してやり方探したんでしょう?」
「ソレはこの球体の中にある。ここを開けなければそれは果たせない。それに彼は死んだわけじゃない。御神木の鞘に仕掛けた式に添って形を変えていただけだ」
少年の持つ刀に刻まれた文字が、目まぐるしく光を放つ。
「どのくらいかかんの?」
「今の計算だと五十五万二千九百六十三秒」
少女は頬を膨らませて少年を睨む。
「封印が解けるまで六日半ってとこだ。無理矢理こじ開けるから、不整合が出ないように調整する時間が要る。どのくらいかかるか分からないが、世界に修復を任せたら、中の人達は狭間に飲まれる」
あーさいですか、と少女は投げやりに呟いて地面に腰を下ろす。
少年は目を閉じ、何も言わなくなった。
手に持った刀に刻まれたいくつかの文字だけが、キーボードを叩くようなリズムで激しく明滅する中、少女は諦めたように手を頭にやってニット帽を剥ぎ取る。
手を頭の後ろで組んで寝転がる少女の髪は白く、犬のような耳が生えていた。
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