時の壁を超えて

第19話 追憶は霧の中に

 魁はもやがかかったように重い頭を押さえながら起き上がる。

 起きる度に記憶が曖昧になる。

 あれから――マホメドが結界とやらを発動させてから何日経ったのかよく思い出せなかった。

 日中の行動にはそれほど差し障りは無いのだが、夜には酷く疲れたように眠りに入り、翌朝はこの有様だ。

 マホメドは世界の終焉だと言っていたが、本当に日本に核爆弾が落ちて、その影響を受けているのではないかと思う程だった。

 それは魁だけでなく、町中の人間が同じような感覚の中にいた。

 だがそれは日ごとに収まりを見せ、平常を取り戻す。

 魁は昨日と同じように鞄を持って学校へ向かう。

 なぜかずっとそうしていたように思うので習慣的に同じ行動を取ってしまったが、思考がはっきりしてくると、事態はそれどころではなかったのではないかとおぼろげながら思い始める。

「なんか……、十年くらい月日が流れたようですね」

 真一が教室の椅子に跨りながら事も無げに言ったので魁は頷く。

 結界の影響か頭がぼんやりとして、ほんの数日前の出来事だと言うのに随分前の事のように感じていた。

 感慨深く頷く魁に、真一は携帯を見せる。

「いえ……、ホントにあれから十年経ってるみたいなんですよ」

 魁の頭はまだ本調子ではない為、真一の言う事が分からず固まってしまう。

「だから……、結界の外は、僕らがいた時間の十年後なんです」

 魁は寝ぼけたように目をこすって真一が差し出す携帯を見る。

『突然消え、また突如現れた人達』

『現代の神隠しか』

 ネットの記事のようだ。

 話題にはなっているものの、大半は荒唐無稽、無責任な都市伝説の煽りとして叩かれている。

 魁は眉を寄せ、携帯のカレンダー――年号を凝視した。

 魁は勢いよく立ち上がる。

「そうです! マホメドは? 蟇目さんは? 燐花さんは?」

 あれからどうなったのか? なぜ今まで気にしなかったのか?

 魁の意識は完全に覚醒した。

「早い話が僕達は十年後にタイムスリップしたんです。マホメドは世界に終焉が訪れると言ってました。彼らの目的はそれを凌ぐためのシェルター等ではなく、タイムスリップによって終焉が過ぎた後の時代に行く事だったのなら……」

 それを街一つ巻き込んでおこなった。

 真一はネットであちらこちら調べている内にその結論に達したようだ。

「どうして大騒ぎになっていないのか。当然の疑問ですよね。だから僕もすぐには信じられませんでした。周りが何も騒いでないから、僕の勘違いなんじゃないかと」

 真一は眼鏡を外してレンズを拭く。

「結界のせいなのかタイムスリップの影響か、ずっと頭がぼんやりしているようでした。正常な思考が出来なかったんですよ。周りも皆そうなんじゃないでしょうか」

 そんな状態で何となく今まで通りに行動して、騒ぎにならないから何かの間違いだろうと次第に納得する。

 しかし十年という月日はそんなに簡単ではない。

 街の外は十年後、街の中の人達は十年行方不明だった。

 騒ぎにならないはずはないのだ。

 だから所々では神隠しだなんだと騒ぎが起こっている。

 それでも全国規模からすれば大都会とは言えない小さな街。信じられない人間の方が多いのだろう。

「そんな事。……あるんですか?」

「あるかどうかの可能性ではなく。現実にあるんですよ。それを知って受け入れなければ前には進みません。有り得ないからと納得する理由を探し始めれば、周りと同じようになんとなく受け入れてしまうんです」

 真一もそう訴えかけるネット記事を見て目が覚めたと言う。

 ある意味、理解できない事に直面した時の人の防衛本能だと言う。

 理解できない、しかし誰も説明できない――そのままでは人の思考は狂ってしまう。自分達が狂っているのかと思ってしまう。

 その結論と恐怖から逃れるための措置なのだ。それが思考に霧がかかった状態で拍車がかかったのだろう。

「まーた真一は。ミサイル基地の次は冥界の門。そんで今度はタイムスリップなワケ?」

 サクラが眠そうな目をこすって話に割り込んでくる。

「いや……、冥界の門はホントにあったじゃないですか」

 もっとも冥界の門というのも、世界が異常な状態になった元凶には違いなかったが、伝承に残る『冥界の門』と同一かどうかは分からない。

 真一はじっと前を見たまま動かない優美の後ろ姿に声をかける。

「優美さんはどうです? この事態をどう見ているんですか?」

 優美はガタッと立ち上がる。

「そうだよ。わたしどうかしてた」

 キッと普段見せない様な、怒りの籠った目で魁達を振り返り、携帯を見せる。

「プリズン・キュアハート! 終わっちゃってる!」

 は? と一瞬皆何の事か分からず固まる。

「最終回見逃しちゃったよ! なにこの『アイドル・マエストロ』って。やっぱりコレ見てたやつじゃないよ! しかも今3シーズン目って」

 今からついて行けるか! と怒りをあらわにする優美に皆溜息をつく。

「DVD出てますよきっと。その後のシーズンも全部」

 優美は「あっ」と小さく声を上げ、携帯に没頭しはじめた。

 魁達は学校を終えると、作戦本部になりつつある真一宅に集まる。

 いつものように蟇目にも連絡した。

 結界に関わった当事者でもあるが、結界発動時に意識を失い、その後は魁達とあまり事情は変わらなかったようだ。

「蟇目さんも異変には気が付いたのですか?」

「当たり前だ。オレがワールドカップを見逃がすか」

 一同は、その理由が優美とさほど変わらない事が気になったが、改めて説明の必要がないのなら多くは言うまいとそこは流した。

「あたしはまだ実感ないけどー」

 サクラは派手な恰好をしてはいるが、今時のファッションをそれほど追い求めているわけでもない。

「どのくらいの規模で街がタイムスリップしたのかは分かりませんが、僕達の生活圏内にあまり影響はないようです」

 学校や両親の勤め先、それに関連する者はまとめて時間を超えたので普段の生活に差し障りは無い。

 だがその境界線に位置する人達はそれなりに影響がある。

 それに自分達がいなかったはずの十年間、結界の外の人達がどうしていたのか。この街はどう見えていたのか。

「それに関しては情報が曖昧で、調べれば調べるほど憶測や信憑性のない話ばかりが出てきて、何が真実なのかは分かりませんでした」

 確実に言える事は「世界規模ではさして気にされていない」という事だけだった。

「SFなんかには、あり得ない現象が起こった時に、大騒ぎしたり原因を追究しても何も解決できなかった時、割と早く気にされなくなるらしいです」

 どうにもならない事を騒いでも始まらない。

 出来る事が何もなくなった時点であっさりと世の中は平常に戻る。

「もちろんこれは物語の中の話なので現実にそうだったかは分かりません。実際それを追及しても事態は何も変わらないのも事実ですし」

 それよりはマホメド達を探し出して何をしたのかを追及した方が確実だ。

 それに関してはその場にいる全員異論はなかった。

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