第8話 紗耶香と晴美
商店街の隅、大通りに面した十字路に、新しく開いたカフェがある。
新装開店したばかりだが、若い女子の間で広まり、結構な賑わいを見せていた。
夕刻には学校の終わった女子学生で賑わうのが常だが、休日はそれ以上に活気に包まれる。
今日も正午を過ぎたばかりだと言うのに、若い女子の黄色い声で店内は活気付いていた。
その二階にある席に、いかにも女子大生という服装の女性がアップルティーを前に座っている。
ソバージュがかった髪を少しブラウンに染め、派手過ぎないが、それでも周りにいる同年代の女子達とは異なるファッションで着飾っていた。
少し大きめの色のついた眼鏡をかけていて、正体を知られたくない芸能人のようでもあるが、それにしては少し目立つように思えた。
「晴美ー」
階段から自分を見つけたらしき声に反応するも、つまらなさそうに一瞥しただけで直ぐに視線を戻す。
友人と思しき女性はコーヒーを手に眼鏡の女性の前に座った。
「は・る・みー」
「外ではその名前で呼ばないでって言ってるでしょう」
「だってプライベートでしょ」
「それで紗耶香。今日は何の用?」
「なにそれ。アンタ最近付き合い悪くない?」
紗耶香と呼ばれた友人は少し嫌味っぽい表情で言う。
「これでも忙しいのよ」
「うっそ。最近暇持て余してるって言ってたじゃん」
「ちょっと前まではね。今新しい仕事入ってさ」
「そっか。よかったじゃない」
女子大生二人は年相応の他愛もない話を続ける。
「ストーカーどう?」
「もう大丈夫そう。一人にならないようにしてるけど。しばらく何も起きてないから、そろそろ家に戻らないとね」
色の点いた眼鏡を上げ、少し周囲を警戒しながら言う。
「こっちも近所で下着ドロが出たんだよね。だからお気に入りは外に干さないようにしてるのよ」
ふうん、と色眼鏡はあまり興味無さそうに言う。
小金もあり、毎週のように衣服を取り換える女性にとっては捨てるのも盗まれるのも変わらない。
もっとも自分を狙ってのストーカー行為ならその限りではないが、友達の下着が盗まれる事には全く興味が無さそうだ。
「それが友達から試供品もらってさ。まだ未発表のヤツなのよね。晴美も興味あると思ってさ」
色眼鏡の奥の瞳が僅かに動く。
紗耶香はその反応を見ていたずらっぽく笑う。
「見たい? 今履いてるから見るなら化粧室でね」
「そう。ま、大して興味ないんだけど、見とこうかしら」
興味無さそうに言うが、いたずらっぽい笑みを崩さない紗耶香に、ついに表情を崩して顔の前で手を合わせた。
「分かったわよ。見たい。お願い、見せて」
紗耶香は満足そうなドヤ顔で席を立とうとしたが、そこに黄色い声がかかる。
「あの……、御園 ミハルさんですよね。ファッション雑誌の」
見ると中学生くらいの女子が数人、雑誌を広げて立っていた。
色眼鏡はパっと表情を変えて、女子達に向き直る。
先程までの不機嫌さはどこへやら、愛想良く受け答え、快くサインに応じる。
紗耶香はそんな様子をやや呆れ顔で見ていたが、やれやれと表情を崩して座り直した。
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