シノブシ2

九里方 兼人

忍武士2 ~シノブシ~

プロローグ

 繁華街は幼子が寝静まる時間になっても賑わいを失わない。

 酔って上機嫌になった男達の喧騒。客引きの声。

 中には取り締まりの対象となるような騒ぎも起きるが、この辺りでは日常的な光景なので気に留める者はいない。

 キャンディをばら撒いたような光の粒の間を排気ガスと煙草の煙がうごめく。

 この世の吹き溜まりとも言えるような狂瀾きょうらんの中、その場に似つかわしくない出で立ちの男が歩いていた。

 学生服というよりは軍服を白であつらえたようなスーツに、短く刈った髪と口髭。

 年の頃は四十代。

 引き締まった顔に背筋を伸ばし、重心をブレさせずに歩く姿はそこだけが切り取られたように別の空間に見えた。

 瘴気のような都会の煙も、彼を避けているようにさえ見える。

 飲み仲間と肩を組みながら足をふらつかせる中年男性達も、男の姿を認めると酔いを醒ましたように避けて歩いた。

 男も女も老いも若きも彼の後ろ姿を目で追う。

 男は薄汚れたオフィスビルの前で立ち止まって上階を見上げ、そのまま静かに入り口である扉に視線を落とすと、ゆっくりと足を踏み入れた。

 男の足取りは迷う事無く上の部屋へと向かう。

 途中、何人か若い者に出くわしたが、皆男の雰囲気に気圧されるように道を開けた。

 オフィスビルの中の簡素な一室に、数人の男が何をするでもなく溜まっていた。

 壁紙はヤニで変色し、所々置かれた灰皿にも吸殻が山と積まれている。

 扉の向こうからのガヤガヤとした声に、その場にいた男達が眉をひそめる。

 間もなく扉が音を立てて開いた。

 現れた白服の男性に、男達は体を起こして身構える。

 白服の近くにいた者は白木の鞘を掴み上げた。

 柄に手をかけ、いつでも刃を抜き放てる体勢を取る。

 白服はそんな男達を一瞥したが、臆する事も無く部屋に足を踏み入れた。

 その手にはいつ取り出したのか、黒い鞘の長脇差があった。

 重心を全く揺らす事なく真っ直ぐに歩を進める白服に、男達は強い磁力で押されたように退く。

 相手より長い獲物を持っていながら、自分達の技量では白服の間合いの方が広い事を本能で感じ取っているようだった。

 だが白服の歩む先にいる老人は、動揺する素振りも見せず下から睨みつける。

「なんの真似かね?」

「今日は豊橋組と決着をつけに参った」

「それは無理な相談よの。アンタはワシらより強いか分からんが、決着つけたかったら組員全部殺さなぁアカン。一人でも残したら今まで通り、アンタの家族を付け狙うで」

 老人は刀を舐めるように眺めて言う。

「ワシらはか弱いさかいな。皆で力を合わせて生きとる。弱いよって、相手は徹底的に痛めつけなアカンのや。それはもう、ちょっとやそっとの詫びでは済まさんほどのな。終わりにしたかったら、アンタに死んでもらうしかないな」

「それを聞いて安心した」

 白服は周りの男達に反応する間も与えないほどの無駄のない動きで長脇差を抜き、その白刃を自身の首に当てる。

「この刀、灰奧はいおくは息子かいに継がせてくだされ」

 その言葉を最期に鮮血がほとばしる。

 男達が絶句する室内に、ゴトリという音が響き渡った。

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