第35話 おもちゃの兵隊

 真一は浦木の脳を抱えたまま走る。

 自身も荷物を背負っているので足取りは重い、というより息が切れる。

 初めは無我夢中で全力疾走していたが、すぐに足が鉛のように重くなった。

 言うまでもないが真一は運動は苦手で、素体のままでも足は遅い。

 足がもつれて膝をつき、追いつかれるか? と後ろを振り返ったが、見えたのは同じようにたどたどしい足取りのマホメドだった。

 教祖のような服は走る事を全く考慮していない。要はスカートのように足を覆っているので歩幅を広く取れない。

 そして浦木の脳の力で、走る事からかなり離れていたようで、荷物を抱えた真一よりも足は遅かった。

 だが大人には違いない。真一よりは腕力があるだろう。捕まったら終わりだ。

 あまり休んでいるわけにはいかない、と足に鞭打ちながら、走りにくそうに揺れるヤギの頭を見ていた。

 こだわりなのか、それとも絶対に顔を見られたくないのかこんな時にもアレを脱がない。

 マヌケな追っ手の姿だが、今はそれがありがたかった。

 だがその後ろから飛び跳ねるように追ってくる二体の変異種に真一の顔色が変わる。

 マホメドも気が付いたようで、

「捕まえろ! いや、殺せ!」

 と叫び、真一は慌てて背の荷物から手製の発煙筒を取り出す。

 背負ったまま、即座に後ろ手で取り出せるよう工夫したものだ。

 ジュースの缶くらいの大きさの筒は投げると同時に激しく煙を噴き出す。

 真一はゴーグルとマスクを装着した。

「ぐわっ! なんだこりゃ」

「なんにも見え……、いたた。目が痛え」

 催涙ガスと同じ成分の煙に変異種達は悶え苦しむ。

 多くの変異種は感覚も鋭い為効果も倍増だ。

「おのれ!」

 煙の中からマホメドが顔を出し、真一は慌てて走り出す。

 ヤギのマスクは煙から守る効果があったようだ。

 だが視界は悪いらしく、すんでの所でジグザグに逃げる真一を捕らえ損ねた。

 真一も時折発煙筒を投げてガスの範囲を広げていく。

 その中を右へ左へと走り回る小さな兵隊とヤギの頭。

 真一はもうどっちへ走っているのかも分からなくなった。

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