第9話 虎穴に
「ここに入って行った人が、姉の友人なのですか?」
白い制服をかっちりと着込んだ少年と、今時と言えるワイルドな服装の青年は目の前のカフェを見上げる。
「まあな。それほど親しい間柄ってわけじゃないみたいだけどな」
だから事情を話して返してもらうというわけにもいかない。
かと言ってずっと身に着けているので、洗濯の隙にこっそり入れ替えるわけにもいかなかった。
「ここまで来たという事は、何か作戦があるのですか?」
「なあに。簡単だ。要するに女の子のパンツ脱がせばいいんだろ」
「人に道に反せずにできる事のようには聞こえませんが」
「それはお前がまだ若いからだ。男ならそのうち必要に迫られる時が来る。丁度いい。この機会にオレが教えてやろう」
蟇目はカフェに入り、手っ取り早くコーヒーを二つ注文する。
こういった物は……、と難色を示す魁に飾りだから気にするなと手渡し、二階へと上がる。
若い女の子集団がそこかしこにグループを作っていたが、その視線は現れた金髪長身のワイルドな雰囲気を醸し出す男に集中した。
目的である紗耶香、その友人晴美もその限りではない。
蟇目は何気に空いている席を探す素振りで店内を見渡し、二人と目を合わせるとウインクして笑いかける。
「思ったより混んでるな。よかったらココいいかな?」
一瞬きょとんとした紗耶香達だが、どうぞどうぞと四人掛けの席の二つを開ける。
席なら向こうに空いている所が――と指す魁の頭を掴んで強引に座らせる。
晴美は自分の隣に金髪が座らなかったのに少しむっとした表情を見せたが、すぐに愛想のいい笑顔を作る。
君達近くの学校? と馴れ馴れしく会話に入る蟇目に、女性二人は自分の事を語り始める。
紗耶香の素性についてはある程度楓から聞かされているので周知だが、対面にいる派手な女の事は知らない。
それとなく紗耶香の気を引こうとしているのだが、晴美は強引にその間に割って入る。
「私これでもちょっと有名なファッションデザイナーなのよ。よかったらアナタの服デザインしてあげようか?」
「男物の服デザインした事あったっけ?」
「うるさいわね。何事も経験って言うでしょ。それにはいい素材がなくっちゃ」
喧々囂々始める女子達に、蟇目はそれならと仲裁するようにさきほどから姿勢を正したまま動かない魁を指す。
「コイツの服をコーディネートしてやってくれよ。見ての通りのセンスだからよ」
晴美と紗耶香はジト目で魁を見るが、たははと苦笑いする。
「まあカワイイけど。高校生じゃないの?」
「ウブい奴はキライか?」
そうでもないけどぉ、と女子達はクスクス笑う。
「紗耶香の方が年が近いんだし。相手してあげれば?」
晴美はいやらしい笑みを浮かべる。
紗耶香は「えー」と声を上げるが、嫌というより罪悪感があるような反応だ。
「でもコイツ結構派手な女が好きだぞ」
ほんとー? と晴美は魁を見るが、
「でもやっぱり大人の男性の服がいいかな。これからはもっと範囲を広げていかないとね」
「そうね。若い世代がどんどん追い上げてきてるものね」
紗耶香の言葉に晴美の動きが止まる。
「ちょっと。それどういう意味よ」
紗耶香はふふんと鼻を鳴らし。
「私の後輩も今度デザイナーデビューするんだよ。これからどんどん頭角を現すかもね」
ギクリとしたように蟇目と魁は顔を見合わせる。
晴美は両手でテーブルを叩く。
「私は中高生のカリスマよ! ぽっと出の素人にポスト奪われるような小物じゃないよ」
「何言ってんのよ! 我が儘言って若い芽を潰して回ってんの知ってんのよ!」
なによ! と露骨に喧嘩を始める二人を蟇目は明るい雰囲気で宥めようとする。
落ち着いてください、と制しようとした魁を突き飛ばし、晴美は床を踏み抜かん勢いで立ち去って行った。
「なんか悪い事したなぁ」
蟇目は大して気に留めていないように言う。
「いいのよ。いつもの事だから」
蟇目は紗耶香に分からないように魁に何やら合図を送る。
それは「追いかけろ――つまり消えろ」という意味だったが、魁は「?」の顔をしただけだった。
蟇目はやれやれとソファーに深く腰掛ける。
「ところで、さっきの話には興味があるな。後輩が何かデビューするんだって? 魁、お前は姉ちゃんと約束があるんだったよな?」
は? ありませんが……と真顔で答える魁に蟇目はしっしっと手で合図する。
そんなやりとりをしているうちに、少し考え込むようにしていた紗耶香は思い立ったように席を立つ。
「ごめんなさい。私も帰るね」
それじゃ、とそそくさと店を出ていく。
いつもの事と言いつつ、晴美との喧嘩が堪えていたようだ。
店を出て、早足に去って行く紗耶香の後姿を見ながら、
「もうちょっとだっのによぉ。まったく気の利かない奴だなぁ」
「何か失敗しましたか?」
「傷ついた子を慰めてやりゃ、脱がすのなんかすぐだぜ」
はあ、と魁はよく分からない様子で通りに目をやる。
「追わなくていいんですか?」
「追うさ。女ってのはな。すぐ後を追っちゃいけないんだ。覚えておけ」
何か釈然としない様子ながらも魁は頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます