冥界より出でる魔物は

第12話 マホメド

 平常通りの就学を終えた後、魁は学友である安藤 真一と共に彼の家へと向かった。

 真一は魁の装備を改良したり、ネットや警察無線の傍受などで手を貸してくれている仲間だ。

 変異種騒ぎの時に大怪我して以来、縁の下の力持ちに徹していて、今日も昨夜の事についてこれからの相談をする事になった。

 今では頼もしい相棒と言える。

 華道家元唯一の門下生、優美とは幼馴染で仲がいい。

 既に連絡を取っていた蟇目とも合流し、真一の部屋に集まる。

 クラスメートであるサクラと優美は、役には立たないがいつもこの集まりには付いてきていた。

「それでは、昨日の変異種の事を詳しく聞かせてください」

 真一は丸い眼鏡を上げ、興奮気味に話を切り出す。

「はい。ヤギの頭をして、手に盆のような物を持っていました」

「いえ、そっちじゃなく、姿を消すってヤツです」

 魁は、ああ……と気を取り直し、

「姿を消すと言うより、体の色を環境に応じて変化させているようでした」

「カメレオンみたいに? 見る角度によっては見えそうですけどね」

「はい。実際動いていると分かります。しかし暗がりだった上に、一本道でしたから。壁を背に立たれると、動いても目で追うのは難しかったです」

 ふーむ、と真一は考え込む。

「元々の能力なのか。何か光学的な装置なのか……」

「姉の友達の友達ですよ。一般の人のようでしたけど。それに、その人は連れ去られたようなのです」

 跡形もなく消滅させたように見えたが、手に入れたとも言っていた。

 何かのトリックなのか、どちらかの能力なのか。燐花はあのヤギ頭に従っていたようだった。

 蟇目の事も気にしたようなので、変異種を集めているのかもしれない。

「その連れ去った方の能力も気になりますね」

「あのヤギは変異種じゃねえ。人間だ。あれは被りもんだ」

 人間? ではあれはマスクか何かだったという事だろうか、と魁は昨夜の記憶を辿る。

「人間だったから、蟇目さんは手加減をしたのですか」

 それなら喜ばしい事だ、と表情を明るくする魁だったが、当の蟇目は不機嫌そうだ。

「オレは人間だからって理由で容赦したりしねぇ。奴はすごくイヤな匂いがしたぜ。いつかのあの……浦木って野郎か、それ以上にな。あいつは人間だが、そこらの変異種よりもよほどドス黒く汚れてやがる」

 いやしかし……、と合点がいかない顔の魁に蟇目は不機嫌な顔のまま、

「昨日、オレが奴に攻撃した時、どう見えた?」

「どう……と言われても。蟇目さんが攻撃して、当たる寸前で傷つけないように軌道を変えたように見えました」

「奴は動いていなかったんだな?」

「はい」

 魁は迷う事無く返答する。

「オレは奴の首を被りもんごと吹き飛ばすつもりだったよ。だが直前にかわされた。だが奴は動いた素振りもない。まるで世界が回ったようにオレの方が動いたんだ。気のせいじゃない。二度もそうなった」

 蟇目に気付かせる事無く、その動きを変えさせたというのだろうか。

「まるで、空気投げのようですね」

 武術には相手に触れずに投げるという技がある。

「オレだって見た事ないぞ。それに、それなら僅かでも動きがあるもんだ。体捌きだったり、目線だったり。奴は目線すら見えなかった」

 だから蟇目は追うなと制したのか、と魁は理解する。

 得体の知れない相手を追うのは危険だと判断したのだ。

「やはり……、変異種の能力なんじゃないですか? 体の色を変化させるような奴もいたんですから。精神に働きかけるような。脳波の強い生物はいるかもしれませんし」

 真一が控えめに言う。

 確かに元々変異種は人間の持つ動物的な性質が突出したものが多い。単純な身体能力である事がほとんどだが、手を触れずに物を動かすなど、あるのだろうか……と考え込む。

「あるいは幻覚か、催眠術のようなものかもしれません」

「オレがそんなもんにやられたってのか?」

 いえ……、と魁は言葉を濁したが、蟇目自身にも訳が分からないために不機嫌なんだろうとそれ以上何も言わない。

 目的も、行動も、扮装の意味も分からないとぼやくように言う蟇目だったが、

「それなんですが、ネットでは今こんなものが話題になってるんですよ」

 と真一がパソコンの画面を見せる。

 オカルトチックなロゴと背景に、ヤギの頭を被った男の画像が載っている。

「これです! 昨日見た人ですよ」

 中も同じ人間かまでは分からないが、少なくともヤギの被り物は同じものだ。

 黒いマントに、盆を持っている。


『来るべき世界の終焉に向けて備えよ』

『大地に大いなる円陣を敷き、神の子だけがその御名の元に救われる』


 早い話がカルト集団だ。

 団体の名は『ハーデス・ゲート』。

 世界はもうすぐ終末を迎えるから、それを生き残る為にシェルターを作ろうというものだ。

 そのための信者を集めてお布施を募る。信仰の厚い者ほど、つまりよりお金を出した者ほど優先される。

 信じる者は救われる、という触れ込みだ。

 もちろん露骨に金を集めてるような文面ではなく、集団に貢献したり、熱心な信奉を証明した者に証が与えられる。

 証の多い者から優先的にシェルターに入れると言う。

 そして証は金で買う事も出来る。

 代表者の名は『マホメド』。

 会員数は既に二千人を超えていると言うが本当かどうかは怪しい。

 しかしいつの時代にも怪しい団体に金をつぎ込む者はいるのだから、いるにはいるのだろう。

 ネットの掲示板では逆に怪しすぎて、皆面白がるようにかなり注目は集まっているようだ。

 グッズ通販もやっていて、閲覧者の一割がネタで買ってみたとしても結構な売り上げになる。

 違法な事はしていないようで、大抵の人は新手の商売なんだろうと思う程度のものだ。

 まだ裏サイトの域を超えていないのでテレビなどでは取り上げられていない。

 と真一は調べ上げた事を語ってみせた。

「このヤギの頭した奴がマホメドだってのか? 本名も顔も出さないなんて露骨に怪しいだろ。こんなんに騙されるヤツいんのか?」

「たまにセミナーを開いてるみたいです。そこでの反響が凄いみたいですよ。掲示板ではただのマジックショーだとか言ってる人もいますけど。それを見て証を買った人もいるそうです」

 魁は今一つピンと来ない顔だったが、蟇目は露骨に嫌悪感を表す。

 真一は心なし嬉しそうに、

「やっぱり、行ってみるしかなさそうですね」

 蟇目はお前らで勝手に行け、と言わんばかりに手を振る。

「でも参加料がかかるんですよね。一人千円くらいですからライブにでも行くと思えば」

「オレはマルチとかが大嫌いなんだよ。冗談じゃない」

「マルチではないですけど……、じゃ蟇目さんの分は僕達で負担しますから」

 お願いしますよ、と言う真一に、渋い顔をしながらも曖昧な返事をした。

「あと問題と言えば、本当に昨日の人物と同じなのか……くらいですけれど、こんな格好した人はそうそういるもんじゃないでしょうし」

「ドンキー・ホーテで売ってんじゃないの?」

 優美がサクラとの話に飽きたのか割って入る。

 ハズレでも何かのネタ話にくらいはなるだろうと話し、休みである明後日のセミナーに備えた。

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