冥界の鬼、閃光が断つ
第33話 百式に走る
魁は久しぶりとなる鎧――百式走甲に身を包む。
灰奥をがっちりと背に固定し、フード付きのウィンドブレーカーを羽織る。
人目についても怪しまれないようにする為ではあるが、背の突起物はかなり怪しいので気休め程度だ。
呼吸を整え、軽く息吹くと外へと飛び出す。
真一はあれからすぐにハーデス・ゲートの動向を探っていた。
困難でもビルのセキュリティに侵入しなくてはならないかと覚悟していたが、あっさりと目的の物を発見した。
ホームページに業務連絡として魁達に向けた声明が掲載されたのだ。
送られた珍しい毛の変異種は確かに受け取った。
ひいてはその変異種をどう取り扱うかを打ち合わせたい。
以前最後の変異種を受け取った公園にてリハーサルを行うので来られたし。
なお間に合わなくても処分は実行する。
そして時間が指定されていた。
公園近くで真一と合流する。
真一自身は戦いの現場に出たくはないが、今回は自分の立てた計画によって晴美が危ない目に遭っているのだ。
さすがに魁達に任せて連絡だけを待つ事はできなかった。
一応二次大戦で兵隊が被っていたようなヘルメットにリュックサックを背負って戦闘装備だ。
趣味の私物だが、傍目にはお菓子のおまけについてくるフィギュアのようだ。
手には黒い拳銃を持っているが明らかにプラスチック。
改造したとしても金属の弾が飛び出しそうにない。
それでも相手が何人いるか分からない状況では心強かった。
魁は以前にも単身敵の巣へ乗り込んで行った事があるが、その時は敵に統率というものがなく、バラバラだった為各個撃破する事が出来たが、今回は違うだろう。
マホメドは言わば教祖。
どれだけの変異種を従えているか分からない。
複数を相手にする覚悟をしておかなくては、と鞘を確かめる。
ほどなくして蟇目も合流し、三人は並んでマホメドの待つ公園へと進んで行った。
公園に差し掛かると魁はウィンドブレーカーを脱ぎ、蟇目は体を変異させる。
工事中につき立入禁止と雑に置かれたフェンスを越え、先へ進むと大きなトレーラーが荷台を開けていた。
大規模な引越しの時のような、側面が大きく開くタイプの物だ。
その前にはヤギの頭をしたマホメド。
「小細工も無く現れてくれて感謝しているよ」
よく言うぜと蟇目が吐き捨てる。
実際小細工ができないよう開けた場所に呼び出したのだ。
そして荷台には檻が設置され、中には獣の姿をした変異種がいたが、それは狐のような姿ではなかった。
「燐花さん!?」
魁が叫ぶと、燐花は檻の中で暴れる。
「どういう事です? 晴美さんは?」
「奥の手はそう簡単に見せるものではないよ。あの変異種は部下が見張っている。私の指令一つですぐに処分できるさ」
ぼっ! と燐花の檻の下にコンロのような火が点く。
燐花は錯乱したように格子を揺すった。
まだ檻の床は熱くないが、すぐに焼けた鉄板になるだろう。
「なんのつもりだ? ソイツはお前らの仲間だろうが」
「変異種など私に取っては駒に過ぎない。燐花を殺してもまだ人質はいるからね。まずは本気である事をお見せしよう」
いや人ではなかったな、と笑いを含みながら合図すると炎が大きくなった。
燐花がより一層暴れ、動物の毛が焼ける臭いが立ち込める。
晴美が逃げたので急遽変更された作戦。燐花は何も知らされていないのだった。
何かを叫ぼうとする魁を、蟇目がハッタリだと止める。
数瞬、睨み合いが続いたが、炎は鉄板よりも直に燐花を焼く勢いだ。
燐花は絶叫を上げて暴れる。
「分かりました。要求は何ですか?」
「物分かりがよくて助かるよ。私も無駄に変異種を失いたくはない」
マホメドの合図で炎が小さくなった。
「言うまでもないが一つは我々の邪魔をしない事だ。嗅ぎまわる事もな」
「あなた達の目的は何なんです? それを聞いたら納得して大人しくしているかもしれませんよ」
真一が恐る恐るながら口を挟む。
「うむ、一理あるな。賢しい少年の為に教えてやろう。もう分かっていると思うが、我々はハーデス・ゲートの結界によって時間を越えた。それをもう一度起こす。それだけの事だ。前回は誰も傷付かなかっただろう? 今回も同じだ。邪魔さえしなければ誰も傷付く事はない。少年も未来の科学技術に触れたいであろう? ここ十年でどれだけ科学が進歩したか。この先に興味はないか?」
「それは……」
と真一は口籠る。
「お前達は我らと共に時間を越える。疫病も闘争も無い未来へ共に行こうではないか。少年には助手の地位を与えてやろう。剣の少年には、変異種になってもらおうか」
「変異種に? なる?」
魁は表情を変える。
「そうだ。先の結界発動の後、変異種を失ったからな。それに次の結界はより強固な物にするために多くの変異種が要る。だから以前より新たに変異種を作り出す実験を進めていたのだよ」
そんな事が? とも思うが、誠司の同僚はそれまでそんな兆しはなかったというのに変異種として現れた。
「変異種と言うのはある意味この世の歪みだ。ならばその歪みを人為的に起こす事で、変異種を造り出す事ができるのではないかと思ってね」
魁は拳を握りしめる。
「それを誠司さんの知人で実験したと言うのですか……」
「あの脱走した変異種か。そうだよ。簡単ではなかったがね。何度も歪な存在に姿を変え、この世の物ではなくなった時もあった。だが、そのおかげでコツを見出す事が出来たよ。彼は運がいい。その前に二人ほど実験したが、それは完全にこの世から消滅してしまったからね」
「じゃあ……、もしかしてあの証の意味って」
真一の言葉にマホメドは嘲笑う。
「そうだ。あれもその前準備だ。証を多く、長時間身に着けていれば歪みが大きくなる。まあ持っているだけで変異したりはしないがな」
魁は歯を強く噛み締める。
「だがそれで分かった事もある。変異種になる為には強い心が必要だ。歪みだけで無理矢理変異させても、意思の弱い者は精神を崩壊させるか形を持たない亡者になってしまう。完全に変異するのは、欲望や自己と言う意識をしっかり持った者か、初めから獣のように何も考えていない阿呆かのどちらかだ」
君なら申し分ない、今よりもはるかに強くなれる、とマホメドは言う。
魁は目を閉じて聞いていたが、やがてその目をカッと見開く。
「人は各々の時代に生きる意味がある。時を経る事は大切な人との別れや、大事な物を失うという事。人は自然の摂理に逆らってはいけないのです。少なくとも私の師はそう言っていました」
「もちろんすぐに答えを出せとは言わぬよ」
マホメドが合図をすると炎が強くなる。
燐花が片方の足を上げてマホメドに懇願するように鳴いた。
檻の床は焼くための物ではない為それほど早く熱を伝えないが、そろそろ耐えられないだろう。
「さっさとやろうぜ。コイツはどうせ約束なんぞ守りゃしない。ぶっ殺すのが一番早い解決法だ」
前に出ようとする蟇目を、魁は歯を食いしばりながら片手で制した。
蟇目は鼻に皺を寄せるも、強引に押し通る事はしない。
「炎は段々と強くなるよ」
マホメドは声の調子も変えずに言う。
三人は歯噛みしていたが、魁が意を決したように口を開こうとした時、視界の隅に白衣の男らしき人影が近づいて来るのが見えた。
やや乱れた髪の背の高い青年のように見える。
トレーラーの荷台横で操作していた変異種は、何か文句のような言葉を発したが、「自分が代わる」というようなジェスチャーをする白衣の男に場所を譲る。
変異種は、蟇目達が飛び出して来ても対応できるように身構えるが、背後でガチャリと錠が開く音が響き渡る。
変異種は「何やってんだお前!」と詰め寄るが、白衣の男は悪びれる風もなく眼鏡を外した。
そしてその像が陽炎のように揺らめく。
ザワザワとうごめいて、その色を変えたのは全身を覆う毛。
ハーデス・ゲートの孔明と呼ばれる白衣の青年に見えていたのは、自由に角度と色を変える事で表面の見た目を変えていた、狐のようなフォルムをした変異種だった。
周りの者がそれを理解するよりも早く檻が開き、そこから燐花が飛び出す。
燐花は怒りの声を上げて、真っ直ぐにマホメドに飛び掛かって行った。
マホメドは動かず、燐花の爪は軌道が逸れたが、燐花は体勢を立て直して再び飛び掛かる。
それを手下の変異種がタックルして止めた。
取り押さえようと揉み合うが、燐花の怒りが凄まじく取っ組み合い状態となる。
魁達も直ぐに動いたが、蟇目はトレーラーの助手席の扉が開いて足を止める。
出て来たのは少年。魁の元級友である満弦だった。
「お前は……」
「一応世話になってるんでな。メシ代分くらい働かなくちゃよ」
とその体を変貌させた。
魁は燐花を助けようと近づいたが、取っ組み合って地面をのたうつ二体の変異種の間に割って入れずにいた。
真一がマホメドの前に立つも、マホメドは意にも介さない。
真一の持つおもちゃのようなピストルにも全く脅威を感じていない様子だ。
だが真一は、ヤギの顔に向けてプラスチック製の引き金を引く。
ビシャッ、と銃口から飛び出したのは液体。真っ黒な墨だ。
飛び散った墨はぐにゃりと軌道を変えたが、一部はヤギの顔に、目の部分にかかる。
「うおっ!?」
さすがにたじろいで後退り、目の部分に着いた墨を拭った。
その隙に真一は盆……浦木の脳を掻っさらう。
「おのれ!」
マホメドはたどたどしい足取りながらその後を追った。
魁は取っ組み合う燐花を持て余していたが、その体が青白く発光を始めるのを見て顔を庇う。
バシッと乾いた音と共に相手の変異種は目を回した。
電撃のほとんどは地面に流れた為、大した威力にはならなかったが、燐花はそのまま相手の尻に牙を突き立てる。
変異種は悲鳴を上げてズボンの生地をトカゲの尻尾のように引きちぎり、四つん這いのままトレーラーの下に潜り込んで逃げる。
それでも燐花の怒りは収まらないようだ。
地面を踏み締めて威嚇音を発する燐花に魁は刀を構える。
だがトレーラーの裏から、新たな変異種と合わせて二体、真一の後を追って行くのが見えた。
「くっ!」
どちらを優先すべきか? と一瞬逡巡した魁だったが、その間に晴美が割って入る。
「このおチビにはわたしも借りがあるからね。行きなよ」
魁は礼をして走り出す。
「さて。年功序列ってやつを教えてやろうかね」
晴美が狐顔に笑みを浮かべると、燐花は派手に咆哮を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます