第34話 白き加勢

 魁は真一を追う。

 マホメドから浦木の脳を奪ったのは見えた。

 マホメドは死に物狂いで取り戻そうとするだろう。真一の身が心配だった。

 加えて変異種が二体追っている。

 マホメド本人は普通の人間とは言え、理系の少年よりも力は強いだろう。

 変異種二体を魁一人で相手にしても安心できない。

 せめてあと一人いれば……、と歯噛みすると視界に白い物が映る。

 それはタキシードのような白い服に、耳のような突起を生やしたバニーガールのような出で立ちの少女。

「し、白羽さん!」

 魁は驚きもしたが、咄嗟に叫ぶ。

「良い所へ。変異種が二体、友人を襲っているんです。加勢して頂けませんか」

 白羽は魁の事は好きではないだろうが、稲葉流も有事にはその剣を振るって来たのだ。

 魁は返事を待たずに走り出す。

 だが白羽は魁の前に立ち塞がった。

「私はお前との勝負を着けに来た」

「そんな場合ではありません。友人が、人類が危ないんです。マホメドを、変異種を止めなくてはならないんです」

 白羽を避けて通ろうとしたが、そこを抜き身の刃が阻んだ。

「白羽さん! 冗談は止めてください」

「それだ。その目。今なら真剣を抜けるだろう? 私を倒せば、直ぐにでも助けに行けるぞ」

 白羽は剣を突き出し、魁は咄嗟に灰奥を抜いて受け流した。

「白羽さん! 今は変異種をお願いします! その後で真剣勝負を受けると約束します!」

 魁の目に嘘はないようだったが、それでも白羽は引かない。

「ダメだ。今だ。今が一番お前は真剣になれる」

 魁の焦りは怒りに変わる。

 左手を後ろに回して鞘に手をかけ、それを引き抜く。

 鞘の技の修練を始めたと聞いて、真一が新たに改良を加えてくれた物だ。

 灰奥の鞘は忍者背負いでも素早く抜けるよう上半分が開くようになっている。

 鞘の先端側を持って構えると、丁度手甲のように腕を覆ってくれるのだった。強度が落ちる分は素材の強度でカバー。金属板で補強した。

 金属では滑りやすいので表面を荒くしてある。これは同時に相手の刃をこぼしてくれる武器にもなる。

 要は従来の鞘の技よりも防御に優れていると言える。

 白羽は両の刃を繰り出すが、魁はそのどちらをも正面から受け止め、白羽の体を押した。

 そのまま突き通さんとばかりに押し進む。

 白羽は華麗にバックステップして体勢を立て直し、身を低くして下半身を攻撃する体制を取った為、魁は足を止めた。

「刀の背で受けるか。だがそう何度もうまくいくかな?」

 白羽は不敵に笑い。魁は歯噛みする。

 白羽の言う通り、刃を刃で受けるのは容易な事ではない。

 剣士ならば刃がこぼれる事を良しとしないのは当然だし、峰で受けたとしても、厚みの無い一枚板で圧力を受けるにはそれ相応の技が要る。

 要は力に対して完全に垂直に刃を立てなくては、相手の力に弾かれてしまう。攻撃も真っ直ぐに振り下ろされるわけではなく、大抵は弧を描くような軌道を持っているものだ。

 それを完全に見切るのは至難の業で、技が足りない分は力で補うしかない。弾かれないようにしっかりと握り込む必要がある。

 ほんの数撃で疲労の度合いに差が生まれ、いずれその差で不覚を取る事になる。

 木刀の厚みであればその心配が少なくなるのだが、鞘はともかく利き手にあるのは刀なのだ。

 受け流すと同時に構わず走り抜ける事も考えたが、軽いとは言え魁は鎧を着込んでいる。

 身軽な白羽の方が足が速いだろう。背を見せるのは危険だ。

 一度押し返し、それで引いてくれる事を期待しての事だった。

「白羽さん。あなたは稲葉流の誇りを捨てるのですか?」

 魁は刀を降ろす。

 古来より剣士は世のため人の為に技を修練してきたもの。剣士同士どちらが強いのかなどを決める事に意味はない。

 他流試合は、お互いが切磋琢磨する為に行うべきだ。

 少なくとも魁は父にそう教えられてきたし、魁の意思も同じだ。

 稲葉流も流派は違えど、その思想に差はないはずだ。

「だからこそ、私がいない間、代わりに害をなす変異種と戦っていたのではありませんか?」

 魁は焦るのを止め、時間をかけてでも説得を試みる方が返って良いと考えた。

「誇りだと? お前の言う誇りとは人間が生きるために変異種を殺す事なのか? 我が流派にとっては強さこそが誇りだ。負ければ死、死ねば終わりだ。自分が生き残ってこその剣だ」

「父が最後に残してくれた言葉に、時には『耐える強さ』も必要だというのがあります。敗北を受け入れる事に耐え、それに打ち勝つ勝利もあると」

「戯言だ。敗北は死。お前に死の覚悟ができるとでもいうのか?」

「ならばその剣で私を斬ってください」

 魁は無防備に立つ。

「私は次の攻撃を避けません。そしてあなたに私を斬る事は出来ない。私はあなたを信じています」

 ふん、と白羽は口を歪める。

 やれるものならやってみろと言わんばかりだが、魁も前の変異種との戦いでは命を捨てる覚悟を決めている。

 だがここで本当に白羽に斬られてはただの無駄死に。

 これは死の覚悟ではなく白羽を信じる気持ち。

「ならお前の覚悟を見せてもらおう。次の攻撃を防いだらお前の負けだ。いいな?」

 魁は真っ直ぐに白羽を見据えて頷く。

 白羽はふっと気が抜けたように笑う。

「お前は本当に甘い。戦いというものが分かっていない。刃を持って戦うという事の意味を。戦うと言う者の覚悟を」

 ミシリ! という音と共に、白羽の体が膨れ上がる。

 白いタキシードが破れ、白い体毛に覆われた、赤い目をした変異種へとその姿を変えていく。

「そんな……、白羽さん」

「キシャァァ!」

 長い耳をピンと立て、小太刀を握り締めて咆哮を上げる白羽の目には理性というものが感じられなかった。

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