第13話 カルト集会
「なん……なんです? これ」
真一は会場にごった返す人混みを見て言う。
セミナーが開かれるという市民会館は入場待ちの人間が道路にまで列を作っていた。
「サクラじゃないのか?」
「あり得ますけどね。でもそれにしては尋常じゃない。人件費だけでも大変ですよ。……あ、サクラというのは雇われた偽客って意味ですよ」
きょとんとするサクラに説明を加えると、真一は入場の為のチケットを売っている場所を探す。
だが戻って来た真一は困り果てた顔をしていた。
「ダメです。入場券は予約制でした。当日入場券もあるんですが別料金だそうです」
それで? という一堂に真一は苦笑しながら答える。
「い、一万円」
皆一様に固まる。
魁、蟇目、真一、それに遊び気分でついてきたサクラと優美。全員分で五万円だ。
「まあ、オレはどの道タダなんだ。どうした? わざわざ来てやったのに、何もなしか?」
嫌味を含める蟇目に真一は弱った顔になる。
「仕方ありません。燐花さんの手掛かりですし、このまま帰るのも振り出しですから」
と魁は懐から財布を取り出した。
「いいの? ていうかあたし返せないよ?」
優美は悲鳴のような声を上げる。
「はい、元はと言えば私の用ですから。皆さんの分は私が出します」
はー、と皆してマジメすぎると言うか……と呆れた様子だが、ここまで来て帰るのが口惜しいのも確かなので、その言葉に甘える事にした。
「まー魁は自分の為にお金使いそうもないもんね」
サクラは頭の後ろで手を組む。
「はい。父から日頃から無駄遣いしないよう教えられていますので」
「コレ。結構な無駄遣いだと思うけどね」
そんな会話をしながら当日券を人数分買い、そのまま入場する。
同じように当日券を買う者もいるようで、結構待たされたが何とか買う事が出来た。
それもあって会場は満員。人気ハンドのコンサート並みだ。
さすがにこれがほとんどサクラだとは考え難い。
酸素が薄くなる中、あまり待つ事無く正面のステージが開く。
司会らしきタキシードを着た男がお決まりの挨拶をし、セミナーの趣旨を説明する。
そして主催者の登場を促すと、脇からヤギの頭をしたマントの男が現れた。
魁と蟇目は目を凝らす。
会場内も薄暗いが、かえって同じシチュエーションのため、同じ物だと確信できるくらいだ。
ヤギ頭――マホメドは魁達が見た時と同じに、人の頭ほどのメロンパンのような物を乗せた盆を持ってステージの真ん中に立つ。
そして厳かに語り始めた。
確かによく見ると口が動いていないので、被り物であるには違いないようだ。
「少し前、人間は己が内に秘めた業により、神の裁きを受けた。内に秘める闇の通りにその風貌を変化させ、怪物になっていった。今は人々はそれを忘れようとしているが、忘れてはいけない。世の中は今、確実に終焉に向かって突き進んでいる」
そして世界は終わる。人類の時代は終わるのだと語る。
政府はそれを隠している。怪物騒ぎなどでっち上げだと。
精神に異常をきたした者が過度な騒ぎを起こしたに過ぎないと。
騒ぎに乗じて怪物の扮装をしただけだと情報を流した。
「この中に、事実を知る者は……、変異種を見た人があると言える者はいるか?」
重い声が会場に響き渡る。
会場からは恐る恐る手が上がる。
それにつられてか、控え目ながらパラパラと手が上がった。
全体から見れば一割にも満たない数だ、と思いながら魁は会場を見渡したが、横を見ると蟇目がしれっと手を上げていた。
「そうだ。あなた達は見た事がある。しかしそんな話をしても今は誰も相手にしないはずだ。頭のおかしい奴として、もうブームの過ぎた話題を出す遅れた奴だと笑われた。違うか!」
そして手を上げなかったものの中にも、同じ思いをした者が少なからずいるはずだ、という言葉に会場のあちこちから押し殺した声が漏れる。
「だが怪物はいる。そして人間社会は崩壊する。それは紛れもない事実だ。政府はシェルターを作り、自分達だけがその終焉を逃れるつもりでいる」
その事実が公になればシェルターに人が殺到して暴動が起きる。
その為に事実は隠されていると語る。
変異種と直に戦ってきた魁にしてみればあり得ない話ではないが、世界が終焉に向かっているというのに根拠は無いように思う。
この世に異形をもたらすと言われた冥界の門は、
しかし、現実には冥界の門が変異種の原因であると言う証拠がないのも確かだった。
実際問題、変異種騒ぎは収束に向かっていったのでそう疑わなかったのだが、それがただの偶然だったら?
変異種が組織立って表舞台から隠れていただけだったら?
そう考えると、このヤギ頭の言う事も、あながち間違いではないのではないだろうかという気がしてきた。
本当に変異種が未だ増え続けているのなら、何とかしなくてはならない。
このヤギ頭が本当にその糸口を持っているのなら、と魁はマホメドの言葉を聞く。
「皆も演説を聞きに来たわけではないだろう。見たいのは真実のはずだ」
と何やら合図をすると、ステージ裏からガラガラと檻が運ばれてくる。
中には猫のようなフォルムをした変異種が入れられていた。
「燐花さん!」
魁は叫ぶが人の騒めきに掻き消される。
「まあ待て。捕まってるわけじゃないだろう」
蟇目が今にも飛び出しそうな魁を制する。
皆何が起きるのか、と固唾を飲む中、付き人は檻を開けた。
燐花は檻を飛び出すが、ステージギリギリという所で鎖の音と共に止まる。燐花は足を鎖で繋がれていた。
人々は恐慌するように逃げ惑うが、元々本来の収容人数よりも人が入っているのだ。
押し合い、押し退け、突き飛ばし、出口の扉を叩いた。
魁達も人に押されたが、ステージからはかなり離れているため怪我をするほどではない。
だがステージ近くの人間を含む何割かは怪我をしただろう。
人々の絶叫が次第に収まり、鎖に繋がれているのでご安心を、という声が聞き取れるようなる。
会場は一応の落ち着きを取り戻した。
「見たかね。危険はないと言う呼びかけを聞かず、我先にと他人を踏みつけ、互いに傷つけあった。だがそれは君らが悪いのではない。それが世の中。自然の摂理だ。こんな怪物は既に世の中に沢山いる。これからももっと増え続ける。この会場の中でこの有様。今後世の中がどうなって行くのか、よく分かった事と思う」
鎖が無かったとしても、変異種はこの人数を皆殺しにできるわけではない。
大半はパニックを起こした人間に踏みにじられる二次災害だ。
力のない一般市民は虐げられ、権力のある者だけが生き残る。
これはそういう本来淘汰されるはずの人間を救済する為のセミナー。
マホメドはそう言いながら変異した燐花へ近づき、懐から小さな鉄の塊を取り出す。
ピストル。
日本の警官が持つような回転式の拳銃だ。
マホメドはステージ床に向けて発砲。
金属音と共に、燐花の足を繋いでいた鎖に命中して分断した。
拘束から解き放たれた燐花はステージを飛び跳ね、人々に再び恐慌が広がる。
マホメドは間髪入れず燐花に発砲。
しかし飛び跳ねる燐花には当たらない。
弾を打ち尽くし、ただの鉄の塊になった拳銃を投げ捨てたマホメドに、燐花は爪を広げて奇声を上げて躍りかかった。
だが燐花の爪がマホメドを引き裂くかと思われた瞬間、燐花はふわりと向きを変えてステージの真ん中に着地する。
マホメドは燐花を見据えるように正面に立った。
逃げる場所もなく固唾を飲む人々が見守る中、燐花の姿は陽炎のように歪んだかと思うと、中心に吸い込まれるように小さくなって消えた。
人々はしばらく唖然と固まっていたが、やがて熱狂のような歓声に変わる。
これが終焉から自分達を守る力だ、とマホメドは手に持った盆を高く掲げる。
「警官や軍隊の武器では守れない。異形の力は、超常の力を持って制するのだ」
マホメドは歓声に見送られながらステージ裏に消えていった。
歓声が収まり、司会の男が場を引き継ぐ。
ぐっと拳を握り締めている魁の肩を後ろから蟇目が叩く。
「茶番だよ。あのガキはあいつらの仲間だからな。弾も最初以外は空砲だよ」
魁は首だけで振り向き、
「ええ、頭では分かっているのですが……」
変異した燐花は人としての理性を持っていないように思えた。
その状態の燐花を従える為には、動物のような調教をしたのではないかと思えてならなかった。
それにまだ幼い燐花を唆したかして利用している事には違いない。
この集団。いったい何を企んでいるのか。
燐花が何も知らないまま騙されているのなら、助け出さなくてはならない、と魁は息巻く。
「なんでだよ。別に関係ないだろ。知らない奴だ」
「まだ小さいんですよ。ほうっておけません」
蟇目はやれやれと肩をすくめる。
「あの! 質問、いいですか!」
会場のどこかから声が飛んだ。
司会の男がマイクを持って受け付ける。
「証はいくらです?」
「あなたは自分の命にいくらの値段をつけますか?」
逆に質問を返されて言葉に詰まる。
「証は一人いくつでも買い求められます。一つ買ってもそれ以外の人達が二つ買っていればシェルターには入れません。お一人様いくつでも購入できます。そして我々は決して購入を強制したりは致しません」
会場内にどよめきが起こる。
また会場内から声が上がる。
「その……終焉とはいつ起きるのですか?」
「そう遠くない未来、とだけ言っておきましょう」
質問は以上と司会者も舞台袖に引っ込む。
あとはグッズ、パンフレット、証の販売会が行われるようだ。
会場内は再び賑わい、物販スペースに人が殺到した。
所々で「高すぎる」「命の値段としては安い」という声が上がる。
魁は物販スペースで商品の紹介をしている男に近づく。
「あの……、先程の変異種はどうなったのですか?」
「ん? ああ、あの怪物ね。さあね。僕はただの販売員だからね。あまり内情を語るわけにもいかないかな」
「変異種も元は人間のはずです。捕えたり、怖がらせたりすれば牙をむく事もあります。それを全て害あるものと考えるのはいかがなものでしょうか。少なくとも、あの変異種から敵意は感じられませんでした」
「ここにいる人達の意見は違うんじゃないかな。君はこれまでに変異種を見た事があるのかい?」
実際に見た事もないのに偽善を語る者に慣れたような態度の男に、魁はやや声を落とす。
「私の友人が変異種になりました。そして、私がその命を奪いました」
正確には違うが、命を懸けて戦った事に違いはない。
男は少し訝し気な顔になったが、
「それは大変だったね。どうたろう。証を買って心意気を証明してくれたら、どうなったのかを教えてあげてもいいよ?」
と明るく言った。
話だけでは信用しない、という事だろう。
「もちろん無理にとは言わない。どこの誰とも分からない変異種の為に、そこまでする事はないと思うな」
明らかに小馬鹿にした様子の男に、魁は、
「分かりました。おいくらですか?」
「一個十万円だよ」
高すぎるよーと、真一と優美が揃えて声を上げる。
男は物販スペースから、「証」を一つ取り上げ、どうするの? と言わんばかりだ。
「分かりました。では一つ頂けますか」
ええ!? と取り巻きの仲間達は一斉に魁を凝視する。
男も同じ顔だったが、財布から取り出された札を受け取ると、証を渡さない訳にはいかなかった。
蟇目は魁の肩に腕を回す。
「心意気は証明したぜ。無事です――で終わりって事はないよな? 会わせてくれるよう掛け合ってくれ」
わ、分かりました、と男は奥へと案内する。
それに続きながら、蟇目は魁を馴れ馴れしく引き寄せ、
「前からお前とは気が合うと思ってたんだ」
と魁に連れ添う。
よく乗せてやってたバイクのパーツが古くなったんたが……と魁の肩を叩く蟇目に、サクラは呆れた視線を送りながら後をついて行った。
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