第24話 新たな変異

「変異種が現れたというのは本当ですか?」

「ええ。現れたというか……」

 魁の問いに誠司は煮え切らない様子で、魁も何度か訪れた事のある詰め所の奥へ案内する。

 誠司は突き当たりにある部屋の小窓から中を覗いた。

 小窓には格子が取り付けられている。

「ここはヘマやらかした奴を反省させる部屋なんですがね。むしろこいつはここから出たがらねえんで」

 誠司に促され、魁も小窓を覗く。

 僅かに差し込む光で見えるのは、部屋の隅で毛布に包まっている男。

 その男は顔に汗をかき、恐ろしいものでも見たような表情でガタガタと震えていた。

「こいつが素っ裸で街を走り回ってる所を警察に捕まりやして、あっしらが引き取ってきたんです」

「彼は……」

 魁は男に見覚えがあった。

 以前ここに来た時に、ハーデス・ゲートの証をたくさん自慢気に付けていた男だ。

「彼が、変異種なのですか?」

「そこなんですよ。こいつの事は好きじゃありませんが、昔から知ってますからね。結構な大立ち回りをやった事もありますが、そんな様子はありませんでした」

 誠司は小窓に向かって言う。

「シン兄。ハーデス・ゲートに引き渡しますぜ」

「ひいっ! やめろ! やめてくれ。ここから出さないでくれ。あいつらは、なぜ私を。一番の信者だったはずだ。新しい世界に連れて行ってくれると……」

 その先はぐぐもったようになり、そのまま獣の叫び声に変わる。

 鉄製の扉に体当たりし、壁や天井からパラパラと粉が降った。

「こんな調子ですよ。ハーデス・ゲートの名前を出すと異常な怯えを見せて変異するんです。変異したらもう何を言っても通じません。収まるのを待つしか」

 一際大きい衝撃音が響き、壁が軋みを上げる。

 建物全体を壊さんとばかりの衝撃に誠司が小窓を覗き込むが、その顔色が変わった。

「なんか、アイツ前より大きくなってますぜ」

 そしてぼこっとコンクリートがひしゃげる音と共に部屋の中に光が差し込む。

「やべっ。アイツ外に」

 誠司と魁は変異種補を追って外へ出る。

 通行人が悲鳴を上げて逃げ惑う中、変異種は蹲るように体を丸めていたが、その体が徐々に膨らむ。

 そして立ち上がると、四肢を広げて咆哮した。

「一体どうなってやがるんだ?」

 変異種は既に先程の部屋に納まらないほどの大きさになっていた。

 熊よりも二回りは大きい。

 完全に理性を失ったように暴れ回る変異種に、魁達はどうする事も出来ずにいた。

「こりゃ機動隊でも手に負えねぇかもしれねぇ」

 魁自身、これよりも大きい変異種とも戦った事はあるが、錯乱したように暴れ回る変異種を制するのは容易ではない。

 ましてや変異種とは言え命を奪う事に躊躇いを感じているようでは、魁の方が危険だ。

 人間だった頃に接してもいる。

 彼自身、望んでいない、なぜ変異してしまったのかも分からないのならば、殺してしまっていいとも思えなかった。

「とにかく皆を安全な場所へ」

 魁が動くと、それに反応した用に変異種は襲い掛かる。

 魁が身を翻すと、今までいた場所に大きな穴が開いた。

 並みの変異種よりもスピードもパワーも圧倒的に強い。

 魁は冷や汗を流しながら距離を取る。

「奴はあっしらの門徒です。あっしらで落とし前つけますぜ」

「ダメです! 誠司さん逃げてください」

 警棒を抜いて飛び出す誠司に変異種が腕を振り下ろす。

「くっ!」

 魁は咄嗟に誠司を突き飛ばし、自分もその力で飛びのくが、変異種の腕が僅かに体をかすめた。

 破片による衝撃も受け、ごろごろと地面を転がりながら懐の灰奥を確かめるが、鎧を着けていなかったため、刀を握れないほどのダメージを負っていた。

 誠司も同じようにすぐには動けない。

 変異種はどちらに先に止めを刺すか迷うように見比べている。

 魁は自分の方に引き付けようと左手に刀を持ったが、

「こっちだバケモン!」

 誠司がふらつきながらも立ち上がり、変異種を引き付けるように走る。

 だが本人が思うよりもケガが酷いようで、足をもつれさせて地面に滑り込むように倒れた。

 魁は痺れる体に鞭打って立ち上がる。

 しかし変異種が誠司に追いつく方が早い。

 魁は灰奥を投げる事を考える。利き手でない為それほどダメージを与えられない。柄に仕込まれたワイヤーリールを使えば投擲後も手元に戻す事が出来るが、片手で回収が間に合うか。

 だが迷っている暇はない、と振りかぶる。

 しかしその必要もなく変異種は動きを止めた。

 訝しんでいると、前方から人が近づいてきていた。

 凶暴な変異種に無防備に近づいてくるため、一瞬対応に迷ったようだ。

 だがその人物を見て、魁は驚愕の表情を浮かべる。

「く、黒川くん!?」

 変異種は一瞬躊躇したものの、再び雄叫びを上げて腕を振り上げる。

 その腕は、魁の級友である黒川 満弦みつるの頭に振り下ろされたが、物凄い衝撃音に魁は思わず目を閉じる。

 目を上げると、変異した満弦が、その剛腕で攻撃を受け止めていた。

 その姿は魁は最後に戦った時の、全身を硬質の鎧で覆った変異の第二形態。

 重量級の振り下ろしを正面から受けた満弦の足元は大きく窪んでいたが、満弦は何でもないように腕を跳ねのけると、お返しとばかりに自らの剛腕を繰り出す。

 次の瞬間、満弦の腕が火を噴いた。

 後方にジェット噴射のようにエネルギーを噴出し、パンチを加速させる。

 その加速パンチを腹部に受け、変異種は体をくの字に折り曲げた。

 その下がった頭に、満弦は容赦なくもう一方の腕を振り下ろす。同じように加速されたパンチは、鈍い音を立てて変異種の頭を砕いた。

 力なく崩れ落ちる変異種を見下ろす満弦に、魁は、顔を強張らせながらも言葉を捻り出す。

「黒川くん……。生きて、いたのですか」

「おう。残念か?」

 魁は言葉を詰まらせる。

 元はサクラと付き合っていた魁のクラスメート。

 過去の変異種騒ぎの時にサクラ達と自警団を気取っていたが、変異種を前に逃げ出し、その後変異種として現れた。

 魁を倒す事を目的とし、変異種騒ぎの元凶と疑われた冥界の門の前に立ち塞がり、ついにはその目的を達成した。

 しかし世の中を壊す事が目的ではなかった満弦は、サクラの為に自らを犠牲にして冥界の門を塞いだ。

 満弦は死んだ……はずだった。

 満弦は体を縮こまらせると、鎧のような装甲の節々から光を発し、そして爆裂させた。

 岩石のような破片が周囲に飛び散り、魁は顔を庇う。

 自爆かと思うような爆発の跡には、満弦が服を着ていない姿で立っていた。

 満弦は置いてあったバッグから着替えを取り出す。

「どうして?」

「そんな事オレが知るかよ。ま、サクラにゃよろしく言っといてくれや」

 それも気になる事ではあったが、魁はもう一つの疑問をぶつける。

「なぜ。彼を殺したのですか?」

「頼まれたからだ。こいつが脱走した所で世話んなってる」

「ハーデス・ゲートに?」

「そんな名前だったな」

「この変異種は一体なんなのです?」

「知るか。オレは頼まれただけだ」

 魁は手を振って立ち去る満弦の背を、ただ見送る事しかできなかった。

「どうするよぅ。シン兄ィ。死んじまったぜ」

「そうだよ。しかも変異種になっちまって」

 いつの間にか、いつかの舎弟がやってきていた。

「兄ィがいなきゃ。もう証買えないぜぇ」

「そうだよ。兄ィのシノギのおこぼれが、唯一の収入源だったってのによぉ」

「そうだ! 兄ィの持ってた証頂けばいいんじゃね?」

「それだよ相棒。お前頭いいな」

「でもどうやって探すんだ?」

 二人は瓦礫の飛び散った惨状を眺める。

「ていうかお前。兄ィ保護された時裸だったろうがよ」

 一人が突っ込みを入れるように叩く。

「そうだった。そりゃダメだ」

 失礼しやしたー、とおどけながら詰所へと帰って行く二人を、魁はどうリアクションしていいか分からずに見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る