第23話 紛うことなき力

 たのもう、と声を上げる来訪者に、またおかしな奴が来たとややうんざりしながら応対した楓だったが、門の前に立つ白い人影に目を丸くする。

 ポニーテールに白いタキシードなのか何なのか分からない服装に棒を二本背に差している。

 遠目からはバニーガールにしか見えないが、最近の若い子はこんな昼間からコスプレをするのだろうか。

 困惑しながらも、壬生弥一郎氏に取り次いで欲しいと言うので案内する。

 楓としては、突然祖父だと名乗る父によく似た人物が現れたのだ。

 その気持ちの整理もまだついていない。これ以上混乱させないで欲しいのが本音なので、深く考えない事にした。

「先日は失礼致した。私は稲葉流二刀小太刀、稲葉白羽と申す」

 腰を折るようにして礼をする白羽を、弥一郎は好々爺の笑みで迎える。

 その傍らには正座をした魁が控えていた。

 白羽は自分が稲葉流の当主、正統後継者である事を告げる。

 ひいては弥一郎と手合わせをしたいと言う。

「あなたが本物の弥一郎氏かどうかはどうでもよい。腕の立つ剣士である事に違いはない」

 先日は感情的になってしまった為に醜態を晒してしまった事を詫び、己の未熟を素直に認めた。

 今一度手合わせをし、自分の腕を認めてもらえるなら稲葉流へ来て欲しいと言う。

 これを弥一郎は丁寧に断った。

「なぜだ!? 今更蕪古流の使い手が現れるわけがない。あなたは乞われて蕪古流についたはずだ。なぜ稲葉流ではダメなのだ」

 懇願するように表情を歪める白羽に、魁は気の毒な気持ちになる。

 魁は父魁一郎に教えを受ける時期があったが、白羽には正当な当主から技を伝授される機会はなかったのだ。

 蕪古流に勝つ事だけが、自分の中での免許皆伝だったろう。

 魁を討ち果たした事に手応えの無さを感じたが、そこへ弥一郎が現れたのだ。

 弥一郎に目標を変えるにしても実力差は誰の目にも明らかだ。

 だから先の結論に達したのだろう。

「私は蕪古流しか教えられぬ者。お嬢さんの期待には応えられぬ」

「ならば流派は問いませぬ。私の専属コーチになってくだされ。こやつは鍛えても無駄です」

 魁に稽古をつけた所で白羽も修業は続ける。その差が縮まる事はない。

 半端者に技を継承させるより、稲葉流の中にその太刀筋を残す方が有益なはずだと語る。

 ふむ、と顎に手を当てて思案していた弥一郎だったが、

「魁、お主はどう思う?」

 と当事者でありながら蚊帳の外だった魁に話を振る。

「は。白羽さんの言う通りであれば、そうなさるのが技の為かと」

 白羽は目を輝かせる。

「見ろ! 本人がそう言っている。自分からそう言う奴に剣士たる資格は無い!」

 はっはっはと弥一郎は声を上げて笑う。

「お嬢さん。魁は言う通りであれば……と言ったであろう?」

 白羽は一瞬怪訝な顔をしたが、直ぐにその意味を察して勢いよく立ち上がる。

「その言葉に嘘はないであろうな。ここでこやつを倒せば稲葉流へ来てくださると」

 弥一郎はいつもの笑みで頷く。

「じゃがここは道場。試合は木刀で行うが良いかな?」

「無論だ」

 白羽は背の小太刀を外した。

 弥一郎は脇差しサイズの木刀を三本取り出し、二本を白羽に渡す。

「良いのか? 鞘に見立てて、もう一本持った方がよくないのか?」

 白羽に挑発や嫌味な様子は無い。先日は一刀で不覚を取ったからこそ再戦を申し出たと思ったのだろう。

 心から善意で言ったようだが魁は穏やかに断る。

「まあいい。だが負けた時の言い訳にはならぬぞ」

 白羽は樫で出来た小刀を二刀に構える。

 対して魁は灰奥と同じく逆手に持ち、半身に構える。遊びは無しだと言わんばかりに、白羽は無駄なく身を翻した。

 回転して飛来する木製の刃を魁は一歩踏み込んで真正面から受け止める。

「!?」

 回転を止められた白羽は、もう一方の刃で突きを繰り出すが、魁は一歩下がって距離をとる。

 白羽は再び同じ攻撃を試みたが同じように防がれた。

 白羽の攻撃は体を回転させながら繰り出し、それを滑るように流しながら回転を続け、もう一方を続けて当てる――二段構えが基本だが、その一撃目を正面から受けて回転を止めた。

 弥一郎とは違い重心を崩さないので直ぐ追撃されやすいが、それをバックステップでかわす事はそれほど難しい事ではない。

 反面、難易度が低い分反撃もしにくいというデメリットもある。

 白羽は顔を歪めて歯ぎしりし、二刀を突きの形に構える。

 一気に距離を詰め、連続で刃を突き出すが、全て流れるような剣捌きによって受け流された。

 交互に腕を突き出しては、結局一段攻撃だ。

 変異種の攻撃を捌いてきた魁にとっては造作もない。

 白羽は業を煮やしたように二刀を同時に突き出す。

 一本を魁の顔面のやや下辺り、もう一本をその死角に隠すようにして腹部を狙う。

 同時に二カ所を狙う事は難しいが、腹部なら多少狙いがそれても深刻な傷を負わせる事が出来る。

 木刀ではあまり効果はないが、負けを認めさせるには十分だ。

 だがその分外した時の隙が大きい。

 白羽は後の事を考えない、捨て身の如く全身全霊の力を乗せた。

 だが魁は、顔に向かって飛んで来る木剣を流し、落とし、そのまま腹部を狙うもう一方の木剣にぶち当てる。

 その力を殺さずに、後ろへ流すと同時に白羽の足を引っ掛けた。

 悲鳴を上げてつんのめり、板に体を打ち付ける。

 思わず放してしまった木剣が、派手な音を立てて転がった。

「だ、大丈夫ですか?」

 差し延べられる手を乱暴に払う。

「真剣だ。真剣で勝負をしろ!」

 白羽は立ち上がって唇を震わせる。

「最初の防御も、木刀だから出来た事だ。真剣ならばああはいかん!」

「持つ武器の特性を最大限に活かす。それも兵法ぞ」

 だから……と白羽は小太刀を掴み上げる。

 だが弥一郎はそれには目もくれず、魁のもとへつかつかと歩き、その頬を打った。

 無造作に出しただけのように見えたが、魁の体はプロレスラーのビンタを受けたように吹っ飛んだ。

「女子を手にかけぬという心意気は良い。だが助け起こすとは何ぞ。試合とは言えこれは真剣勝負。あれが油断を誘う為の策であれば何とする」

 魁は額を床に着けるようにして平伏する。

 白羽は驚愕の表情を浮かべて歯を食いしばった。

 だが約束は約束……と弥一郎は白羽に向き直り、

「この勝負、またしても魁の負けじゃな。お嬢さん、約束通りお主の師になってもよいのだがいかがかな?」

 白羽は顔を赤くして唇を噛み、目に涙を浮かべる。

 全身を震わせると、駆け出し、そのまま外へと出て行った。

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