新24話 竜巻に差す光

 ルーゼ達は、竜と対峙していた。


「グシャアアアアアア!」


 竜が雄叫びをあげると、周囲の木々が揺れ始める。

 竜はさらに、翼を羽ばたかせた。


「なんだ? あれは……」

「風が渦を巻いているのか……」


 ガルスとドレイクは、周囲の様子に驚く。

 言い知れぬ何かを感じてしまったのだ。

 それは、ルーゼ達も同じである。


「ルーゼ、なんだかまずいよ」

「うん、巨大な何かが迫っているような……」

「二人とも、伏せるのじゃ。これはまずい!」


 ルーゼとミシェーラは、町長に言われた通り、その場に伏せた。

 何かが来る。その場の全員がそれを確信した。


「ガルルアア!」


 竜は、さらに自らの体ごと回転し始める。

 竜の周りには渦が巻き、空気が揺れ、雨の勢いが強まっていく。


「これは……竜巻だ。竜の力によって起こされるといわれている……大きな風だ!」


 ガルスの言葉で、ルーゼはやっと理解できた。

 竜は、竜巻を起こしたのである。その大きな風で、一気に敵を片付けようとしているのだ。


「させるか!」


 ドレイクが魔弾を放ったが、竜の起こした風の壁によって遮断されてしまった。

 どうやら、あれは防御の力も持っているらしい。


「くそっ!」


 ドレイクがさらに魔弾を放ったが、竜には通じない。

 その大きな風の壁に、遮られてしまうのだ。


「通じないのか……ドレイクの力でも」

「うん、なんて巨大な力なんだろう……」


 ルーゼはミシェーラとともに、驚愕していた。

 あの竜の力の中で、あれだけは別格に思える。


 ルーゼは、震えていた。竜の力は、人間が敵うものではないと、思ってしまったのだ。


「ルーゼ……」

「ミシェーラ……」


 ルーゼの手をミシェーラがとってくれた。

 それにより、ルーゼの闘志は戻る。

 このままやられていいはずがない。ルーゼは、自分にそう言い聞かせる。


「とにかく、凌ぐのじゃあ! 吹き飛ばされたら、終わりじゃぞ!」


 竜の回転が高まるにつれ、竜巻の規模も大きくなっていく。

 周囲の木々が吹き飛び、ルーゼ達の元にも風の衝撃がきた。


「くうううっ!」

「きゃあっ!」


 その風で、ルーゼとミシェーラは、吹き飛ばされそうになる。

 二人の体が浮き上がり、後ろに飛ばされていく。


「ゴゴ!」


 その体を受け止める者がいた。

 それは、ゴゴである。その岩の体で、二人を受け止めてくれたのだ。


「ゴゴ! どうしてここに?」

「ゴゴ? なんでここに?」

「ゴゴ!」


 ゴゴは二人の体を受け止め、動かなかった。

 その岩石の体は、風に負けていないのである。

 

「ミシェーラ、ルーゼ、大丈夫?」

「ピピィ、君もか!」

「ピピィまで……!」


 さらに、ピピィも現れた。

 ピピィは、ゴゴにしがみつきながら、二人に話しかけてくる。


「ミシェーラが行ってから、ゴゴと相談して、追いかけようってことになったんだ。けど、こんなことになってるなんて、思ってなかったよ」

「なるほど、大変な時に来てしまったようだね。まあ、僕達はそれで助かった訳だけど」

「うん、ありがとうね。二人とも」


 四人の間に、和やかな空気が流れた。

 だが、目の前の状況は何も変わっていない。

 竜は渦を巻き続けている。このままでは、全員吹き飛ばされてしまう。

 すると、いつの間にか、町長、ガルス、ドレイクが集まって来ていた。


「どうしたんですか?」

「今から、ドレイクの魔法で障壁を作り上げる。耐えられるかわからんが、何もしないよりはいい」

「それなら、私も手伝うよ、ドレイク」

「ミシェーラ……」


 ドレイクは、ミシェーラの顔を見て驚いていた。

 しかし、すぐに表情を改める。


「頼むぞ」

「うん」


 ドレイクの言葉に、ミシェーラが頷く。

 こうして、悪魔二人による防御が始まった。

 その場の全員を覆うように、大きな障壁が広がっていく。


「おお、なんとか凌げているようじゃな……」

「ええ、ですが、竜がどれくらい竜巻を続けるかによっては」

「障壁が途切れるかもしれんな」


 竜巻は止まらなかった。

 つまり、ここからは、根競べになるということだ。


「ミシェーラ、まだいけるか!」

「うん、問題無いよ。まだまだ大丈夫!」


 悪魔二人の体力が、どれ程持つのか。

 竜は、消耗しているとはいえ、地上最強の魔物だ。その体力も、尋常ではないはずである。


「グルアアアアアア!」


 竜が雄叫びをあげると、障壁目がけて、雷が降り注いだ。

 それに対して、ドレイクが言葉を放つ。


「ミシェーラ! 出力を上げるぞ!」

「うん……!」


 その言葉で、障壁は強まっていく。

 しかし、それはさらなる体力の消耗を意味している。


「ガルスさん! このままじゃあ」

「だが、俺達にどうすることもできん。今出ていっても、風によって吹き飛ばされるだけだ……」

「でも……」

「二人を信じるしかない……」

「くっ……」


 ルーゼはガルスが話し合った。だが、今できることはないようだ。

 今はただ、耐えるしかないのである。


「うん? あれは?」

「なんだ?」


 その時、ルーゼは気づいた。空から一筋の光が差していることに。

 光は、竜巻に当たり、竜を捉えている。


「あれは、まさか……」


 その時、ガルスが口を開いた。何かを知っているようだ。


「グラアアアアアア!」


 その光は、竜に向かって、収束していき、それによって竜は叫びをあげた。

 竜は、回転をやめ、動きを止める。

 そして、竜の前には、一人の人間が立っていた。


「やはり……」

「なんだと……」


 その姿に、ガルスとドレイクが反応する。

 どうやら、二人はその人物を知っているようだ。

 人間は、赤色の髪をした女性であった。女性は、光のような白い剣を携えている。


「久し振りだね、ガルス、ドレイク」

「アンナ……!」

「勇者……!」


 ドレイクの口から、衝撃の言葉が放たれた。

 目の前のこの人物こそが、魔王との和平を結んだ英雄、勇者であるというのだ。


「あなたが、勇者……」

「そうだよ。といっても、今はもう勇者といっていいのかわからないけど」


 ルーゼが口を開くと、勇者は笑いながら、そう言い放った。


「何故、お前がここに?」

「もちろん、この竜を倒しに来たのさ」


 ガルスの質問に、勇者は笑って答える。

 何故かわからないが、二人はとても親しそうだ。


「人間の英雄が、わざわざこんな町にか?」

「私からしてみれば、闇魔将がここにいる方が驚きだけど?」

「ふん……」


 勇者は、ドレイクとも顔見知りのようだった。

 人間の先頭に立って戦った彼女は、全ての魔将と知り合いなのだろう。


「さて、さっさとこいつを片付けないとね……」


 勇者が剣を掲げると、それは光り輝いた。

 美しい光に、ルーゼは見惚れてしまう。


「よく見ておけ、あれが勇者の証、聖剣だ」

「聖剣? あれが……噂には、聞いたことがありますが……」

「ああ、俺は喰らったことがあるくらいだからな」


 ガルスは、そう言って笑っていた。

 彼は竜魔将、魔族の幹部として、勇者と交戦経験があるはずだ。

 そのため、その力は知っているのだろう。


「そりゃあああああ!」


 勇者は雄叫びとともに、聖剣を振るう。


「グルシャアアアアアアアアア!」


 その大きな攻撃は、竜を切り裂き、悲痛な叫びをあげさした。


「ガルス!」

「ああ!」


 勇者はガルスに声をかけ、駆け出した。

 その合図に応えるように、ガルスも竜に向かっていく。


竜人拳リザード・ナックル!」

聖なる十字斬りセイント・クロス!」

「グルアア!」


 勇者とガルスの攻撃が、竜に突き刺さる。

 それにより、竜の体は砕け、赤い血が辺りに降り注ぐ。


「もう一発!」


 勇者は、さらにもう一度、剣を振るう。

 竜の体に、さらなる傷が生まれる。


「グルルルル……」


 竜の体から、どんどんと力が抜けていく。

 震えが止まらず、今すぐにでも倒れそうだった。


「グ、ル、ル、ル……?」


 やがて、竜は力尽き、その体を地面に倒した。

 勇者は剣を鞘にしまい、ルーゼ達の方を向いた。ルーゼは、慌てながらも、感謝の言葉を口にする。


「あ、ありがとうございます。おかげで、助かりました」

「いや、ここまで簡単に竜を倒せたのは、ここにいる皆のおかげだよ。こちらこそ、ありがとう」


 勇者は笑顔を浮かべながら、そう言った。

 その態度に、ルーゼは感服する。立ち振る舞いの一つ一つが、彼女が英雄であることを表しているからだ。


「アンナ、それより、どうしてここに?」

「え?」

「竜が出たという連絡が、お前まで伝わるのが早すぎる」

「ああ、そのことか」


 ガルスが聞くと、勇者は真剣な顔をした。何やら、事情があるらしい。


「現在、世界、各地で竜が町の近くに出没しているんだ。それを危険に思った私は、ある人に依頼して、竜の発生を知らせてもらっているんだ」

「そういうことだったのか……」

「うん。今回は、別の場所でも竜が出たから、私一人で来たけど……向こうはまだ終わっていないかもしれない」


 どうやら、世界各地で、竜が出没しているようだ。

 とても、大変なことが世界で起きているらしい。


「最も、この町には、ガルスと、それにドレイクまでいたから、私が来ずともなんとかなっていたんじゃないかな」

「いや、お前が来なければ、少々まずかったろう。この竜に力は、異常だった」

「……そうなんだ? それじゃあ、来てよかったかな」


 それだけ言うと、勇者は背を向けた。

 もう、次の戦地に行くのだろう。


「それじゃあ、私はもう行かなければいけない。ガルスも、まあドレイクも元気そうでよかったよ」

「アンナ、待て。俺も行こう。少々鈍っているが、まだ戦力にはなるはずだ」

「ガルス程、頼もしい戦力は、ないと思うけどね……」


 そんな勇者を、ガルスが引き止めた。

 どうやら、ガルスは勇者に同行するつもりであるようだ。

 勇者はガルスに対して、笑う。二人には、何か信頼関係のようなものがあるらしい。


「ガルスさん……」

「心配するな、ルーゼ。竜を片付けたら、すぐに町に戻ってくる」


 色々と心配しているルーゼの心中を察してか、ガルスがそう言ってきた。

 その言葉に、ルーゼはゆっくりと頷く。


「なんだか、仲がいいね」

「俺も色々あったのだ……」

「そうなんだ。それなら、後で聞かせてもらおうかな?」


 そう言って、勇者とガルスは消えていった。


 ルーゼ達は、しばらく唖然としていたが、やがて正気に戻る。

 そして、やっと竜が倒れ、町が安全であることに気づいたのだった。

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