新10話 新たなる襲撃者

 ガルスは飛び出し、タイラントベアの懐に潜り込んだ。

 タイラントベアも、それがわかっていたかのようで迎え撃ってくる。


「グルルア!」

「ふん!」

「グルア!?」


 タイラントベアがその腕を振るうが、ガルスはその腕を軽く受け流した。

 さらに、掌底でタイラントベアの腹部に攻撃した。それにより、タイラントべアが、少し後退する。


「……今ね」


 その瞬間、シムアが矢を放とうとした。


「危ない!」


 しかし、チャックの声とともに、シムアが突き飛ばされた。

 ルーゼは、周囲を見渡す。すると、茂みから、もう一頭のタイラントベアが現れているのを認識した。

 チャックは、そいつからシムアを守るために動いたのだ。


「グルル!」

「ぐあっ!」


 チャックは、そのタイラントベアの攻撃をくらい、吹き飛ばされてしまう。

 ルーゼは、構えながら声を放つ。


「チャックさん! 大丈夫ですか!?」

「いてええ! けど、大丈夫だ!」


 地面に叩きつけられたチャックは、痛みで転げながら、大きく叫んでいた。

 どうやら、大事には至っていないようだ。


 安否が確認できたので、ルーゼは目の前にいるタイラントベアに、目を向ける。

 ガルスが、応戦しているタイラントベアより、少し小さいが、それでも巨体には変わらない。


「グルル……」

「くっ! 厳しいか……」


 ルーゼの力では、タイラントベアに打ち勝つことはできないだろう。そのため、正攻法で攻撃しても倒すことはできない。

 守りながらカウンターを狙ったり、相手の疲労を狙ったりしなければ、ルーゼに勝ち目はないだろう。


「ルーゼ!」


 その時、シムアに声が響いた。シムアは、寝たままの態勢で弓を構えている。それを見て、ルーゼはすぐに意図を理解した。


「はっ!」


 シムアの弓から、矢が放たれる。

 タイラントベアは、矢を躱すために身を翻した。矢は虚空を切り、茂みの中に消えてく。


「今!」

「はい!」


 シムアの声で、ルーゼは剣を振るう。剣はタイラントベアを掠め、その肌に切れ目を入れていく。

 しかし、薄皮を切っただけで、肉を切れてはいない。そのため、致命傷にはならないだろう。


「ガアッ!」

「くっ!」


 タイラントベアは、一度後退した。

 ルーゼも、一旦後退する。


 お互い睨み合いながら、硬直状態が続く。


「ルーゼ! 私も!」


 ミシェーラの声がしたので、ルーゼはそちらの様子を伺う。

 すると、ミシェーラは両手を前に出し、タイラントベアに狙いを定めていた。

 ルーゼは意図を理解したため、少しだけ体を動かす。


「ミシェーラ、頼んだ!」

「魔法攻撃! いくよ!」


 ミシェーラの掌から、黒い球体が放たれた。

 その球体は、一直線にタイラントベアに向かっていく。


「ギャシャアア!」


 タイラントベアに、球体が着弾した。

 球体は爆発し、その肉体を焼き焦す。


「グララア……」


 タイラントベアは、痛みに倒れた

 腹部に手を置いて、苦しんでいる。


「おおおおお!」


 ルーゼは、その隙を見逃さなかった。

 タイラントベアの喉元目がけて、剣を力いっぱい突き刺していく。

 

「グシャアアア」


 叫びとともに、タイラントベアは動かなくなる。


「はあ、はあ」


 ルーゼは、疲労した体を余所に、ガルスの様子を伺う。

 こちらに戦力が手中しているため、ガルスは一人である。そのため、心配だったのだ。


「はっ……」


 そんなルーゼに、ガルスの様子が入ってくる。




◇◇◇




 ルーゼ達が、もう一頭のタイラントベアと戦っている間、ガルスは一人で、最初に現れたタイラントベアと戦っていた。

 ガルスも、もう一頭が現れたことは理解していた。しかし、ガルスはこの場を離れることはできない。目の前の一匹をどうにかしなければ、そちらを手助けすることは、できないのだ。


「おおっ! 火炎の吐息ヒート・ブレス!」

「グアアアアア!」


 ガルスは口を大きく開き、そこから火を放った。

 タイラントベアは火に怯み、後退していく。ガルスは逃がさないために、さらに踏み込み攻撃する。


「はあ!」

「グルアア?」


 その腹部に、ガルスの掌底が突き刺さった。

 タイラントベアは、さらに後ろに押し込まれて、後ろにあった木にぶつかる。


「グシャア!?」


 ここまで、追い込むのが、ガルスの狙いであった。これで、タイラントベアにもう逃げ場はない。


「ふん!」


 続いて、ガルスは拳を握る。今までは、後退させるための攻撃だった。ここからは、仕留めるための攻撃だ。


竜人拳リザード・ナックル!」

「グア!」


 ガルスの拳により、タイラントベアの腹部に大きな衝撃が起こる。

 それにより、タイラントベアの体が大きく揺れる。


「グシャアアア!」 

「くっ!」


 しかし、それだけでは致命傷にはならなかった。

 タイラントベアが、両手をガルスの頭部目がけて突き放ってきたのだ。


「ちいっ!」


 ガルスは、後ろに飛ぶしかなかった。

 タイラントベアの攻撃力は高い。まともに受けると、ガルスですら危ないのだ。

 

「グルアア!」

「むっ!?」


 そんなガルスに、追撃がやってくる。

 ガルスはさらに、後退していく。タイラントベアは、ガルスの元に踏み込み、攻撃を続けてくる。


「中々やるな……」


 後退しながら、ガルスは驚いていた。このタイラントベアの生命力は、見上げたものだった。先程の攻撃を受けて、これほど動けるのは驚異的だ。


「だが、俺は後退するだけでは……ない!」


 ガルスは後退しながら、その口を開き火炎を放った。


「……グアアア!」


 その突然の攻撃を躱すことは、不可能だ。タイラントベアの体は燃え、苦しみの声が響く。


「はああ! 竜人拳リザード・ナックル!」


 そこでガルスは、追撃を行う。ガルスは炎が効かない体質だ。そのため、燃えていても関係ない。


「グ……」


 タイラントベアの顎を的確に射抜いた攻撃は、その体力を削りきるのに十分だった。

 声にならない叫びをあげ、タイラントベアはその場に倒れ込む。


「ふん……」


 ガルスは、ルーゼ達の様子を伺うため、そちら側に目を向けた。

 必要とあれば、助けるつもりだ。

 だが、その心配はないようだった。




◇◇◇




 ルーゼとガルスの視線が合った。

 そして、お互いの戦いが終わったことを理解する。


 ルーゼは、ミシェーラに目を向けお礼を言う。


「ミシェーラ、ありがとう。君の攻撃がなければ、危なかった」

「ルーゼ……はあ、はあ、よかった。役に立てたみたいで……」


 ミシェーラは魔法を放ったことで、かなり疲弊しているようだ。

 彼女にとっては、全身全霊の一撃だったのだろう。足元がおぼつかず、今にも倒れそうである。


「ミシェーラ、大丈夫……じゃ、なさそうだね」

「あ、ルーゼ。ありがとう、助かる……」

「う、うん……」


 ルーゼは、ミシェーラに肩を貸してその体を支えた。

 ミシェーラの温かさが、ルーゼにも伝わってくる。ルーゼはそれに少し緊張してしまう。

 ただ、今はそんなことを気にしている場合ではない。そのため、ルーゼは思考を切り替える。


「ルーゼ、よかったわ。無事に終わって」

「ああ、危なかったな……」


 チャックは、シムアに肩を貸されていた。

 タイラントベアの一撃は、それなりに効いていたようだ。


「うう、ピピィは何もできなかったよ……」

「いやいや、ピピィちゃんは、真っ先に俺の元へ来てくれたじゃないか」


 ピピィはチャックが転がされた後、すぐに、その傍に駆けよっていた。

 結果的に、チャックは大きな怪我をしていなかったが、助けてくれたとチャックは認識しているようだ。


「チャックさん、無事でよかった。一撃をくらった時は、どうなるかと」

「ああ、当たり所がよかったぜ」

「チャックが庇ってくれなければ、私がやられていたわ。ありがとう、感謝しているわ」


 シムアも、今回はチャックに感謝の言葉を放った。

 チャックの行動がなければ、シムアはかなり危なかっただろう。


「ガルスさんも、無事でよかった。タイラントベアを一人で倒すなんて、すごいですね」

「いや、お前達が無事でよかった」


 ガルスは、ルーゼ達の方へ歩いて来ていた。

 特に、外傷はなさそうだ。


 それを見て、ルーゼは感銘を受けていた。

 あの凶悪なタイラントベアを、一人で倒すなど凄まじい強さだ。


「いやあ、あんたがいなきゃ、どうなっていたか。というか、魔族がいてくれなかったら、やばかったぜ」

「そうだね、魔族の力はやっぱりすごいと思う」


 チャックとシムアは、安堵したような顔で呟いた。

 そこで、ルーゼはガルスの言葉を思い出す。ガルスは、魔犬より強い魔物がいると言っていた。その予感が、当たったのだ。


「ええ、ガルスさんの予感があって助かりました。強大な気配は、タイラントベアのことだったんですね?」

「いや、恐らくそうではない」


 ガルスの言葉に、一同は驚いた。

 タイラントベア程の魔物が、ガルスの感じた気配でないというなら、一体何が強大な気配なのだろう。


「どういうことです?」

「俺はまだ、大きな気配を感じている。そいつはまだ、どこかに潜んでいるはずだ……」

「そんな……」


 ルーゼは、その言葉に恐怖する。

 ガルスの言う通りなら、タイラントベアよりも強大な魔物がいるということだ。

 そんな魔物など、ルーゼ達では到底立ち向かえそうにない。


「けど、いいじゃねえか。例え、強大な魔物がいたとしても、ここにはまだ来ていないじゃないか? 大方そいつは、タイラントベアの縄張りで、よろしくやってんだろ」

「そうだといいのだがな……」

「とりあえず、帰りましょう。ここにいても仕方ないわ」


 シムアの言葉で、一同も気づく。

 いつまでも、ここに居る必要はないのだ。

 こうして、六人は帰路につくのであった。

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