新2話 名前も聞かず

 ルーゼは、ロッセアに住む十六歳の少年だ。

 訳あって、今は町長の家で、お世話になっている。


「はあ、さっきは大変だったな……」


 今日は魔族が、町の人間が言いがかりをつけられていた。何とか治めたものの、危ない状況だった。


「酔っ払っていたとはいえ、あれではな……」


 現在、異文化交流によってやって来ている魔族は、いうならば賓客だ。傷つけでもすると、種族間問題に発展しかねない。

 まだ怖がっているようだったため、早急にあの場を去ったが、後日改めて謝罪しなければならないだろう。

 そう思いながら、ルーゼは町長の家に帰って来ていた。


「おや、お帰り、ルーゼ」

「町長、帰って来て早々ですが、お話したいことがあります」


 町長が温かく迎えてくれたが、ルーゼは焦っていた。今日のことを町長に伝えなければならないと、ずっと思っていたからだ。


「何かあったのかい?」

「実は……」


 ルーゼは、町長に今日あったことを伝えるのだった。




◇◇◇




 話が終わると、町長は少し悩んだ後、口を開き始めた。


「それは大変だったのう」


 その一言が、思ったより穏やかだったため、ルーゼは驚いてしまう。


「いや、そんな軽く言わないでください。正直、焦りましたよ」

「うむ、それでルーゼよ。その子達の名前は聞いたのかのう?」

「あっ……」


 重要なことを聞き忘れていたため、ルーゼは声をあげた。

 確かに、名前くらいは聞くべきだっただろう。そうでなければ、後で謝ることもできない。


「ううむ、そんなに焦ってその場を離れることはなかっただろうに、お主もまだまだじゃのう」

「すみません。まだ、怯えているようだったため、人間の僕が傍にいない方がいいと思いまして……」


 ルーゼは、自身の過ちを後悔した。自身が冷静であれば、魔族達の身元がわかったのだ。これは、ミスであるといえるだろう。

 そんなルーゼの肩に、町長は手を置いてくる。


「お主自身は、種族というものに捕らわれない気質じゃろうに、他人に気を使いすぎるところがある」

「町長……」

「もちろん、そこはお主のいいところでもある。じゃが、勇気を持って向き合うのも時には大切じゃ。それを覚えていて欲しい」

「はい、ありがとうございます」


 それだけ言うと、町長はにっこりと笑い、ルーゼから手を離した。

 その言葉を胸に刻み付け、ルーゼは思考を切り替える。

 いつまでも落ち込んでいる訳にはいかないのだ。


「さて、それはもういいとして、その子達の特徴を聞かせてもらえるかのう。わしから、宿舎の方に問い合わせておこう」

「そうですね、種族としては、ハーピィと、ゴーレムと、それから……」

「それから?」

「悪魔……でした」

「ふうむ……」


 ルーゼは、魔族に差別的な意識を持っていないこの町でも珍しい人間だ。しかし、悪魔だけは特別だった。

 それは、嫌いという意味ではなく、ルーゼのルーツに関わると種族だからだ。


「悪魔か……」

「あ、すみません。別にその……」

「よいよい、お主にとってはある意味、特別じゃろうに」

「まあ、そうなんですけど……」


 ルーゼの両親は、かつての魔族との争いの中で、悪魔に殺された。その時は、ルーゼも魔族全体を憎んだものである。

 しかし、その後、ルーゼの価値観を変える出来事があった。それは、また違う争いに巻き込まれた時だ。

 ルーゼが魔族から逃げる中、近くから建物が倒壊してきた。その時、一人の悪魔が、ルーゼを庇って建物の下敷きになったのだ。


 その悪魔は、敵兵の一人だったようだった。だが、彼はルーゼに対して、心配の言葉をかけてきたのだ。

 彼の姿に、ルーゼは理解した。悪魔だからといって、その全てを憎むのは間違っているのだと。

 それが今のルーゼの根源であるのだから、悪魔は色々な意味で、思い入れが深いのだ。


「しかし、ルーゼよ。種族だけじゃ、情報不足じゃな。ゴーレムはわしら人間からじゃ、違いがわからんが、他の二人は何かあるじゃろう?」

「あ、そうですね。とりあえず、二人とも女性でした。年は僕と変わらないと思います」


 さらに、特徴を言おうと二人の姿を思い出す。

 ハーピィの方は、黄緑色の羽だったことと、悪魔の方はとても美人であったことを、ルーゼは思い出した。


「確か……ハーピィの方は、黄緑色の羽でした。悪魔の方は、綺麗な人でした」

「む……それは、ふふ」


 ルーゼの言葉に、町長は突如噴き出した。

 そのことに、ルーゼは驚いてしまう。


「えっ……何ですか?」

「いや、のう、綺麗な人とは、特徴ではなく、お主の好みのような気がしてのう」

「へ……いや! 客観的に見てもそうだったと思いますよ! そんな感じの人でした!」


 焦ったルーゼは、誤魔化そうと必死になる。

 年頃のルーゼにとって、その手の話題は厳しいものなのだ。


「まあ、お主も年頃じゃしな」

「だから、客観的に見てもそうだと言っているじゃないですか!」

「そう言ってものう。実のところ、悪魔は、整った顔立ちに、スタイル抜群というのが多くてな。そういう意味で、個人が特定しにくいんじゃ」


 言われてみれば確かにそうなのだが、ルーゼは第一印象くらいしか覚えていなかった。そのため、ルーゼは素直に言うしかない。


「優しそうな人でしたね、それくらいしか言えないです」

「優しそうか……それなら、まあ参考になるかもしれんのう」


 こうして、ルーゼは町長への報告を終えるのだった。

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