新3話 森の泉で
ミシェーラは、ピピィ、ゴゴとともに宿舎に戻っていた。
異文化交流でロッセアを訪れた魔族達は、町の一角にある宿で寝泊まりしているのだ。
宿にはたくさんの魔族達が生活している。その全員と顔見知りであるため、ここは三人にとって、真に安心できる場所なのだ。
「あら、ミシェーラ、ピピィ、ゴゴ、お帰りなさい」
そんな三人に、ある人物から声がかけられる。その人物は、マリッサ。この宿舎の主である。
マリッサは、この町では珍しい魔族に拒否感を持っていない人間だ。ミシェーラ達の生活は、彼女に支えられており、魔族達にとってこの町の母といっても過言ではない存在である。
「マリッサさん、ただいま帰りました」
「ただいまー」
「ゴゴー」
「今日も何事もなかったかしら?」
その質問に、三人は困ってしまう。今日はいつもと違って、何もなかったとは言えないのだ。
しかし、三人は今日のことを話すべきか迷ってしまう。あまりことを荒立てると、いいことがないのは三人も理解している。
「何か……あったのね」
だが、マリッサにはその迷いがすぐに見抜かれてしまった。
そのため、三人は、今日あったことを洗いざらい話さざるを得なかった。
◇◇◇
話を聞いたマリッサは、三人に向かって頭を下げてきた。
「申し訳ないよ、本当に」
「そんな! マリッサさん、頭を上げてください」
マリッサの謝罪に、ミシェーラ達は困惑してしまう。
そもそも、マリッサは悪くないので、その謝罪は必要がないはずなのだ。
「いや、うちの町の馬鹿どもが、迷惑をかけたんだ。まず、あんた達の監督役である私が、頭を下げなきゃいけないのよ」
「マリッサさん……」
「このことは、町長から正式な謝罪があるだろし、そいつらにも直接頭を下げさせるよ」
やはり、大事になってしまったため、ミシェーラ達も萎縮してしまった。
このままでは、とても大きな問題になりかねない。
「マリッサさん、私達、全然大丈夫ですから、そんな大きな問題にしないで下さい」
「しかし、だね……」
「それに、その方達に頭を下げられても、私達何にもスッキリしません。権力で謝らせるなんて、違うと思うんです」
「うんうん、ミシェーラの言う通りだよ」
「ゴゴ……」
ミシェーラの言葉で、マリッサは頭を上げた。
その言葉が、響いてくれたのだろう。
マリッサは、ゆっくりと口を開く。
「あんた達……わかったよ。この件は穏便に済ませるように、町長に言っておくよ」
「ありがとうございます……あっ!」
そこで、ミシェーラは一つ思い出した。
自分達を助けてくれたルーゼと呼ばれた少年について、聞いておきたいのだ。お礼も言えてないので、気掛かりなのである。
「何だい?」
「その、私達、助けてくれた人にお礼も言えてなくて、是非、改めてお礼を言いたいんです」
「あんた達を助けたって、ルーゼでいいんだよね」
「はい、そう呼ばれていました」
「なるほどね、考えておくよ」
ミシェーラの言葉に、マリッサがゆっくりと頷く。これで、ルーゼと会うこともできるだろう。
この際なので、ルーゼがどんな人なのか聞いてみたいと、ミシェーラは思った。
魔族の自分達を助けてくれたルーゼの人柄が、知りたくて仕方ないのだ。
「ルーゼさんって、どんな人なんですか?」
「うん? そうだね……」
そう聞くと、マリッサはにっこりと笑った。
それだけで、ルーゼがどのような人物かわかる。マリッサが笑う程、いい人物であるということだ。
「とってもいい子だよ」
「いい子……ですか?」
「まあね、訳あって町長の家に住んでいるんだけど、町のことも色々気にかけてくれてるし、困っている人がいたら助けるし、そんな優しい子だよ」
「そう……なんですね」
いい人であるにしても、自分達魔族にも差別なく接するとは珍しいと、ミシェーラは思った。ただ、マリッサもそうであるので、そういう人もまだ町にはいるのと理解する。
年も自分と近かそうだったことから、始めての人間の友人ができるかもしれない。そう思うと、ミシェーラは心が躍った。ずっと望んでいた、人間の友人への期待は、それ程大きいものなのだ。
「とりあえず、難しいことは後にして、ご飯にしようか。すぐ作るから、座って待っていな」
ミシェーラがそう考えていると、マリッサが声をかけた。
そこで、三人は笑顔になる。
「はい、ありがとうございます」
「わーい、ご飯だ!」
「ゴゴ―」
人間の食事は、彼女達魔族にとって、楽しみの一つだ。
魔族の食事は、基本的にあまり複雑な調理はしないし、そもそも食材が違う。人間の食材は彩りに溢れており、見た目からして食欲をそそる。
三人は夕食を食べに、食堂に向かうのだった。
◇◇◇
翌日のミシェーラ達は、マリッサからあることを教えてもらった。どうやら、ルーゼは、大抵の場合決まった場所にいるらしい。
八時頃には、近くの森の泉近くにいると聞かされたため、三人はそこに向かうことにしたのだ。
「それにしても、泉で何してるのかな?」
ピピィに聞かれたが、それはミシェーラも疑問に思っていたことである。
泉でやることなど、そうないはずだ。ミシェーラにもまったくわからない。
「さあ、どうなんだろう? 検討もつかないよね」
「ゴゴゴ?」
ゴゴもそれは分からないらしく、首を傾げていた。
そうこう言っている内に、森の泉が見えてきた。さらに、一人の青年も見えてくる。
「うん? 君達は……」
その人物は間違いなく、昨日三人を助けた人間であった。
言われた通り、ルーゼがいたのだ。
「こんにちは。ルーゼさん、でいいんでしょうか?」
「ああ、僕がルーゼだよ。君達は、昨日の三人組だね。僕に何かようかな?」
「あのですね。私達、昨日のお礼を言いたくて、助けて頂いてありがとうございます」
「うんうん、ありがとうね」
「ゴゴー」
お礼を言うと、ルーゼは驚いたような顔になる。
まるで、お礼を言われることを想定していなかったような感じだ。
その反応は、ミシェーラ達にとっても驚きの反応だった。
「まさか、それだけのために会いに来たのかい?」
そんな三人に対して、ルーゼはそう問い掛けてきた。
その質問の意図も、ミシェーラ達にはわからない。
「えっ? そうですけど……」
「そうだったのか、いや、昨日のことについては、僕も謝らなければいけないと思っていたのだけど……」
「謝る? どうしてですか?」
「昨日の僕の対応は、少々配慮不足だった。君達が怖がっているように見えたから、すぐに、あの場を離れてしまったけど、もっと丁寧に対応するべきだったよ。すまなかった」
ルーゼは、頭を下げて謝罪してくる。
その反応に、ミシェーラ達は困惑してしまう。
昨日から人間側からの謝罪が多すぎるが、そんなものはミシェーラ達が望むものではないのだ。
「あの、謝らないでください。ルーゼさんのおかげで、大事に至らなかったんですから……」
「そうだよ、ピピィ達は感謝しているんだもん」
「ゴゴー!」
三人の言葉で、ルーゼはゆっくりと顔を上げる。
どうやら、思いが通じたようだ。
「……ありがとう、そう言ってもらえると、助かるよ」
「いえ……あ、そういえば、自己紹介もまだでしたね。私、ミシェーラっていいます」
「ピピィは、ピピィだよ」
「ゴゴ」
「ああ、改めてルーゼだよ。よろしく」
四人は言葉を交わす。笑顔と笑顔の会話だ。
そこに、和やかな空気が流れる。
「そういえば、ルーゼは、どうして泉にいるの?」
すると、ピピィが疑問を話し始めた。
それは、ミシェーラやゴゴも気になっていたことだ。
その質問に対して、ルーゼは笑う。
「ああ、ここはお気に入りの場所でね。静かで心が落ち着くんだ」
「な、なるほど……」
ルーゼがここにいる理由は、意外にも単純なものだった。
だが、その言葉はとても理解できることだ。この場所は町の喧騒から離れ、とても静である。心を落ち着けるには、絶好の場所だ。
「ひょっとして、邪魔しちゃいましたか?」
ミシェーラは、少し気になってしまった。心を落ち着けているのなら、突然やってきた三人は邪魔なのではないかと。
その問い掛けると、ルーゼは優しく微笑んだ。それが答えであるようなものである。
「それは大丈夫さ。僕に用があると、訪ねてくることは時々あるからね。それと、敬語も使わなくていいよ。年も近いみたいだし」
「そうで……そうだね、よろしく」
ミシェーラは、ルーゼが本当に優しい人間であることを理解した。これからも仲良くしたいと思えるような人だ。ルーゼなら、人間の初めての友人になってくれるかもしれない。
しかし、ルーゼがどうして魔族に対して、こんなにも普通に接することができるのか、少しだけ気になってしまう。
それを聞くべきか、聞かぬべきか、悩んだミシェーラだったが、その考えが知りたくて仕方なかった。それがわかれば、今後の参考になるかもしれないからだ。
「あの、言いたくなかったら、いいんだけど、一つ聞いてもいい?」
「うん? まあ、質問を聞かないとわからないけど、どうぞ」
「あなたは、私達、魔族に嫌悪感とか抱いてないの?」
「ああ、そのことか」
ルーゼは、特に顔色を変えることはなかった。ルーゼにとって、この手の質問は聞かれても良いものなのだろう。
「別に、簡単なことなんだけどね。種族どうのこうのとか、僕にとってはどうでもいいことなんだ」
「どうでもいいこと?」
「うん、人間にもいい人と悪い人がいる。魔族もそうさ、いい魔族もいるし、悪い魔族もいる。種族単位で考えるなんて、無駄なことだと僕は思うよ」
「種族はどうでもいい……」
その考えは、初めて聞くものだった。ルーゼは種族ではなく、個人を見て決めるということなのだろう。
それは素晴らしい考えだと、ミシェーラは思った。そういう考えなら、魔族でも人間でも関係ない。
「その方がわかりやすいだろう?」
「……そうですね。いい考え方だと、思います」
「何だか難しい話だね……」
「ゴゴ?」
ピピィとゴゴは、この話がよくわかっていないようだ。だが、ミシェーラにとっては、この会話は意味あるものだった。
これからの人間と魔族との対話において、その考えはとても重要になってくるだろう。
「おっと、そろそろ、僕は行かなくちゃならない。また僕に用があったら、同じ時間にここに来てくれ。多分いると思うから。ああ、困ったことがあったら、町長の家に来てくれてもいいよ」
「あ、うん、今日はありがとうね」
「バイバイ! ルーゼ」
「ゴゴー!」
そう言って、ルーゼは駆けて行った。
残った三人は顔を見合わせて、笑う。
「ルーゼにお礼が言えてよかったね」
「うん、そうだね」
「ゴゴー」
三人も、宿舎に向かって歩き始めるのだった。
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