新4話 悩みの種は

 ルーゼの一日の行動は、大体同じだった。

 朝起きて墓参りに向かい、その後町長と自分の朝食を作り、片づけなどの家事を済ませる。次に、行くのが森の泉であった。静かなる森で精神を落ち着かせるのが、日課なのである。


 ミシェーラ達と別れた後、ルーゼは町長の家に戻っていた。基本的にルーゼは、町長の仕事の手伝い等を行っている。そのため、今日も何かあるか町長に尋ねるのである。


「町長、今日は何を手伝いましょうか?」

「うん? そうじゃな……悪いが、今日は留守番を頼みたいんじゃ」

「どちらに行かれるんですか?」

「ああ、例の魔族の件について、片付けておこうと思ってな」

「なるほど、そのことでしたか。それなら、ちょうどその件で話しておきたいことがあるんです」

「む?」


 町長は、ミシェーラ達の件を片付けるつもりであるようだ。それなら、伝えなければならないことがある。

 ルーゼは町長に、先程三人と会ったことを伝えるのだった。




◇◇◇




 ルーゼの話が終わると、町長は目を丸くした。

 ミシェーラ達の行動に、驚いているようだ。


「なるほど、わざわざ礼に来るとはな……」

「はい、僕にも友好的でしたし、とてもいい人達だと感じました」

「ほう? それはよかったのう……うん?」


 二人がそんな話していると、家の戸をノックする音が聞こえてきた。

 ルーゼは急いで、戸の近くまで行く。


「はーい。今開けます」


 ルーゼが戸を開けると、そこには見知った顔があった。


「マリッサさん?」

「おはよう、ルーゼ。町長はいるかい?」

「あ、おはようございます。どうぞ、入ってください」


 挨拶を交わし、ルーゼはマリッサを案内する。


 町長の部屋まで案内すると、町長は驚いたような顔をした。

 その気持ちは、ルーゼにもわかる。なぜなら、二人ともマリッサが今どういう役割か知っているからだ。


「……マリッサか。ちょうど、こちらから行こうと思っておったところじゃたが……」

「なら、入れ違いにならなくてよかったよ。町長、話はルーゼから聞いているわね?」

「ああ、そうじゃな。まあ、座りなさい」


 町長はマリッサを座らせ、その向かいに自分も座った。

 その話の内容は気になったが、ルーゼは台所に向かう。客人に、お茶を出すためである。

 こうして、ルーゼは部屋を出ていくのだった。




◇◇◇




 ルーゼが部屋に戻ると、話はある程度進んでいるようだった。

 お茶を出した後、ルーゼは町長の隣に座り、話を聞いていた。そのため、大体何を話していたかだけは理解している。


「つまり、三人はことを大きくしたくないということか……」

「そうね、まあ、謝らせても根本的な解決にならないしね。現状注意ということにしといておくれよ」

「ふむ、わかった。わしからそのように働きかけておくよ」

「ありがとう。それで、ルーゼ? ちょっといいかい?」

「え?」


 ルーゼは、少し驚きながらマリッサの言葉に応えた。

 当事者なので、呼ばれてもおかしくない立場である。だが、この空気で話を振られるとは思っていなかったのだ。


「はい。何ですか?」

「いやね。あんたが助けた三人が、あんたにお礼がしたいって言っていたけども、無事に会えたか、聞きたくてね」

「ああ、はい。さっき会ってきましたよ。三人とも、とてもいい人達でした」


 マリッサから出された質問は、わかりやすいものだった。

 そのため、ルーゼもすぐに答えられた。ただ、その答えに対して、マリッサは微妙な顔をしている。

 そのことに、何か変なことを言ったのかと、ルーゼは少し悩んでしまう。迂闊なことを言うのは、ルーゼにとって恐ろしいことなのだ。


「そうなのよ。本当にいい子達なのよ。だから、人間があの子達を嫌うのが、悲しくて仕方ないのよ」

「マリッサさん……」


 そう疑問に思っていると、マリッサが語り始めた。

 その言葉は、悲痛なものだった。彼女たちを預かるマリッサにとって、かなり心苦しいことなのだろう。

 マリッサは、さらに言葉を続ける。


「あの子達はね、争いから離れた地に、住んでいたらしいのよ。だから、人間に対する敵意を、あまり持っていないのよ」

「そう……だったんですか」

「ええ、だけどだからこそ、今人間から向けられている意思が辛いんだろうね」


 マリッサは悲しそうな目をしていた。その様子に、ルーゼも心を痛める。

 ミシェーラ達の人なりは、少し接したルーゼでもわかる程だった。

 そのため、彼女たちが虐げられるのは、ルーゼにとっても悲しいことなのだ。


「マリッサよ、それくらいにしておくんじゃ。とりあえず、宿舎に戻りなさい。お主の優しさが、今の魔族達の助けになるのじゃからな」

「……そうだね」


 町長の言葉で、マリッサは言葉を止めた。

 さらに、ゆっくりと立ち上がる。


「それじゃあ、その件はよろしく頼むよ」

「ああ、もちろんじゃ……」

「見送りはいいからね」


 それだけ言って、マリッサは去っていく。

 ルーゼは、マリッサの言葉を心の中で反芻するのだった。




◇◇◇




 マリッサが帰った後、ルーゼは考えていた。

 魔族のことをどうにかできないかと。


「町長……魔族達のこと、どうにかできないでしょうか?」

「そうじゃのう、まあ、何とかせねばならんとは思っておる。しかしこれは、先の戦いの影響が大きい。人々の心を変えるような何かがないと、駄目なのじゃろうな……」


 一人では悩んでいられないため、ルーゼは町長に話しかけた。

 どうやら、町長もこのことについては、深く悩んでいるようだ。ただ、名案があるという訳でもないらしい。


「人々の心を変える何か……か」


 ルーゼは、自分自身にできることはないか考える。

 だが、いい案など、すぐに浮かんでくるものではない。


「あっ……」


 しかし、ルーゼはある案を思いついた。

 その案は、実現できるかどうかも怪しいものである。なぜなら、それを実行するためには、魔族側に協力してもらう必要があるからだ。


「まず、考えてみるか……」


 とりあえず、ルーゼは考えをまとめることにした。これから、どのように動くのか考えるのだ。

 こうして、ルーゼはしばらく考え続けるのだった。




◇◇◇




 ミシェーラ達は、宿舎に戻って来ていた。すると、同じタイミングで、マリッサも帰って来た。


「おや、三人とも」

「マリッサさん」

「あれ? マリッサも、どこかに行ってたの?」

「ゴゴ?」


 三人に対して、マリッサは笑顔を向けてくる。

 これは、何かいいことがあった証拠だ。


「ああ、町長の元に、例の件を伝えてきたのさ」

「あ、そうだったんだ……」

「あんた達は、ルーゼに会えたみたいだね?」

「あ、はい、おかげさまで」


 マリッサの言葉に、三人は少し緊張してしまう。

 その笑顔から、大事に至らなかったと信じたいが、万が一ということもある。

 そんな三人に対して、マリッサは、優しく笑う。


「話もまとまったから、安心しなよ。また何かあったら、言いなよ」

「そ、そうなんですね……」


 その言葉で、三人は笑顔になる。

 大事ならずに済んで、よかったと喜んだのだ。


「それじゃあ、そういうことだかね」


 それだけ言って、マリッサは奥の方に駆けて行った。

 残された三人は、お互いの顔を見つめ合う。


「これで、問題解決だね?」

「うんうん、マリッサさんに言ってよかったね」

「ゴゴ」


 三人は言葉を交わして、さらに笑顔になる。

 自分達が望むが叶って、とても嬉しいのだった。




◇◇◇




 マリッサと別れた後、三人は宿舎の食堂に来ていた。

 とりあえず、座って、話でもすることにしたのだ。


「ねえ、ミシェーラ? これからの予定って、決めている?」

「予定って?」

「うん、この町で何するとか、決めているのかなって、思ってね」

「この町で……か」


 ピピィの質問に、ミシェーラは悩んでしまう。

 この町の来た当初は、来ただけで何か起こると、ミシェーラは思っていた。しかし、実際は町に来ても何もなかったのだ。そのため、質問の答えが見つからないのである。


 現在、ミシェーラを含む魔族は、町でやることを見つけられないでいた。一応、人間側のことを教わる授業のようなものを受けているが、それ以外の時間は何もないのである。


 それは、人間側から良い印象を持たれていないことの弊害だった。人間が圧倒的に多いこの町では、何もできないのである。


「今は、何もできないんだよね……」

「……やっぱり、そうだよね。だけど、何もしないままって退屈だよ」

「ゴゴ?」

「だって、やることないし、この町に来た意味がないよ!」

「ピピィ……」


 ピピィの言っていることは、ミシェーラにもよくわかった。自分達、魔族が何もできないのなら、この町にいる意味などないも同然だ。


「でも、だからって、ピピィは家に帰ろうとは思っていないんだよね?」

「うん、まあ、そうなんだけど」

「だったら、どうにかして、現状を改善しなければならないと駄目かも……」


 とりあえず、ミシェーラはピピィをなだめる。

 確かに、人間達に嫌われている限り、何もすることはできない。だが、それを改善しようと動くことはできるはずなのだ。


 ピピィの言葉で、ミシェーラはそう結論付けた。人間達から歩み寄って来るのを待つのではなく、自分達から動くのだ。


「現状の改善って?」

「それは……わからないけど」

「ゴゴ?」

「……とりあえず、今から、考えてみることにする」


 ただ、何をしていいのかはミシェーラにもわからない。

 そのため、考えるしかないのだ。




◇◇◇




 しばらく考えるミシェーラ達だったが、あまり名案が浮かばなかった。

 恐らく、他の二人も同じである。


「ミシェーラ、何か……思いついた?」

「うーん、何も思いつかない……」

「ゴゴー」

「でも、しょうがないよ。人間の人達が、意識を変えてくれるのを、待つしかない気がするよ」

「うーん……」


 そう言われたが、ミシェーラはただ待っているだけでは駄目だと思っていた。

 長く続いた人間と魔族との戦い、その遺恨を取り払うには、長い時間が必要になるだろう。その時間を待っているのは、ミシェーラ達にとっては無駄である。


「そうだ! 人間側の意見を聞いてみればいいのかも!」


 そこで、ミシェーラはそんなことを思いついた。

 それに対して、ピピィとゴゴは首を傾げる。


「人間側の意見? 誰に?」

「ゴゴ?」

「誰にか……」


 ミシェーラが、思いついた人間は、マリッサとルーゼの二名だった。そもそも、まともに聞けるのは、この二人くらいしかいない。


「とりあえず、マリッサさんの意見とか、聞いてみることにしようよ」

「そっか。マリッサなら、何かわかるよね!」

「ゴゴ、ゴゴ」


 という訳で、身近なマリッサに聞いてみることにする。

 三人は、奥に行ったマリッサの元へ向かうのだった。




◇◇◇




 三人は、マリッサの元に来ていた。

 マリッサは三人を見ると、きょとんとした顔をする。


「あら、何か用かい? ここまで来るとは珍しいじゃないか」

「実は、マリッサさんに聞きたいことがあって」

「何だい、言ってみなよ」

「実は、魔族と人間が歩みよるにはどうしたらいいか、マリッサさんに聞いてみたくて……」


 ミシェーラは、マリッサに対して、先程話したことを語った。

 すると、マリッサは微妙な顔になる。


「……それは難しいことだね。町の人々の考えは、凝り固まっているからね。変えるには、困難だ。面と向かって話しあえば、あんた達のことを少しは理解してもらえると思うんだけどねえ」

「今は、面と向かって話し合うのも、難しいんですか?」

「ああ、あんた達に言うべきじゃないかもしれないが、人間達は、あんたらを怖がって、話しの場に来ようともしないのさ」


 マリッサの言葉は、厳しいものだった。

 だが、その言葉にミシェーラは希望を見出す。話し合いの場さえあれば、人間達ともわかりあえるかもしれないのだ。

 それは、今のミシェーラにとっては、希望のようにも思える。


「それじゃあ、まず信頼してもらわなければ、どうしようもないんですね」

「参考にならなくて、申し訳ないね……」

「いえいえ、ありがとうございます」


 それだけで、マリッサは、再び仕事に戻っていった。

 邪魔になるといけないので、ミシェーラ達はすぐに出ていく。


 その間も、ミシェーラは考えていた。

 人間達と話し合うには、どうすればいいのかを。


 とにかく、魔族のことが安全であると、まず証明しなければならないのだろう。

 そう考えると、ミシェーラの中で考えがまとまり始めた。


 こうして、ミシェーラは一日中考え続けるのだった。

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