新5話 二人の計画

 ミシェーラは、森の泉に向かっていた。ルーゼに相談するべきことがあったからだ。

 泉に着くと、ルーゼが驚いた顔でミシェーラを見てきた。


「ミシェーラ? 今日は一人かい? 僕に何か用かな?」

「うん、ルーゼ、実は相談したいことがあってね」

「それは奇遇だね、僕も、ミシェーラ達に話したいことがあったんだ」


 どうやら、ルーゼの方も話したいことがあったようだ。

 それなら、丁度いいタイミングだった。

 とりあえず、ミシェーラはルーゼの話から聞くことにする。


「話したいこと……何かな?」

「いや、ミシェーラの方から、どうぞ」

「いや、ルーゼから、どうぞ」

「……」

「……」


 ルーゼとミシェーラは、お互いに遠慮してしまった。

 そのため、どちらも黙ってしまったのだ。


「あの」

「あの」

「……」

「……」


 しばらくの沈黙、二人は同時に、そう話し始めてしまった。

 二人は顔を見合わせ、再び沈黙する。


「……私から、いい?」

「うん、どうぞ」


 このままではらちが明かないと思い、ミシェーラはそう提案した。

 その提案に、ルーゼもゆっくりと頷いてくれる。


 という訳で、ミシェーラから話すことになった。


「実はね、魔族のこの町での活動について、ルーゼに相談したくて……」

「ええっ!?」

「うん? どうしたの?」


 ミシェーラの言葉に、ルーゼは大きく声をあげた。

 何も変なことを言っていないと思っていたミシェーラは、少し驚いてしまう。


「実は、僕も魔族のこれからのことを、相談したいと思っていてね」

「え? そ、それは、本当に奇遇だね」


 ミシェーラが疑問に思っていると、ルーゼが笑いながらそう言ってきた。

 どうやら、二人は同じようなことを考えていたようだ。

 そのことを、ミシェーラは少し嬉しく思った。人間のルーゼがそのことを考えてくれていたのが、無性に嬉しかったのだ。


「あ、ああ、話しを止めてしまったね。続きをどうぞ」

「うん、私達魔族は、今とても困っているんだ。この町に来たのはいいけれど、町の人達は、私達のことを受け入れてくれていない」

「そう……だね」


 ミシェーラの言葉に、ルーゼは表情を変える。それは、悲痛な表情だった。

 そのような顔は、ミシェーラも望んでいることではない。そのため、少しミシェーラも悲しい気持ちになってしまう。


「……それをどうにかしたいと思っているんだけど、人間達は、私達の話を聞いてくれないと思うんだ」

「……その通りさ。皆、偏見を持っていて、聞く耳を持とうとしてないんだ」


 それでも、ミシェーラは言葉を続けた。

 ルーゼに気持ちを伝えることが、今は何よりも重要だからだ。


「うん、だけど、それも仕方ないことだと思う。結局、私達も落ち込んでいるだけで、人間側に働きかけていないんだから」

「ミシェーラ……」

「だから、まず、信頼してもらうために行動したいって思うんだ」


 ミシェーラは、決意していた。

 自分達で動くことによって、どうにかして人間に信頼してもらいたいと。


 ただし、まだその考えがまとまっている訳ではない。

 そのため、ルーゼの知恵を借りたいのだ。


「その方法を考えていて、ルーゼの意見を聞きたいって思っているんだ。何か、いい案がないかな?」

「ミシェーラ、その言葉は、僕にとってありがたいよ」


 ルーゼは微笑みながら、ミシェーラに語りかけてきた。

 その反応は、ミシェーラにとって嬉しいものである。なぜなら、期待できるものだからだ。


「僕も考えていたんだ、魔族と人間の距離を詰める方法を」

「そうだったんだ……もしかして、ルーゼは、何かいい方法を思いついているの?」

「ああ、魔族の協力があれば、きっとできるはずだよ」

「聞いてもいい?」

「もちろん」


 ルーゼの言葉に、ミシェーラの期待値も上がっていった。

 人間側のルーゼなら、人間が何をしたら信頼してくれるかよくわかっているはずだ。それは、ミシェーラにとっては、とても重要なことである。 


「ああ、実は、魔族の力を生かしてもらいたくてね」

「魔族の力?」

「ああ、例えば、ゴーレムだったら体が頑丈で力が強い。ハーピィだったら、空が飛べる。悪魔だって、魔力が高いし、色々できるだろう?」

「うん、そうだけど……」

「それって、人間にはない長所だと思うんだ。そして、その力を使って、困っている人間を助けるんだ」

「うん? 助ける……?」


 ルーゼの言葉を、ミシェーラはだんだんと理解していく。

 つまり、人間が魔族を助けることで、信頼関係を築こうというのだ。それは、とても分かりやすい方法である。


「ああ、そうすればいい印象を抱かれるだろう? それを重ねていけば魔族が、人間に歩み寄りたいんだと理解してもらえると思うんだ」

「……うん! それって、いい案だと思う!」


 ルーゼの案は、ミシェーラにとって魅力的な案だった。

 自分達魔族から、働きかけることで、人間側からの印象が良くできる。まさに、ミシェーラがやりたいことだ。


「そう言ってもらえて、よかったよ」

「だけど、困っている人って、どんな人?」

「それは、町長に相談しようと思っているんだ。町の困りごとは、町長の元に集まってくるからね」

「なるほど……」


 ミシェーラの疑問に、ルーゼはそう答えてくれた。

 どうやら、かなり考えてきているらしい。それは、ミシェーラにとってとてもありがたいことだった。


「ミシェーラは、宿舎に戻って、このことを魔族の人達に伝えてくれないかな? 僕は町長に、相談してみるからさ」

「うん、わかった。皆に伝えてみるよ」

「よし、また昼の一時頃に、ここで落ち合おう」


 ルーゼの言葉に、ミシェーラはゆっくりと頷く。

 こうして、二人は別れ、それぞれの相談へと向かうのだった。




◇◇◇




 ミシェーラは宿舎に戻って、早速ルーゼの案を皆に伝えた。

 しかし、反応は微妙なものだった。良くもなければ、悪くもないのだ。


 この町に来てから、彼等魔族は、あまりいい扱いを受けていない。そのため、人間達を信じられなくても、無理はないだろう。

 しかし、ここにいるのは、一応自ら人間の元に来たいと思った者達だ。ミシェーラの提案は、彼等にとっても、心から悪いと思えるものではなかったのだろう。


 それを総合して、ミシェーラは、この反応には希望があると感じた。何かきっかけがあれば、それだけで皆の気が変わると予想できたからだ。

 最初に、誰かが見本を示せば、続いてくれるだろう。


「……逆にいえば、最初が肝心だってことだよね」


 こればかりは、ルーゼに聞かないと、どのような依頼になるかわからない。

 ただ、少なくとも、ピピィとゴゴはこの件に乗り気であった。


「ピピィにできることなら、喜んでやるよ」

「ゴゴ―!」


 二人やミシェーラに解決できる問題なら、他の魔族の道標になることができるだろう。

 それが一番だが、ルーゼ次第であるので、他の方法も考えなければならない。


「けど、どんな困ったことがあるか、わからないから……」

「その時は、頼むしかないよ。私達が率先していれば、きっと皆、わかってくれるよ」

「ゴゴー!」

「二人とも、ありがとう」


 二人の友人の存在は、ミシェーラにとって心強いものだった。


 後は、ルーゼが上手くいっているかどうかだ。

 ミシェーラは、ルーゼの成功を祈るのだった。




◇◇◇




 ルーゼは、町長の家に帰って来ていた。

 そして、町長に対して、ミシェーラと話したことを伝えたのだ。


 全てを聞き終えた後、町長は大きく頷く。その反応がいいものだと、ルーゼにはすぐにわかる。


「うむ、それはいい考えじゃな。わしの方で、取り計らってみよう」

「ありがとうございます」

「いや、いいのじゃ。そもそも、その件は、わしがどうにかしなければならなかったことじゃ」

「いえ、町長はお忙しい身なのですから、仕方ないですよ」


 ルーゼの言葉に、町長は感心したような顔になった。

 そのことは、ルーゼにとっては嬉しいことだ。

 育ての親ともいえる町長に、感心してもらえるのは、ルーゼにとってとても喜ばしいことなのである。


「……それにしても、ルーゼよ? 悪魔の少女ミシェーラとは、ずいぶん気が合うものじゃな?」

「え? そうですね……まさか同じことを考えているとは、思っていませんでした」

「人間と魔族、どちらの側からも、歩み寄ろうとすることが大切なのじゃろうな」

「そうですね。彼女のような魔族がいてくれることは、とても心強いことだと思います」

「ふふ……」


 町長は、急におかしな笑い声をあげた。

 ルーゼは、そのことを不思議に思う。別に、変なことは言っていないはずである。


「いや、お主がそのような顔をするのは、珍しいと思ってな」

「僕、そんなに、変な顔をしていましたか?」

「ふふ、変な顔ではない、良い顔じゃ。年相応のな……」

「年相応……ですか?」


 町長の言葉に、ルーゼは驚く。

 そのようなことを言われるとは、思っていなかったのだ。


「お主は、いつも大人びた顔をしておるからな……」

「そ、そうだったんですか。あまり、意識はしていないんですけど……」


 町長の言うことがどうなのか、ルーゼには、よくわからなかった。だが、ミシェーラと計画を話し合うのは楽しかったのは確かだ。

 ルーゼは、自分のテンションがいつもと違うことを恥ずかしく思ってしまう。もっと、落ち着いて物事にあたらなければならないと、ルーゼは反省するのだった。


「おお!」


 ルーゼがそんなことを思っていると、町長が急に声をあげた。

 何やら、机の上にある書類を見ているようだ。


「どうかしたんですか?」

「うむ、実はな、今、資料を見てみると、お主の案に採用できそうな案件を、いくつか見つけてな」

「本当ですか! どのような案件ですか?」

「例えば、これとかのう」


 ルーゼは町長から資料を渡され、それを読んだ。

 確かに、それは良さそうな案件だった。


「なるほど、これならいけそうです。ミシェーラに、相談してみます」

「うむ、頼むぞ……」


 ルーゼの言葉に、町長はゆっくりと頷いてくれる。

 それは、ルーゼの自信にも繋がった。町長が仕事を頼んでくれる。それは、ルーゼにとってそのようなことなのだ。


 こうして、ルーゼとミシェーラの計画は進んでいくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る