新15話 衣装を纏って
ルーゼ達は、レドックの元を離れて、服屋に来ていた。
「カテリナ、今、いいかな?」
「ほん? マスター、どうかしたんですか? あれ? ルーゼ君に……それに、魔族?」
服屋の店主は、カテリナという女性である。
いきなりルーゼやたくさんの魔族がやって来たため、かなり動揺しているようだ。
そんな彼女の前に、マスターが出る。
「ふむ。そのことは私から説明させてもらおうか……」
マスターは、ここまで来た事情をカテリナに話し始めた。
自身の酒場で、ローレライのフィオを雇おうと思っていること。だが、そのためには、衣装が必要であることなど、包み隠さず話していく。
「それで、あたしの店に来たんですね。うーん、どうしたものか……」
説明を受けたカテリナは、頭を抱えた。
今まで、人間相手の商売しかしていなかった彼女にとって、フィオの服を見繕うのは、難題なのだろう。
「カテリナ、難しいかい?」
「ええ、そうですね……」
「なら、取り寄せたりはできないんですか?」
「それはできるけど、かなり時間がかかるわね……いい服が手に入るとも限らないし……」
ルーゼが思いついた提案も、難しいらしい。
確かに、取り寄せにはかなり時間がかかる。なぜなら、ここは辺境の町であるからだ。
「私が作るかな……でも、あんな服作れるのかな……?」
カテリナは、自作できるか悩んでいるようだ。
当然、彼女には魔族の服を作った経験はないだろう。そのため、とても難しいことであるはずだ。
「でも、チャンスでもあるか……」
「チャンスですか?」
「うん。魔族用の服も作れるようになれば、商売の幅も広がるから……」
「ああ、それはそうでしょうね……」
カテリナの言葉に、ルーゼは納得した。
魔族の服を作れるようになれば、魔族相手に服を売れる。商売相手が増えれば、当然仕事の幅が広がるだろう。
「それに、単純に自身への挑戦にもなるしね……」
「カテリナさん……」
カテリナはかなり悩んでいるようだ。
予想以上に、真剣に物事を考えているらしい。
「この子が……フィオちゃんね……こっちがミシェーラちゃん……」
「あ、はい」
「そ、そうです……」
カテリナは、二人の魔族を見ていた。正確には、その服を見ているのだろう。
「うーん。成功したら、いい商売になりそう。けど、失敗したら、時間の無駄……」
「あの……カテリナさん。もし、お悩みでしたら、私とミシェーラの服を一旦、お預けしましょうか?」
そんな彼女を見かねてか、フィオがそんなことを言った。
そのことに、カテリナは目を丸める。
「ほん? それってどういう……?」
「見てみて、作れるようなら作って頂き、作れないようなら諦める。それでいいのと思います」
「で、でも……」
フィオの提案に、カテリナは渋い顔をした。
そのような曖昧な提案は、受けられないと思っているのだろう。
だが、それが一番わかりやすいことだということは、皆わかっている。
「カテリナ、そうしてもらおう」
「マ、マスター? いいんですか?」
「ああ、私は構いません」
そこで、マスターがそう言った。
今回、客としてきているのは彼だと、カテリナは解釈しているはずだ。
そのため、彼が折れれば、カテリナも大丈夫だろう。
「そ、それじゃあ、お願いできるかな……?」
「はい、もちろんです」
カテリナの言葉に、フィオはゆっくりと頷く。
これで、とりあえず、作れるかどうかが探れるだろう。
「ミシェーラちゃんも、構わない?」
「あ、はい。でも、今回は、フィオだけでもいいんじゃないしょうか?」
「いや、この際だからお願いしたい……」
「そ、そうなんですか……?」
今回、仕立てるのはフィオの服だ。
そのため、ミシェーラは自身の服はいらないと思ったのだろう。
だが、カテリナは彼女の服を欲しいと思っているようだ。
「魔族の服を色々見て、少し考えてみたいの。素直に言うと、仕事できるならしたい。だから、参考が欲しいの」
「そうだったんですね……」
「服ができるなら、ミシェーラちゃんの服も作るから……」
「そ、それは嬉しいですけど……」
その言葉で、ミシェーラの顔が少し明るくなる。
服を仕立ててもらえるのは、ミシェーラにとっても嬉しいことなのだろう。
「駄目かな?」
「わかりました。でも、無理はしないでくださいね」
「あ、ありがとう……」
「じゃあ、また後で持ってきますね」
こうして、ミシェーラとフィオは服を取りに戻ることになった。
その間、ルーゼ達は待機する。
二人が服屋に戻った後は、カテリナの判断が入るので、しばらく日を開けることになるのだった。
◇◇◇
三日後、ルーゼがマスターとともに、森の泉で待っていると、ミシェーラ、ゴゴ、フィオの三人がやって来た。
「あれ? 今日もピピィがいないんだ」
「ピピィは、今日もリネちゃんのところに遊びに行ったよ。こっちにも来たがっていたけど、先に約束していたみたいで……」
「ゴゴ……」
「ああ、なるほど……」
「ふむ。とりあえず、これで全員集まったね。服屋に向かおうか」
五人は、カテリナの服屋に向かう。
服屋を出てしばらくした後、マスターにある連絡があった。
それは、ミシェーラとフィオの服が作れそうだという連絡だ。
具体的に、三日後まで作成するという回答があったため、皆で今日集まったのである。
「フィオ、どうやら、車椅子にも慣れたようだね」
「ええ、大分動けるようになりました」
道中、ルーゼは、フィオが車椅子を使う様子を見ていた。
どうやら、巧みに車椅子を使いこなしているようだ。
そんなことを話しているうちに、カテリナの服屋に辿り着いた。
服屋に入ると、カテリナが迎えてくれる。
「待っていたよ、皆」
「カテリナ、服はどうなったかね?」
「完成しましたよ、マスター!」
カテリナは、自信満々にそう言い放った。
無事に服はできたようだ。
しかし、かなり苦労したのだろう。目の下に、隈ができている。
「ささ、フィオちゃん、ミシェーラちゃん。店の奥に来てくれるかな? 早速、服を着てもらいたい。寸法とかも、一応確認したいしね」
「あ、はい」
「それじゃあ、ミシェーラ、行きましょう」
ミシェーラとフィオは、カテリナに連れられて、二人は店の奥に行った。
よって、ルーゼ、ゴゴ、マスターの三人は待機する。
「ふう……」
そんな中、ルーゼは、何故かわからないが緊張していた。
そんなルーゼを見て、マスターは笑う。
「マスター?」
「ゴゴ?」
「いや、すまないね。君が、そんな風に緊張するのは、久し振りに見たよ」
「……そ、そうですか?」
「まあ、考えてみれば、君も年頃だ。同じ年頃の女の子の着せ替えに、ドキドキしても不思議ではないだろう」
「ゴゴ?」
「そ、そんなつもりでは……」
マスターの言葉で、ルーゼは自身の緊張している理由を理解した。
同時に、とても恥ずかしくなる。
同年代の着替えに緊張するなど、ルーゼにとってはみっともないのだ。
「おーい! 着替えできたから、今からそっちに行くよ」
ルーゼ達が、そんなやり取りをしていると、店の奥からカテリナの声が聞こえてきた。
どうやら、着替えが終わったようだ。
そして、まず、フィオが奥から現れた。
「ほう……」
「ああ……」
「ゴゴ……」
「ど、どうでしょうか?」
フィオは前までの服に比べ、華やかな衣装になっている。
黒いドレスに、青い装飾が施されている服だ。まさに、歌姫という感じで、マスターも満足そうにしている。
「とても、似合っているよ。フィオさん」
「うん、いいと思うよ……」
「ゴゴ! ゴゴ!」
「あ、ありがとうございます」
フィオは照れながらも、嬉しそうにしていた。
その様子は、かなり可愛らしいものだ。
「じゃあ、次は、ミシェーラちゃんだよー」
続いて、ミシェーラが現れた。
その登場に、ルーゼは目を丸くする。
「なるほど……」
「…………」
「ゴゴ……」
「どうですか……?」
ミシェーラはフィオに比べると、シンプルなデザインだった。だが、薄いピンクと白を基本とした衣装は、ミシェーラの美しさを際立たせている。
そんなミシェーラに、ルーゼは見惚れてしまう。
「素敵だと思うよ。ミシェーラさん」
「…………」
「ゴゴ! ゴゴ!」
「あ、ありがとうございます? あれ、ルーゼ」
「え?」
ミシェーラに声をかけられて、ルーゼは自分がさっきから喋っていないことに気づく。
そのことに、ミシェーラは少し悲しそうにする。
「似合って……なかった?」
「あ、いや、違うんだ……」
「じゃあ、どうしたの……?」
ミシェーラが少し落ち込んでしまったため、ルーゼはすぐに訂正した。喋らなかった理由は、明確にわかっている。
それは、ルーゼにとって少々恥ずかしいことだ。だが、言わなければならない。なぜなら、ミシェーラを悲しませるなど、あってはならないからだ。
「あ、あまりに似合っていたから、見惚れていたんだ……」
「え……?」
「その、美しいなって……」
「ル、ルーゼ……」
その言葉に、ミシェーラも顔を赤くしてしまった。
二人の間に、微妙な空気が流れる。
「あ……」
「えっと、ミシェーラ」
「ありがとう、ルーゼ」
「あ、うん……」
ミシェーラがお礼を言ったが、それでも二人の赤面は治らなかった。恐らく、しばらくは変わらないだろう。
そんな二人を見て、周りの人達はこそこそと話していた。
「ふふ、若いというのは、いいね」
「マスター、茶化しちゃだめですよ」
「ルーゼもミシェーラも、二人の世界に入っているので、大丈夫ですよ」
「ゴゴ?」
その会話が耳に入ってきて、ルーエは落ち着いてくる。
どうやら、ミシェーラも同じようだ。
「ミシェーラ」
「うん、ルーゼ、もう大丈夫そう」
「ふむ。落ち着いて何よりだ。そして、これで、衣装も大丈夫だ。後は、酒場で歌ってもらうだけだね」
「はい、私、頑張りたいと思います」
こうして、フィオの衣装問題も解決した。
後は、酒場で彼女が歌うだけである。
「そうだ! マスター、今回の彼女の最初の歌、人と魔族との共存のために、使わせてもらえませんか?」
そこで、ルーゼはあることを思いついた。
せっかく、魔族のフィオが酒場で歌うのだ。それを、人間と魔族の共存に役立てたいのである。
「それは……どういうことかな……?」
「はい、今回、酒場に人間も魔族も呼びたいと思うんです」
「それは、大丈夫だろうか?」
「ええ、人間と魔族の距離は、今までの出来事で少しずつ近づいています。さらに踏み込むために、今回は人間と魔族の垣根をなくしたいんです」
「……ふむ」
ルーゼはフィオの初舞台に、人間と魔族の両方を招きたいと考えていた。
最近は、二つの陣営の距離も詰まってきている。そのため、直接会う機会を作りたいのだ。
「よし、成功するかどうかわからないが、やってみよう。他ならぬ、君の頼みだしね」
「ありがとうございます、マスター」
「とりあえず、三日後に実行しよう。それまでに、人間にも魔族にも呼びかけようじゃないか」
「はい!」
マスターと話し終わった後、ルーゼはミシェーラの方を向く。
この計画には、魔族側の協力が不可欠なのだ。
「ということで、ミシェーラ達は、魔族の皆に、このことを伝えて欲しい」
「うん、任せて!」
こうして、一同は三日後に向けて、各自の準備を進めるのだった。
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