新16話 その言葉は

 服屋での衣装決定から、三日後の朝方、ルーゼ達は酒場に集合していた。

 今日の出来事は、町中の人々に伝えている。もちろん、それは人も魔族もだ。


 酒場に集まったのは、マスターを手伝うためである。

 今回集まったのはミシェーラ、ピピィ、ゴゴ、フィオという魔族達に加え、チャックとシムアも来てくれた。

 二人も、ルーゼの計画を手伝いたいと言ってきたのである。


「ふむ、皆、今日はありがとう。少々、大掛かりな準備になりそうでね。皆に来てもらったのさ」

「しかしよ。マスター、思い切ったことするよな」

「チャック、黙って話を聞いて」


 マスターは、皆の前に立ち、言葉を放った。

 そんなマスターを茶化そうとするチャックを、シムアが諫める。


「別にいいよ、シムア。そんなに堅苦しいものではないのだから」


 そんな二人に、マスターは笑顔を見せた。

 マスターは、今回の出来事にかなり乗り気である。そのため、大規模なパーティとして、町の人々には通達されていた。


 ルーゼの思っていたよりも、大きなイベントになったが、これはこれでいいのだろう。ルーは思っているのは、人間と魔族の共存だ。イベントの規模は関係ない。


「うんうん、楽しくやろうよ」

「ゴゴ! ゴゴ!」

「うう、私は、とても緊張しています」


 ピピィとゴゴは明るかった。

 だが、フィオに関しては、かなり緊張しているようだ。

 今日の主役といってもいい存在なので、それも仕方ないだろう。


「なっ! 言っただろ。シムアはいつも固いんだよ。気楽さが足りない」

「チャックは気楽過ぎよ……」

「じゃあ、二人でバランスがいいね!」

「ゴゴ!」

「うう、私も気楽になりたいです……」


 そんな様子を見つめながら、ルーゼは笑っていた。

 それを疑問に思ったのか、ミシェーラが話しかけてくる。


「ルーゼ、どうしたの?」

「えっ? ああ、今の光景が嬉しくてね」

「嬉しい?」

「うん、少なくとも、今ここには、人と魔族との間に、なんの壁もない。きっと、これが僕達の目指した理想なのかなって、思ったんだ」

「……うん、そうだね。これが、町の全体に広がればいいよね」

「うん、そうなるといいね」


 二人が、そんな会話をしていると、マスターが手を叩いた。

 そろそろ、仕切り直しということだろう。


「さて、話の途中で申し訳ないが、準備のことを話したい」


 その言葉で、皆の会話は途切れた。

 そして、全員の視線がマスターの方へ集中する。


「といっても、清掃や、荷物を運ぶといった簡単なものしかないのだがね」


 そう言って、マスターはメモのようなものを取り出した。

 恐らく、何をしなければならないのか、記されているのだろう。

 マスターはメモに目を通してから、ゆっくりと口を開く。


「ふむ。じゃあ、とりあえず、フィオさんは、私と打ち合わせをしようか」

「は、はい……」


 最初は、フィオだ。

 彼女は、今回歌うので、色々と確認することがあるのだろう。


「チャックとシムアは、食材を調達してきてくれ」

「おうし、任せな!」

「チャック、あまり……まあ、いいわ」


 次は、チャックとシムアだった。

 二人は、買い出しであるようだ。

 町を回るので、人間の二人が適任ということだろう。


「ミシェーラさんとピピィさんは、店内の掃除を頼むよ」

「はい、わかりました」

「うんうん、ピピィ、掃除なら、得意だよ」


 ミシェーラとピピィには、掃除が言い渡された。

 魔法を使える悪魔と風を操れるハーピィのコンビなら、掃除もスムーズに行えるはずだ。


「それで、ルーゼとゴゴさんには、机と椅子の調達に行って欲しい」

「机と椅子ですか?」

「ゴゴ?」

「ああ、レドックさんの所にある物を、今日一日、貸してもらうのさ。大規模な人数になるかもしれないからね」

「わかりました。それじゃあ、ゴゴ、行こうか」

「ゴゴ!」


 ルーゼとゴゴは、椅子や机の調達らしい。

 そういうことには、力強いゴゴは適任だろう。ルーゼは、恐らく余ったからだ。


 こうして、各自が行動を開始するのだった。




◇◇◇




 ルーゼとゴゴは、レドックの元についていた。

 レドックは、二人に気づくと声をかけてくる。


「おう! お前らか、マスターから話は聞いてるぜ。そっちに置いているのを持って行きな」

「レドックさん、それじゃあ、持って行かせてもらいます」

「ゴゴ」


 そう言って、ルーゼは椅子を四つ、ゴゴはテーブルを四つ持つ。

 軽々とテーブルを持ち上げるゴゴは、やはり頼もしい。

 ただ、それでも全て運ぶには、もう何往復か必要だろう。


「よし、行こう」

「ゴゴ」


 二人は、酒場へと向かっていく。

 行きもそうだったが、ルーゼはゴゴに話しかけることにする。


「ゴゴ、重くはないかい?」

「ゴゴ」


 しかし、ルーゼには、未だにゴゴの言葉が理解できていなかった。

 そのため、返答がよくわからない。ただ、同意しているか、していないかだけはわかった。首を動かしてくれるからだ。

 恐らく、ゴゴも気を遣ってくれているのだろう。ルーゼは、それを申し訳なく思った。


 だが、何とかゴゴの言葉を理解しようとしても、駄目だったのだ。

 ルーゼは、どんどんと落ち込んでいく。


「ゴゴ……ごめんよ」

「ゴゴ?」


 ルーゼは思わず、ゴゴに謝っていた。もしかしたら、ゴゴは今まで、自分に語りかけてくれていたかもしれない。それらを理解できていないとは、ゴゴに対して、失礼ではないかと思ったのだ。


「君の言葉を、僕は理解できない。君がどれだけ語りかけても、僕にはわからないんだ……」

「ゴゴ……」


 ルーゼには、ゴゴの声が心なしか悲しく聞こえた。

 だが、その程度のニュアンスは今までも理解している。

 そのため、言葉がわかったということではない。


「ゴゴ」

「えっ……?」


 そこで放たれた声に、ルーゼは驚いた。


「ゴゴ?」

「ゴゴ、今……大丈夫って、それで……どうしたって、言ったのかい?」

「ゴゴ!」


 何故かわからないが、ルーゼにはゴゴの言っていることが理解できたのだ。

 今までと何も変わっていないはずなのに、何故かわかるのである。


「やった! ゴゴ、わかるよ。君が何を言っているかが!」

「ゴゴ! ゴゴ!」

「うん、どうして、今までわからなかったんだろう? こんなに簡単に理解できるのに!」


 ルーゼは、嬉しくてはしゃいでしまった。それはゴゴも同じだった。

 ゴゴも、ルーゼが理解したことに喜んでくれているのだろう。それに、ルーゼはさらに嬉しくなる。


「ゴゴ! ゴゴ!」

「うん、僕も嬉しいよ。今、ゴゴとかなり近づけた気がするよ」

「ゴゴ」

「きっと、この町の人達が魔族と仲良くなれば、ゴゴの言葉を理解できる人も増えるさ」


 ルーゼの言葉で、ゴゴは喜んだ。

 きっと、この町で、ゴゴと話せる人はさらに増えるはずだろう。




◇◇◇




 大方の準備が終わった頃、ルーゼはミシェーラにゴゴの言葉がわかるようになったと伝えた。


「それじゃあ、ルーゼも、ゴゴの言葉がわかるようになったんだね」

「うん、よかったよ」

「本当によかったね!」


 ミシェーラは、自分のことのように喜んでくれる。

 そのことに、ルーゼはさらに喜ぶ。


「だけど、ゴゴもピピィも、どこに行ったんだろう?」

「そうなんだよね。チャックさんやシムアさんもいないし……」


 しかし、不思議なことがあった。一緒に準備していたはずの、ピピィ、ゴゴ、チャック、シムアがいなくなっていたのだ。


「あっ……」

「ああ……」


 二人がそう話していると、フィオがやって来た。

 なんだか、とても顔色が悪い。


「お二人とも、楽しそうですね……」 

「フィオ、どうしたんだい?」

「いえ、緊張で……」

「深呼吸して、フィオ。大丈夫、いつも通りにすればいいんだから……」

「はい、そうですよね……」


 二人の言葉で、フィオは少し落ち着いたようだ。

 今日の主役故、緊張するのは当然だろう。だが、それで押しつぶされることなどないのである。


「あ、そうだ」

「え? なんですか?」


 そこで、ルーゼは、ゴゴやピピィ、チャックやシムアが見当たらないことを、フィオにも聞いてみることにした。

 フィオはずっと酒場にいたはずなので、何か知っているかもしれない。


「そういえば、ピピィとゴゴと、チャックさんとシムアさんが、見当たらないけど、何か知っている?」

「あれ? そういえばそうですね。どうしたのでしょう?」


 どうやら、フィオも知らなかったらしい。

 一体、四人はどこに消えてしまったのだろうか。そのことは疑問だったが、探すこともできなかった。なぜなら、もうすぐパーティが始まるからである。


「けど、そろそろ、開始の時間が近い、もしかしたら、お客さんが来るかもしれない」

「そうだね。来てくれるといいんだけど……」

「私は、緊張しますが、できるだけ多くの人が来てくれると、ありがたいですね」


 そう言いながら、三人は来客を待つのだった。

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